第10話
午前十時の五分前。私は牡丹さんとの待ち合わせ場所である、ショッピングモール近くの駅前で一人待ちぼうけておりました。
「変じゃないよね……?」
駅中店のショーウィンドウは開店前で真っ暗です。簡易な姿見には十分、私の姿を映し出してくださいます。
寝癖、無し。お肌、良し。清潔な薄色のブラウスは今年の型、染み汚れも無し。袖口のフリルがお気に入りです。ベージュのワイドパンツはシルエットをゆったりと見せてくれます。そして同系色のロングカーディガンを羽織れば私なりのコーディネートは完成なのです。
「気合入れすぎでもなく、抜けすぎでもない格好ってこんな感じかなあ」
ファッションはいつも不安と紙一重です。去年の服はどうしよう、とか。周りから浮いちゃわないかな、とか。お金が足りないな、とか。雑誌に載っているコーデが正解とも限りませんし、日進月歩の世界へ着いていくだけで私はヘロヘロなのです。お洒落な方だってきっとみんなそう。だけどもやっぱり、可愛いお洋服は着たいと思ってしまうのが女の子なのでしょう。
可愛くなりたい、そう思う欲求の矛先は。
「可愛いねって言われたい人がいる」
それが私にとって誰なのかはまだわかりません。しかし少なくとも、今日の私にとっては、牡丹さんに可愛いって言っていただれば天にも昇る心地になるのでしょう。
「これは付けるべきかどうするか……」
私の手に握られますは、小さなリボンモチーフのヘアアクセ。家を出る最後の最後まで迷った末に、身に付けることなくやってきたのに未だにお悩み。私個人と致しましては大変にお気に入りなのですが、いかんせん子どもっぽいとも捉えられがち。初めて学校外で牡丹さんと会うこの機会に身に付けるべきかが決めきれないでいるのでした。
うんうんと唸って悩んで末に私は──
「くーるり!」
突如、背後からの衝撃。何者かが抱きついてきたようです。そして聞き覚えのあるその声の主は。
「相花ちゃん?」
「ふふ、学校以外で会うのは初めてだね」
なんとまあ。その正体は我がクラスメイトにして高校生活初のご友人、楠木相花ちゃんその人でした。 学校ではポニーテールの彼女ですが、本日は高めの位置にサイドテール。彼女なりのオフ仕様なのでしょう。動きやすそうなショートパンツは彼女の活発さを表しているようでよく似合っています。
「びっくりした? 驚いた? 驚天動地? どれ?」
「強いていうならびっくりだよ……」
にまにまと笑みを浮かべる相花ちゃん。一体全体どうしてこの場に相花ちゃんがと動揺が収まらない私ですが、彼女の視線に誘導されるかのように目を向ければそこには。
「牡丹さん」
手をひらひらと振りながらゆっくりと近付く牡丹さんの姿がありました。つまりはきっと、そういうことなのでしょう。
「僕のサプライズは成功のようなだね」
「驚くに決まっているじゃないですか」
──二人でお出かけかと思ったのに。
言葉は飲み込み気持ちは燻る。もちろん、相花ちゃんとも休日に遊べるだなんて楽しいに決まっています。思いがけないサプライズに驚くだけでなくわくわくしている自分がいるのも事実です。だけど。
「さあ、お買い物に出かけようか。相花くん、サプライズはそれまでにして出発だ」
「はーい」
相花ちゃんは牡丹さんの号令に従い、すたこらとショッピングモールへと歩き始めました。私はおぼつかなく不安定にも思える足取りでその後に続きます。
気付けば牡丹さんは音もなく、流れる風のように自由に私の背後に付いているようでした。牡丹さんはそっと私の方に手を置き、吐息を感じる距離まで顔を近づけて。
「──二人きりだと期待したかい?」
牡丹さんの吐息は私の髪を揺らし、言葉は心を揺さぶりました。ちょっぴり残念に感じていた私のモヤモヤは、その一言で全てが晴れ渡るのを感じます。
晴れ渡ったから、私の頬に二つの太陽が昇ったことはきっと自然なこと。そうなのです。
ときめく貴女は百合の花 平賀・仲田・香菜 @hiraganakata
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