3.カミサマの仕事

 河津神社は小高い山の上にある。そのため、境内の裏から突き出した大きな岩の上に乗れば、群青区を一望することが出来た。既に時刻は夜の十時だが、駅前にはまだ煌びやかな光が踊り、交差点を見下ろすように建っている六角形の変わったビルもライトアップされて美しい。


 しかしそれはユキトの肉眼で直接捉えたわけではなく、目の前に展開する半透明のディスプレイに拡大して映し出されたものだった。ディスプレイから視線を外して駅の方向を見れば、確かにビルの輪郭は見えるものの、細かい造形はわからない。

 ナオの体を取り巻くように展開された複数のディスプレイには、群青区の様々な場所が映し出されていた。監視カメラの映像にも似ているが、根本的に異なる箇所がある。それは一つ一つの映像に対して何かのコメントが記入されていることだった。


「これは群青区の中に張り巡らされている「神脈」を使って映し出しているの」

「シンミャク?」

「うん。神様の能力が及ぶ範囲……と考えてもらえればいいかな。ナオもちょっと詳しくはわからないんだけど」


 ナオは右手を宙に持ち上げると、表示されているディスプレイの位置を変えた。まるで大きなタッチパネルを操作しているかのようだったが、ユキトが以前大学で見たものよりもスムーズで無駄のない動きだった。

 他のものと異なり、少し白っぽい色をしたそれを引き寄せたナオは、ユキトに視線を促した。


「これが、「願い事」の一覧。河津神社で「正しい方法」でお願い事をした人のもの」

「正しい方法って言うと、手水場使ったり、柏手打ったりとかか」

「そう。そのプロセスを踏まないと、お願い事として登録されないみたい。この「祈願システム」には」


 リストアップされた願い事は様々だった。夏の時期だからか、恋愛関係や受験関係が多い。その中で一つだけ、黄色く輝いているものがあった。


「この色になっている願い事は、システムをつかって叶えることが出来るの。神脈で得た情報を基にね」


 見てて、とナオは人差し指で黄色く輝く文字に触れた。

 「猫のタマが戻ってきますように」と願い事の内容が全てのディスプレイに表示されたと思うと、一斉に映像が動き始めた。あるディスプレイでは表示された商店街に複数のフォーカスを当て、その隣では群青区に存在する全ての道を羅列し、また他のディスプレイでは街中をうろつく猫の画像を収集しては、何かを分析していた。

 やがて、システムは動作を止める。全てのディスプレイには「SUCCESS!」と成功を表す文字が表示されていた。時間にして僅か一分。だがユキトには何が起きたのかさっぱりわからなかった。


「神脈を利用して、猫のタマちゃんを探したの。同時に、願い事をした飼い主の行動パターンもね。二つの行動パターンが重なる条件を見つけて、それを誘導した……んだと思う」

「曖昧だな」

「さっきも言ったけど、ナオもよくわからないんだってば」


 ナオはそう言いながら、右手で自分の体の前を払う仕草をした。ディスプレイはその動作に合わせて消失し、境内の裏にふさわしい暗さに戻る。黒いセーラー服姿のナオの体は、殆ど見えなくなってしまった。


「境内の中の掃除してたら、急にこれが体の中に入ってきたんだもん。パパやママは心当たりなさそうだったし、おばあちゃんもついこの前死んじゃったから、知ってそうな人が誰もいなくて」

「でも多分これって、「願い事を叶えるシステム」なんだろ? おじさんが知らないのは変じゃないか?」

「パパはおばあちゃんの養子だから、詳しいことは知らないのかも。ママは別の神社からお嫁に来た人だし」」

「そういやそうだっけ。……あ」


 ユキトは大事なことを忘れていたことに気が付いた。


「まだ説明してもらってないぞ。何で駅裏の……」

「あぁ、それね」


 ナオはどこか冷めた口調で言った。今更その話題を掘り下げるのが無意味だと言わんばかりだった。


「あれもお願い事だったんだよ。「飲酒運転を繰り返す阿呆がいるから止めてくれ」って言う。車が壊れれば、暫くは運転しなくなるかなーと思って」

「それで人を事故に合わせたのか」

「違うよ。あれ誰も乗ってなかったもん。車の持ち主は近くのコンビニでお酒買ってて、サイドブレーキ引いてなかった車が勝手に動いて空き店舗に突っ込む。……そういうシナリオにしたの」


 車は壊れ、店舗の修理費も発生する。暫く運転手は酒を飲んだりする余裕も無くなる。それがシステムが導いた結果だと、ナオはユキトに説明した。


「でも内容が内容だから、本当に事故で怪我人が出ないか気になって、それで見に行ったの」

「シナリオって、自分で好きに操れるのか?」

「ううん。既に起こると決まっている事柄を組み合わせて、新しい結果を生み出してるだけ。だから突拍子もないお願い事とかは実行出来ないんだよね。それに、今までお願い事をした人たちの数でも左右されるみたい」

「ということは、願い事をする人が多ければ、もっと願い事を叶えることが出来るってことか」


 そう言ったユキトは、突然柔らかな感触が自分に密着したことに気がついた。数秒遅れて、それがナオが抱きついてきたせいだと理解する。


「さすがユキちゃん、頭いいね!」

「な……、な……っ」

「そんな賢いユキちゃんにお願いがあるんだけど、ここまで聞いたら共犯? 運命共同体? みたいなものだから聞いてくれるよね?」


 逃すまいとするかのように、ナオのしなやかな腕がユキトを拘束する。是とも否とも言えぬ間に、少女は興奮気味に捲し立てた。


「あのね、ナオはこの神社を昔みたいに賑やかにしたいの。見たでしょ? 小さい頃はいっつも人がいて賑やかで、境内も綺麗だったのに、今じゃ殆ど人はこないうえに修繕費もないからボロボロ」

「ま、まぁそれはわかったけど」

「ナオがお願い事をたくさん叶えれば、この神社に来る人も増えるでしょ。そしたら昔みたいに賑やかな神社に戻ると思うの」


 明かりがないせいで相手の顔はわからなかったが、ユキトは子供っぽく目を輝かしているナオがそこにいるのをわかっていた。両手でその細い肩を掴み、自らも後退するように体を離す。ナオは意外と素直に離れてくれた。


「言いたいことはわかったよ。それで、俺に何を頼みたいんだ? そのシステムを使えってか」

「これは一人用。それに神社の人間でもないユキちゃんにそこまでは頼めないよ。ナオが頼みたいのは、願い事を叶える時に、何をどうすればいいか一緒に考えて欲しいってこと」


 システムを使うのと大差ない願い事だとユキトは感じたが、ナオはそうは思っていないようだった。無邪気な口調のまま、如何に願い事を叶えるのが難しいか、失敗することが多いかを語り続ける。


「でもね、ユキちゃんがいれば難しいお願い事も叶えられる気がする」

「ふわっとしてるな。そんなんでいいのか」

「いいの」


 ナオは断定的に言い切った。


「だって一人より二人のほうがいいでしょ」


 そのあまりに子供っぽく、あまりに原理的な言葉に、ユキトは思わず声を立てて笑った。それが二人の久しぶりにして、忘れることが出来ない再会となった。

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