六章

「あのさ、朝陽」

「華厳の滝も楽しかったね。ありがとう」

 僕は、さっき閃いたことを話そうと彼に声をかけた。

 でも、彼は僕の話が終わる前に、割り込んで話してきた。こんなことは今までなかった。どうかしたのだろう?

「ありがとう?」

 僕は聞き返さずにはいられなかった。

「そう、死神ちゃんにはすごく感謝している。いつも言えてなくてごめんね」

「死神に、『お礼』は似合わないよ」

 僕は少し冷たく言葉を返した。

 だって僕は彼のために、何もしてあげられていないから。

 だから、僕は彼にお礼を言ってもらえる価値はない。

「じゃあ、『嘘』なら、死神に似合っているの?」

 彼は怒っているというより、そっと問いかけるように聞いてきた。

「うっ、気づいていたの?」

 僕は予想外の言葉に、また驚いた。

「すぐにわかったよ。だって死神ちゃん、明らかに落ち着きがなかったから。そもそも死神ちゃんは自分が不器用なこと自覚してる? 嘘をうまくつけるタイプじゃないよ」

 彼の言葉はいつも温かくて、僕のことを包み込んでくれる。

「不器用か。言われるまで気づかなかったよ。嘘ついてごめん」

「死神ちゃんにも事情があったのだよね。でもそれよりも、もうすぐ僕の死ぬ時間なのでしょ??」

「なんでそこまでわかるの?」

「僕もね、死神ちゃんのことを考えているのだよ?」

「僕のことを考えている? そうだとしてもそれと死ぬ時がもうすぐだとわかるのがどうつながるの?」

「死神ちゃんのことをみていると、今日はいつもと違う雰囲気だなとかいう些細な変化がわかるようになった。今日は特に重い雰囲気だったから、きっと僕が死ぬ日なのだろうと思ったのだよ」

 彼はさらに話を続けた。

「僕は死ぬ間際までこんなにも死神らしくない死神と楽しく過ごせ、さらに最期の時までにしたいことも見つけられたよ」

「したいこと?」

 彼が死ぬ前にしたいことはとても気になった。

「それは死神ちゃん、君を変えることだよ」

「僕を変えること? そんなことでいいの??」

「そうやって自分のことを軽く見ちゃダメだよ。そこ、死神ちゃんの悪いところだから。初めて死神ちゃんに出会った時、死神ちゃんは憂いを帯びた顔をしていた。僕はその顔を見た瞬間に、死神ちゃんに生きるって楽しいことだよってもう一度思ってほしくなった。そのためにずっと考えていた。どんなことをすれば死神ちゃんは変われるかなと考えることが、僕の死への不安を軽減させた」

 そう言われると、今までの不思議な行動も納得がいく。

「つまりは、僕という存在が、朝陽の生きる希望になっていたということ?」

「ふふ、そうだよ。死神ちゃんじゃなかったら、僕はきっと死の宣告に耐えられなかったよ」

「僕が朝陽の為に何かできていたことが素直に嬉しい。ずっとできていないと思っていたから。そして、おかしなことを言っているのはわかっているけど、僕は朝陽に死んでほしくないよ」

「やっと『本音』を言ってくれたね」

「本音?」

「そうだよ。死神ちゃんにも人間と同じように心も感情もあるよね? それを蔑ろにしないであげて。死神ちゃんは、今ちゃんと本音を言えた。前までの死神ちゃんなら絶対に最期まで今の言葉を言わなかったと思う。僕は死神ちゃんが変わる姿をこの目で見られた。もう十分満足だよ」 

「待って、朝陽。死の宣告をする前に少しだけ僕に時間をくれない?」

「うん。いいよ」

「僕は、朝陽のことが好きだ。それは友情とかじゃなく、愛情としての好きなのだ。今この恋が叶わないことはわかっている。でもどうしても伝えたかった」

「ありがとう。僕も死神ちゃんのことを心から愛しているよ」

 彼が僕のことを愛してくれていた。僕たちは相思相愛だった事実に感動してしまった。

「死神の寿命は、人間の寿命よりも三倍ぐらい長い。でも、僕が次に生まれ変わったら朝陽と同じ種族だと確信が持てる。その時には、僕も今よりずっと自分に自身を持てているようになるから、朝陽を迎えに行くと約束させて。朝陽がもしあの頃の死神だと気づかなくても、絶対に僕が振り向かせてみせるから」

「うん、待っているから」

 本当は死の宣告の前にそれ以外のことを話すことは禁止されていることだ。ましてや、約束をすることなんて確実に規則違反だ。

 それでも、僕は彼に思いを伝え、来世を信じたかった。

 過ちを犯してもいいとさえ思った。

「ありがとう。今はお別れすることになるけど、僕たちの関係はここで絶対に終わらないから」

「そうだね」

 彼は僕の目をしっかり見つめ返してくれた。

 僕は、深呼吸をした。

「あなたが死ぬことを告げにきました」

「本当に辛いことを、何度も言わせてごめんね」

 彼はいつものようにはにかんだ後、すぐにその場に倒れた。

 僕は脈を測り、彼が亡くなったことを確認した。

 これは寂しいことではない。彼とはこれから先も心で通じあえているのだから。

 僕は、息絶えた彼に「必ずまた会いに行くからね」と言って去っていった。


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死神と過ち 桃口 優/優しさを体現する作家 @momoguti

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