AI泣かせの人になれ

沢木 大和

第1話

サッサッサササ、小走りに廊下を歩く音。

ヒロ・ボスに違いない。他人に抜かれることさえ許せない負けず嫌いなキャリアてんこ盛りウーマンだ。

「ユーヘイ、Uヘイ、新しい依頼よ。」

とけたたましいボスの声がドアを開けた瞬間に響く。

「どんなんですかぁ?ヒロさん」

ここリサーチ・ファーム「TEAMまじっ」の代表・滝沢裕子のペースに乗らないようにボケッとした口調でゆっくり話すのは、データ・サイエンティストの小谷雄平だ。

「じゃ、じゃ、じゃ~ん、行方不明の帰国子女の調査よ。」

といつものように無駄にテンション高い話し方で喋りかける。

「まず、サンプル探してデータセット作らないとね。」

とボス。

「あぁ、JK? JD?」

「バカねぇ、脳みそ腐ってんの?男子もよ、イケメン男子学生。子女は女の子のことだと思ってる?」

「イケメンは余計でしょ?ヒロさんこそ、脳のシナプス、外れかけてます?」

「それより、今あるデータベース以外に適当な生データ集められるかな、Uヘイ?」

と聞かれたので、

「そういうの得意なのは、ジョージさんでしょ、たぶん。」

とすかさず回答をした。井上丈二、皆、ジョージさんと呼んでいる。もう70歳手前の年金生活者だけど、学生たちに人気がある。なぜ?見た目、ハンサムとは言えないけど、ファッションセンスはかなりある。ちょっと浮浪雲的かな?なんとなくでしかないんだけど、意外と昔のことより、未来の世の中をボンヤリと魚眼レンズのように見据えている人という印象が僕にはある。

早速、ヒロ・ボスがジョージさんに電話で頼んでみると、ナノセカンドで「OK」の返事をもらった。なんせ、二人とも頭の回転の速さは10代並だから。


「Hey, You know it's too late for us to make a change.って知ってる?Taka, Taka、ワンオクよぉ。」

アサミー、超早口になっている。そりゃそうだ、ワンオクオタクだからな、といつも通りにちょっと身構えながら話しの相手をする同じクラスのモリミ。

浅尾美香と森充は、湘南にある帰国子女を積極的に受け入れている私立中学の2年生で、アサミーは日常生活以外は、イマイチ日本語が上手くないONE OK ROCKファン。モリミは、もう日本に戻って3年になる漢検順一級の男子中学生で、大塚愛ファンだ。

「昨日さぁ、歌手のAIかと思って番組見てたら、人工知能のことだったわ。バラエティ番組でも”エーアイ”ってよく聞かない?最近」

とアサミーが振って来た。

「俺、漢字得意だけらね。人工甘味料、人工授精に人工衛星。で、人工と本物って、どう違うんだい?」

「対抗と本命ってことじゃない?」

とアサミー。

「パッパパラッパ、いきなり競馬?」

すると間髪入れずに

「ちがうっつ~の。ボーイフレンドとステディっことよ。」

と跳ね返ってきた。言葉の必殺クロスカウンター級のボクサーになれるわ。


「あ~ひぃ、ヒロ、Uヘイ、協力してくれるいいヤツら見つけたぞ。中学2年の森充っている男の子と浅尾美香という女の子だ。」

といきなり事務所に入って来たかと思うと、空気感がアフリカの空のようにピーカンに変わった。

「お孫さんの友だちですか?」と僕。

「なんじゃらホイッ?わいの友だちじゃい。」

とわかったらんなという顔でこちらを見た。

丈二という名前だけあって、洋楽好きのバンド経験者で、帰国子女からの受けがとってもいい。愛妻には先立たれ、社会人の孫もいるが、学生の純粋なハートが性に合うらしく、気が向くと高校の軽音部に出入りして教えたりしている。

「さぁ、会ってインタビューすることが先決ね、Uヘイ」

気合が入っているのはわかるが、そういう時はだいたい危ない兆候で、気合が空回りするんだよね、ヒロ・ボスは。2時間以内に何かが起こる、サスペンス・ドラマのように。

実際は、17歳も年が離れているし、ヒロ・ボスはアメリカでMBAも取得して、資格や学歴、経歴はワンサカな女性で、僕とは東西、いやっ南北にまたがる壁があってもおかしくないんだけど、NO BORDERな人。肉食系のヒロさんと草食系の僕、先ず行動在りきのヒロさんと先ずデータ在りきの僕、100%勘に基づくヒロさんと97.5%過去例に基づく僕、そんな2人だが、お互いにある部分でリスペクトしているようだ。それがなきゃ、6年も一緒に仕事ができる筈がない。


早速、ジョージさん、ヒロ・ボスと僕の3人で中学生2人に会いに行く。横浜みなとみらいの事務所から湘南台の中学校まではクルマでそう遠くない。戦略家のヒロ・ボスは、初めての人と会う時には、勝負服がスゴい。ラッキーカラーのイエローを使った服や小物は勿論、それ以外の色もイエローと上手くバランスを取ったコーディネートにしている。ただ、さすがに僕は勝負下着までは聞けない。セクハラで訴えられる以上のしっぺ返しが浴びせられるのは目に見えているから。ヒロ怨念に一生怯えさせられることになるだろう?

待ち合わせ場所の学校近くのカフェにクルマを止め、3人は中に入って2人が来るのを待った。15分くらいすると、頭の軸はそのままに目だけをキョロキョロさせながら中学生らしき2人が入って来た。

「へェ~イ!」

とジョージさんが叫ぶ。2人はこちらのテーブルにスタスタッと歩いてきた。

「Hi, Georgeさん、久しぶりです。」

とモリミの高音の美声。

「キャ、ジョージさん、お洒落ぇ。」

とアサミーのノーテンキに明るい声が店中に響いた。

「ど~お、アサミー?、モリミ?」

「Good, Good.」

「Nice!」

「よかった。アサミー、そんなにお洒落かい?」

「イケてる、イケてる。さすがのジョージ」

「ホイッ、ホイッ、こちらが偉い人、社長のヒロさんで、男の方がデータ・サイエンティストのUヘイ君」

「ウォ、ヒロさん、歳の割に派手めだけど、センスいい、私好きよ。」

とさらにノーテンキさがグレードアップした感のあるアサミー評。

「ねぇ、オバさん、私たちに用って何?」

すかさず切り出す。

「おっと、ヒロさんでした。私たちが何かお手伝いできますか?」

「ナノセカンドの切り替えの速さ、さすがです。それも一つの才能でしょう。」

とモリミが心の中で呟いた。

「よぉ~し、2人とも、タメ口でいいから、クイックに行きましょう!これから、呼び方も、ヒロ、Uヘイって呼び捨てでいいわよ。」

「えっ、まだ何にも聞いてないし、やるともやらないとも返事してないんですけど。」

「僕も自己紹介していいかなぁ?」

とUヘイが横からぼそりと入り込む。

「OK, Googleならぬ、OK, Uヘイ。」

と2人のハモリ。

「初めまして、小谷雄平です。皆、Uヘイって呼んでます。」

「あっ、Uヘイねっ!」

と2人から軽い扱い。

「君たちの学校の行方不明の生徒を探すんだけど、協力してくれないかな?勿論、ちゃんと報酬は払うわよ。どう?アサミー、モリミ。」

「Two OK Rockね!2人とも大丈夫。」

とアサミー、即答。

「えっ、俺の意思はどこ行った。アサミー、俺にきいてないし。」

「それこそ、えっ、ダメなの?」

「いや、OK。」

「なんだよ、会話一往復分無駄にしただけ。」

「ということは、引き受けてもらえるということだね。」

とUヘイも何だか楽しそうな表情に見える。

「パッパカパ~ン、これにて一件成立~ぅ!」

とジョージさんも嬉しそう。


2人への依頼内容を説明し、サーベイ用紙を渡して、その日は事務所に戻った。すると、3日後には、もうその用紙を持って2人が事務所に現れた。

早速、超一流データ・サイエンティストのUヘイは、数100枚に及ぶ用紙をスキャンして、数値をデータベース化して、いろいろといじくってデータセットという一塊に仕上げた。それをディープラーニングと呼ばれる手法を使って分析するために、AI専用PCで分析させると、数秒で分析結果が得られた。

Uヘイは、その結果を見ながら、あれっ、あれれっという表情に変わった。

「Uヘイ、早く説明しなさいよ、結果を。」

すかさず、ヒロ・ボスの頭のてっぺんまで突き刺さる声が聞こえた。

「行方不明の女子中学生Aさんは、クラスタX1に分類されました。」

「何、X1って?」

「Xで始まるクラスタは、分類不明のX0、分類例外のX1などを意味します。というこで、どうやら、彼女のプロファイリングを作成できなかったようです。」

「Uヘイ、もっとちゃんと説明しなさいよ。ここにいる皆んなに分かるように。」

「じゃあ、先ず、クラスタって何から。日本人の好きな群れのことです。イメージとしては、粒が集まった葡萄の房みたいな感じかな。モリミ、全部漢字で書ける?でもって、統計の手法で、そのかたまりの類似の度合いや距離の近さを表します。」

「そんな杓子定規な解説はいいから、東京タワーの階段を走って降りるように説明しなさい。」

とヒロ・ボスの再度のイエローカード発令。

「じゃ、タイプ分けみたいなもん。」

「短かっ!」

とアサミーとモリミの2回目のハモリ。

Uヘイによると、例えば、クラスタA1とかC3とか、それぞれのクラスタの特徴を基に、その人の行動心理や普段の行動パターンが分かって、今、どういう状況が考えられて、どこをどう探せばいいか方向性が分かるんだけど、彼女の場合は、なんせX1やから。

「でも、なんだか、その分析、変だわ?」

と100%勘で動くヒロ・ボスがウィスパーボイスで呟く。

「だって、2名の持って来た用紙からだと、そんなに変わった子という感じは受けないし。どう、アサミーとモリミは、どう思う?」

「私はちょっとだけ話しをしたことがあるけど、逆にごくごく普通の子、こういう子って説明が難しいくらい特長が分からない感じよ。」

とアサミーが答える。モリミは、

「僕は全く接点がないけど、写真を見たけど、可愛い、可愛い。」

「それ、今、何か?」

とアサミーの強烈なカウンターパンチ炸裂。

「いやっ、人は見た目が9割っていうでしょ!」

とやんわり言い訳をするモリミ。

ヒロ・ボスは、解決へのベクトルを探るために、まずルイボスティーを喉ちんこ丸出しにググっと飲んでから切り出した。

「ねぇ、エキスパートのUヘイは、ぶっちゃけどう考えてるのよ?」

おぉ~お、こういう時だけ枕詞が付いてくるんだよね。正直、AIくんが何を考え、どう処理しているか中身まで分かってないから、答えようがないけど、唯一言えることは、

「こういう時は、何か手繰り寄せるヒントが必要なんだ。ちょっと海見てくるわ。」

と言って、新港埠頭ターミナルの方へスタスタと歩いて行った。


事務所に残ったヒロさんと中学生のあサミーとモリミは、雑談っぽく、それぞれの思いつくままにちょっとでもヒントになりそうなことを話していた。3人ともに海外経験がある性か、何の気遣いもなく、脳から口の筋肉に直結しているが如く話すわ、話すわ、という感じだったが、飽きて来つつもあった。

とそこへ、ジョージさんがみなとみらいで有名なバスクチーズケーキを持って事務所に現れた。

「ヘイ、皆の衆、元気っ?なんか、イマイチっぽい顔だね?こういう時こそ、脳に糖分を。」

とフワフワと、でも自信あり気な口調でジョージさんが語りかけた。

「皆んな、頭がアメリカナイズされてるね?まぁ、こういう時は、沖縄人になって”ナンクルナイサ”、とか、フランス人になって”ケセラセラ”とか言わないと。そして、何より、スイーツ食いねぇ、食いねぇ。」

雰囲気を変える天才だなとヒロさんは再認識しつつ、バスクチーズケーキを一口食べると、本当に脳の血流が流れ出した気がして来たから不思議だ。

ヒロさんは、何とか解決の糸口を見つけ出そうと、ジョージさんにUヘイにやってもらったAIでの分析結果を説明した。

「そやなぁ、人工知能は人工だから、人が関わってるんだろ?だったら、あちきにも分かることがあるかもな。う~~ん、う~~ん。」

「そうだ、モリミ、大塚愛よろしくっ!」

というリクエストに答えて、iPhoneから曲を流すのかと思いきや、モリミ、自分で「黒毛和牛上塩タン680円」を唄い出した。それでも、ジョージさんは止めることなく、聴きつつ?スルー?頭を思い巡らせているようだった。

「あのさ、思うんだけどさ。若い人たちにはピンと来ないかもしれないけど、野球の話しをさせてもらうと、金田や杉下の頃、えっ、もう分からない?まぁまぁ、要は昔、変化球って、物凄く大きく曲がるとか、落ちるとかが重要で、それを投げられるかが一流投手かどうかの境界線だったんだけど、今の投手は、ボールの持ち方をちょっとだけズラして、ちょっとだけボールの軌道を変化させて打者のバットの芯をほんの少しだけ外して打ち取るんだよね。」

「何を言いたいんですか?」

「つまり、見かけは普通の球に見えるけど、ちゃんとその標準からは外してるんだよ。人も一緒や。見かけは普通、でも入力項目をハッキリとでなく、気づかれないくらい微妙にズラすようにしていたとしたら、どうだい?」

頭脳明晰キャリアウーマンのヒロさんには、その言わんとすることがピピッと来たようだった。

「要するに、一つ一つは大きくハズレてなくて、全クラスタに合致しちゃってるから、AIが一つのクラスタを特定できないで判断に迷っているってことね。」

このタイミングで、Uヘイが外界の散歩からジャスト戻って来た。

すかさず、ヒロ・ボスが

「Uヘイ、行方不明女子中学生Aさんのデータを全部、プラス方向とマイナス方向にごくごく少しだけズラした値にして、どこかのクラスタに決まるか試してみて!」

と、もうどうにも止まらないっていう感じでまくし立てた。

「えっ、待って、待って、どうしてそれを?僕も外に出て、まず、”オレの今までの常識、死ね”と念仏を唱えて思いにふけったんだ。で出てきた答えが、今のヒロさんの指示とほぼほぼ同じことだった。」

「いいから、誰の、どっちの考えでもいいから、早くやりましょう。」

やはり、イケイケどんどんだ。


それから、入力する数値をいろいろ変えてしきい値をズラして行くトライアンドエラーを2時間ほど繰り返しただろうか。どんピシャのクラスタがヒットした。F1というクラスタ。それは、過去にとちらかというとマイナス側の衝撃的な体験をしてことがあるけれども、演技力というか、表面的な対人関係が極めて上手な人たちの集団だった。このクラスタの特徴を皆んなでさらに紐解いて、その紐の先にたどり着く風景、シーンがどういうものかを炙り出した。その結果が、Aさんが生まれ育った逗子海岸にあると判断された。


早速、クルマを飛ばして全員で逗子に向かった。運転は、もちろんヒロ・ボス。感情は最高潮でも、頭脳はいつも冷静でいられるヒロさんは、運転も安心して任せられる。でもねぇ、飛ばすんだよね(笑)。

横横、逗葉新道を過ぎて、逗子海岸近くの駐車場にクルマを止めて、富士山がくっきりと大きく見える逗子海岸の階段を皆んなで降りて行き、周りをキョロキョロしだした。


少しすると犬の吠える声が遠くから、でもしっかりと聞こえてきた。屈託のない笑顔で一緒に歩いて来るのは、間違いなく女子中学生Aさんであった。






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AI泣かせの人になれ 沢木 大和 @Yamato_Sawaki2020

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