4.賽は振られた
「それで幼なじみの女子高生は神様になりました、と。いいネタじゃん」
「信じてないな」
「だってねぇ、俺はリアリストだもん」
テーブルの向こう側に座った友人は、あまり似合っていない黒縁の眼鏡の向こうでアーモンド型の瞳を瞬かせる。
「でもユキト君がそんな趣味のいい嘘を吐くようには思えないし、一応信じてあげるよ」
「そりゃどうも」
カラン、と乾いた音がしてテーブルの上に透明なダイスが転がった。それを放った相手は、少し体を乗り出して出目を確認する。
「十二か。うーん……となると、こっちかな」
テーブルには鮮やかな色彩が広がっている。連続するマス目と、その上に点在するアクリル製のオブジェクト。ダイスを振って駒を進める単純な双六であるが、アクリルで出来た三種の「クリスタル」を取得するかしないかでゲームの得点が大幅に左右される。去年のボードゲームコンテストで三位に輝いたというそれを、二人は今日初めてプレイしていた。
「あれ、このマスなんだっけ? ツカサ、説明書取って」
「はいはーい。えーっと、クリスタルを交換できるマスだね」
絹谷ツカサは傍に置いていた四つ折りの紙を取り上げると、そこに書いてある内容を読み上げた。しかし、丁度それに合わせるかのように、隣のテーブルから歓声があがる。四人組の男女がたった今一戦を終えたようだった。
群青駅から少し離れた場所。昔は恐らく雀荘だったであろうビルに数年前オープンしたのは、ボードゲームを遊ぶためのカフェだった。時間単位で金を払えば、店の中にあるボードゲームを好きに遊ぶことが出来る。
ユキトとツカサは同い年で、生まれた時から群青区に住んでいるが、知り合ったのは大学に入ってからである。大学の入学オリエンテーションの一環で行われていたボードゲームを通じて知り合い、今では此処の常連となっていた。
「河津神社って、あの山の上の神社だろ。俺は行ったことないなぁ」
「この辺りじゃ神社はあそこだけなのに?」
「別に初詣や願掛けしなくても生きていけるし」
ツカサはドライに言い切った。整った顔立ちに、少し長めのツーブロックがよく似合っているが、本人曰くこれまで女性に縁はないとのことだった。ユキトは信じてはいないが、別にその真偽を確認する必要もないと思っている。
「で、そのナオって子は可愛いの?」
「あのなぁ」
あれから二日が経過していた。ナオは「必要になったら連絡する」と言ったものの、特に音沙汰はない。強いて言えばその日の夜に、メッセージアプリで「おやすみー」とスタンプが送られてきただけだった。
「年下が好きなのか?」
「一歳程度じゃ誤差の範囲内だよー。俺、三月生まれだし。一個下の四月生まれなんてほぼ同じでしょ?」
「高三と高二ならともかく、大学生と高校生ってちょっと犯罪の匂いするぞ」
「あ、それは言えてるね」
ツカサはテーブルの端に転がってしまったダイスを手に取り、ユキトに手渡した。
「神様の代わりに願い事を叶えるシステムかぁ。誰が作ったんだろうね?」
「さぁな。それこそ「神様」だったりしてな」
何となく互いにゲームを中断して、ナオの所持していたシステムの話に話題を移す。隣のテーブルの四人組は、同じゲームで二戦目に突入するようだった。
「神様がプログラミングなんてするの?」
「俺に聞くなよ。でもあれは人間技じゃ無理だと思う。パソコンみたいなもの無しに起動してたからな」
「はぁ、なるほどねぇー」
なるほど、と繰り返してツカサは眼鏡を指で押し上げた。
「それをナオちゃんは使いこなしていた?」
「感覚で理解してるって感じだったな。細かいことはわからないって言ってたし。……随分興味津々だな。そんなに気になるのかよ」
「気になる」
ツカサは断言して視線を上げた。だがユキトが驚いたような、憮然としたような顔をしているのに気がつくと双眸を緩める。
「安心してよ。気になるのは女子高生のナオちゃんじゃない。その「祈願システム」のほう」
「何も言ってないだろ」
「そういうことにしておく」
ユキトの抗弁をあっさり交わして、ツカサは話を続けた。
口調は軽くて掴みどころがないが、どこか有無を言わせないところがある。数ヶ月の付き合いであるが、ユキトは相手のことをそのように評価していた。
「もしかしたら今の時代だからこそ、そんな形状をしているんじゃないかな」
「今の時代だからこそ?」
「聞いている内容からすると、システム自体はずっと神社にあったみたいだし。でも昔の人がタッチパネルの操作を感覚で理解出来たとは思えない。そうだなぁ、俺たちが公衆電話使えないのと似たような感じ?」
戯けるような口調で言うツカサに対して、ユキトは少し考えてから頷いた。
「あー……何となく言いたいことはわかる。見たことないもんは使えないよな」
「その「祈願システム」も、昔は別の形状をしていたかもしれないね。それこそ墨と半紙とか。とにかく、使う人がすぐにわかるようなものになっていたと思うんだ」
「つまり、人間が使うことを想定している?」
「そういうことー。まぁそれに何の意味があるかまでは、まだわからないけどね。気には止めておいたほうが良いんじゃないかな」
「何で」
そう問うたユキトだったが、テーブルの上で自分のスマートフォンが鳴っていることに気がついた。画面にはメッセージアプリの通知ダイアログが表示されており、差出人は「東間ナオ」となっている。アプリを開いて中を見てみると、地図のデータにメッセージが添えられていた。
『ユキちゃん。手伝って欲しいことがあるの。暇なら此処に来て』
まるで古臭い詐欺メールのようだ、とユキトは思いつつも地図を確認した。此処からさほど離れていない、児童公園が指定場所のようだった。
訝しげにこちらを見ていたツカサにアプリの画面を見せると、荷物をまとめて立ち上がる。
「ちょっと行ってくる。どうせ此処の残り時間も殆どないし」
「ユキト君」
去ろうとするユキトをツカサは静かな声で呼び止めた。だがユキトが視線を合わせると、いつものように悪戯っぽい笑みを見せる。
「ルールは把握しておいたほうがいいよ。ゲームの基本だからね」
「ゲームじゃねぇっての」
ヒラリと手を振るツカサをその場に置いて、ユキトはカフェの外に出た。蒸し暑い八月の空気が、急に押し寄せてくる。少し後悔しながら、それでも足は児童公園の方へ向かっていた。
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