6.恋心・運命

 ナオはユキトの疑問には答えず、すっかり機嫌を治した表情で右手を宙に掲げた。左から右へスライドさせる動きをすると、システムが起動して半透明のディスプレイが複数展開する。


「よーし、じゃあさっさと片付けちゃお」

「こんなところでシステム使って、人目に付かないか?」

「大丈夫。最近は公園で遊ぶ子なんていないもん。うちの神社だって誰も遊びに来ないし」


 あっさりとした言葉を裏付けるように、周囲に人の気配はなかった。二人きりだということを自覚したユキトは、急に気まずくなって相手から少し距離を取る。

 ナオはそれに気付かず、願い事の一覧を手元に引き寄せた。


「ほら、結構な量があるでしょ?」

「これ全部、ちゃんと願い事の手順踏んだのか」

「一応鳥居のところに看板立てて、手順も記してあるからね。一礼、二拍手、一礼。願い事の他に名前と住所も言うこと……って」


 失くなった財布が出てきますように。

 司法試験に合格しますように。

 斎藤先輩に告白出来ますように。


「告白出来ますように……? 付き合えますように、じゃないんだな」

「そこは乙女心ってやつだと思うなー」


 明るい口調で言いながら、ナオはその願い事を指で叩く。願い事の詳細が表示されると、少し目を通してから「あ」と呟いた。


「違った。男子だった。しかも相手は男子校の先輩」

「こういう場合って何て言うんだろうな。男心じゃないし、少年心も違うし」

「うーん……ひっくるめて恋心ってことで」


 願い事の中には、赤文字で表示されている物もあった。「商売敵が死にますように」「会社が爆発しますように」など過激な内容が対象となっている。


「この赤いのは?」

「何度か試してるんだけど、詳細も表示されないの。多分、願い事を叶えるだけの「材料」が足らないってことかも。殺人や爆破なんて願い事でどうにかなるレベルじゃないし。だからそれは放っておいていいかな」


 ナオはそう言いながら、一覧の中で黄色く光っているものを選択する。


「まぁ、システムでやるとしても人を殺したくなんてないもんな」

「絶対やだ。ナオ、平和主義者だもん。それにこれを仮に叶えたところで、その人が「神社にお願い事したら叶った!」とか言わないと思う」

「言えてるな」


 仮に言ったとしても、周囲には馬鹿にされるか、然るべき病院を紹介されるだけだろう。この手の願い事を叶えるメリットはない。もしかすると、そのために赤く表示されているのかもしれないとユキトは考えた。


「ルールを把握しないと、か」

「ねぇ」


 急に左側からナオが体を寄せてきた。長い黒髪の先がユキトの体に当たり、羽虫のような小さな音を出す。石鹸と、少し汗ばんだ匂いが宙に弾けた。


「うわっ!?」

「何その反応……。それより、これ見てよ」


 呆れた表情で、ナオはディスプレイの一つを指二本で引き寄せる。そこに表示されているのは、先ほど選択した願い事の内容だった。


「あぁ、さっきの恋する男子高校生か」

「そう。この前みたいな猫探しとかはシステムに任せれば簡単に探してくれるんだけど、こういうのは自分で調整しないといけないんだよね」


 ディスプレイには群青区の地図と、何かのルートのようなものが二つ表示されている。ナオがその片方に指を滑らせると、歩いている男子校生の映像が展開した。


「告白出来ますように……ってことだから、シチュエーションを作ってあげればいいと思うの」

「お膳立てってことか。でもどうやって?」


 うーん、とナオは首を左に傾けた。


「実はこれ、それぞれの通学路みたいなんだよね」

「あぁ、行き先が高校になってるもんな」

「先輩の方は自宅から最短ルートで学校に向かってるけど、彼は凄く大回りしてるのわかる?」


 ユキトはディスプレイに少し顔を近づけて、願い事をした高校生の通学路を確認した。確かに、最短ルートである大通りを使わずに、わざわざ細くて入り組んだ道を使っている。しかもその先は、先輩の通学路と重なっていた。


「そういうことか」

「そう。多分憧れの先輩を見るために大回りしてるんだと思う」

「ストーカーだな」

「純情じゃない?」

「紙一重だよ。それで、通学路が被っているのはわかったけど、ストーカーの手助けでもするのか?」

「言い方! もう、ユキちゃんって捻くれてるんだから」


 ナオは頬を膨らませてみせるが、ユキトはそれを冷めた目で見る。言い方がどうあれ、やっていることがストーカー一歩手前なことは否定出来ない事実であり、それを助長するのは違う気がしていた。


「ユキちゃんが何考えてるかはわかるけど、何もストーカー行為の手助けしようとは思ってないよ」

「じゃあどうするんだよ」

「告白に必要なのは、ちょっとしたきっかけだもん」


 もう片方のルートに指を置いたナオは、それを一気に下へ引き下げた。スマートフォンでルート検索をしているのと同じように、勝手に線が道路に沿って変更される。その結果、二つのルートが本来とは別のところで重なった。


「このルートで先輩が歩けば、普段とは全く違う場所で出会うことになる。運命を感じない?」

「運命って人が作るもんじゃないだろ」

「神様の代わりにやってるんだからいいじゃない」

「確かに。でもこれで告白するようになるのか?」


 問いかけたユキトに、ナオは「知らなーい」と首を横に振った。


「あくまできっかけを与えただけだもん。それをどう受け止めるかは、この男子次第でしょ。どっちに転んだとしても、神社の御利益は信じてくれそうだし」


 それに、と目が笑みの形を作る。


「願い事ってそういうものだと思う」

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