五章
「ここって、僕たちが初めて会ったところだよね? どうしてここなの?」
次の瞬間移動先で、彼はちょっと驚きながらそう聞いてきた。
「僕は朝陽に会う前に、ここで太陽を見上げてきれいだなって感じた。朝陽にもその景色を見せたいと思ったから」
僕は彼に嘘をついた。
本当は死神の仕事をするために、ここにきた。
死神の仕事とは、まず近々死ぬ人間に最期を告げることから始まる。そして、その人間が死ぬ時間に死神が改めて同じ場所で同じ言葉をもう一度告げることで完結する。
そうすると、その人間はその場で命が尽きる。
僕の言葉一つで、その人間は死ぬ。
もちろん、死亡理由は人間界の都合のよいように改変されることとなっている。
僕は彼が前に言っていた『そんなじゃ、死神ちゃんの心が辛いよ』という言葉の意味がやっとわかった。だってまだ終わってもいないのに、粉々に心が砕けてしまいそうなぐらい辛いのだから。
彼は元から死ぬ運命だ。
それは確実に間違っていない。死んでしまうのは僕のせいではない。
彼が言ってくれた言葉を何度も自分に言い聞かせみるけど、どうすることもできないぐらい悲しい。
僕のことをいつも心配してくれて、優しくて純粋な彼に僕は恋をしているから。
種族も性別も関係ない。
僕は、彼だからいいのだから。
でも、死神には死神界のルールがある。
死神の宣告は、絶対に行なわなければいけない。
間違いや失敗は何が起きようと許されない。
それは、その人間の運命を大きく変えたことになるから。
『生き死に』は、人間界や死神界だけに関わるようなことではなく、最上位にある『自然界』に関係のあることだから。
当たり前だけど、そこには死神よりも上位に位置する神がたくさんいる。
そんな自然界に逆らうということは、つまりその人間と関与した死神はもっとむごい結果を迎えることを意味する。
具体的には、無限の命を与えられ、誰もいない空間にたった一人で終わりなき孤独を味わい続けさせられる。
『孤独』とは、何よりも心を破壊するものだ。
だから、死神は必ず対象である人間が生き絶えたのを確認しなければいけない。
それは途中で何か特殊なことが起きて、その人間がもし死ななかったとすれば大問題になるから。
でも、どうしてもその最期の言葉を彼に告げたくないと思っている自分がいる。
お互いのためにならないのはわかっている。
彼が死後また生まれ変われるためには、僕が最期の言葉を告げる必要がある。
でも、彼とこのまま少しでも同じ時間を過ごしたいと、贅沢すぎることを考えてしまう。
くよくよと僕は迷っている。
「そうだったのだね! どんな景色か楽しみだなー」
彼は、僕の言葉を何も疑っていない。
彼のその様子を見ると、僕は彼との今までのことを思い出した。
死ぬとわかった瞬間にそれまで楽しもうと言ったこと、僕に優しい言葉を何度もかけてくれたこと、旅先でのきれいな景色を二人で見て仲を深めていったこと。
どの時も彼は笑顔で、僕も心の底から楽しいと感じていた。
さらに、僕は彼に死神になってから忘れていたたくさんの感情を教えてもらった。
いつの間にか僕は彼に興味をもち、興味が好意に変わり、愛情となった。
そんな彼を僕が幸せにしたいと思った。
もちろん、叶わぬことだとすぐに気づいた。人間の命を奪う死神が、人間を幸せにすることなんてできるはずがないから。
それでもこの思いは止められなかった。
たくさんの思いを彼からもらったから、僕はそのお礼をしたい。たぶん、彼のことだから「お礼なんていらないよ」と言うと思う。
そうだとしても、僕は彼のために何かしたいと強く思う。
でも、もう彼が死ぬまで時間はほとんどない。
僕は彼のために何一つ行動ができていなかった。
僕には、彼に死しか伝えることができないのだろうか。
何も言わない僕に対して、彼は「どうしたの?」としゃがんで下から顔をのぞき込んできた。
僕は、また彼に心配をさせていると思った。
こんな僕だと、彼も不安になると今ならわかる。
彼にはできるだけ笑顔でいてほしい。
辛い顔なんてさせたくない。
その瞬間、僕はあることを閃いた。
だから「ううん、なんでもないよ」と笑ったのだった。
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