【短編】死を望む者たち 〜虐げられ続けた忌子は殺されて真の力に目覚める。死ぬたびレベルアップなチートスキルで無双開始するけど命乞いしてももう遅い〜

石和¥「ブラックマーケットでした」

死を望む者 〜虐げられ続けた忌子は殺されて真の力に目覚める。死ぬたびレベルアップなチートスキルで無双開始するけど命乞いしてももう遅い〜

「戦乱の続く乱世の時代、今日ここに集まった者たちは無事に十三歳を迎えることができた」


 司祭の声が、礼拝堂のなかに木霊する。

 領内の七つの村から領府アマルケアンにやってきた十三歳の新成人が十四名。そのなかのひとりとして、ボロを身に纏った俺は目立たぬよう隅の方で息を殺していた。


「これより、“神の恩恵”を受ける成人の儀を執り行う」


 正直そんなもの、欲しくないんだけどな。俺にとっては、絶対ろくな結果にならないし。


 誰もが十三歳で得られる“神の恩恵”は、この世界の小さな奇跡だ。与えられた分野であれば、十三歳の新成人でも一般的な大人の標準値を軽く凌駕する。

 生半可な努力では覆せないほどの差が生まれるため、事実上ここで職業と人生が決まるのだ。


「ああ、くそ……ッ」


 逃げたい。ここで得られる恩恵が何であれ、俺の人生が好転することなんて絶対ない。

 物心ついたときから孤児として村の雑用と汚れ仕事を押し付けられ、蔑まれ、罵られ、虐げられてきたのだ。

 いまはまだ雑用で済んでいるけれど。“神の恩恵”が下賜くだされれば、最も有効な使方を知られてしまう。

 生産職だとしたら監禁され死ぬまで働かされるだろうし、戦闘職だとしたら魔物や賊が来るたび孤立無援で最前線に出される。


「ブツブツうるせえんだよ忌子」


 村長の息子メラが俺を横目で睨みつける。その横では腰巾着のノーソがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。


「俺たちの恩恵が戦闘職だったら、最初にお前を切り刻んでやる」

「まずは陰茎ファルスからだな。お前はどうせ使わねえだろうしよ」


◇ ◇


 俺は、十三年前に壊滅した領内八つ目の村、ハーミルで孤児として生まれた。

 村は敗残兵からなる野盗に襲われ、若い女は拐われたようだが、実態は誰も知らない。わずかな生存者が、その後に襲ってきた魔物と獣に食い尽くされたからだ。瀕死の重傷を負って生きながらえていた村の女性たちは、力を合わせて俺の母親の出産を助け、おそらくは守りながら死んだ。

 賊の襲撃から三日後、何もかも手遅れになってからのんびりやってきた領主軍は、全滅した村の納屋で折り重なる死体と、半身のない女の身体に守られながら泣いている赤子の俺を見付けたらしい。

 そのまま見捨てなかった理由は、村民全滅だと廃村となって領主が税を取りっぱぐれるからだろう。


「この赤ん坊を、“奇跡の子”として育てよ」


 領主は隣村コリションの村長に、赤子の俺を押し付けた。

 村の境界でもある川の水利権で頻繁に揉めていたコリションの住人たちにとって、宿敵ハーミルの生き残りなど忌々しい厄介者でしかない。

 領主がハーミルの痩せた土地をコリションと統合する代わりに、二村分の税まで被せてきたのだから、なおさらだ。


「死人の村の忌子」


 俺はそう呼ばれて育った。領主により神の恩寵を意味する“カリス”の名を与えられたが、誰もその名を呼ぶことはなかったのだ。

 歩けるようなると魔物や獣の棲む危険な森で果実や薬草の採取、ふたつの村の荒地の開拓開墾、旧ハーミルの農地すべての維持管理と収穫もだ。

 だが農地からどれだけの収穫を上げようが、どれだけ獣や森の恵みを手に入れてこようが、村人や村長からは罵倒と暴力以外のものが返ってくることはなかった。


「死ね」


 それが最も多く、最も頻繁に俺に吐き捨てられた言葉だった。


 同世代の子供たちから比べると身体が大きく丈夫だったのは、さらなる悪意を呼ぶことになった。ろくな飯も与えてないのに大きく逞しく育ってゆく忌子に恐怖を覚えたのかもしれない。


「忌子は夜な夜な家畜の生き血を啜る」


 そんなもん啜るわけねえだろうが、アホらしい。生き延びるために森のなかで食えるものを手当たり次第に貪っていただけのことだ。俺の身体を作ったのは木の実と山芋と沢の魚、あとは芋虫だな。

 授乳もろくすっぽしてもらえなかったってのに、よく生き延びたよ俺。


◇ ◇


 七つの村の子供たちは、司祭からそれぞれに“神の恩恵”を得た。

 恩恵獲得後は自分の強さや利便性や成長度合いを“ステータス”というもので確認できるようになるらしく、それぞれに自分の数値を見ては高い低いと一喜一憂している。


「この子の恩恵は豊饒神の加護、“緑の手”だ。草花や作物を育て、地の恵みで村を豊かにするだろう」

「この子の恩恵は狩猟神の加護、“風読みの目”だ。弓を持たせれば精確な狙いでどんな獲物も射抜くだろう」

「この子の恩恵は戦神の加護、“獅子の心臓”だ。いかなる危地にも怯えず立ち向かい、どんな敵にも打ち勝つだろう」

「この子の恩恵は創造神の加護、“刻み目の手”だ。明晰な頭と器用な手技で、あらゆる物を作り上げるだろう」

「この子の恩恵は火神の加護、“鍛冶の剛力”だ。火床ほどの前にいる限り、尽きぬ力が湧き出してくるだろう」


 順調に進んだ成人の儀も終盤。俺のところまで来て、司祭はわずかに顔をしかめる。


「この子は――」


 ボロ切れを纏って薄汚れた姿を見て、どんな扱いを受けてきたかを理解したのだろう。偏狭な村の者たちが一方的に決めたこととはいえ、そうなった者にはそうなっただけの理由がある。

 そして……司祭としては、そんな理由を持ったものに深入りして良いことなど何もない。


「なッ……め、冥界神⁉︎ ……恩恵は、“死を望むほむら”、だと⁉︎」


 なんだ、そりゃ。

 聞いたこともない言葉に困惑した俺が横を見ると、蔑みの表情しか見せていなかった村の大人や子供たちにわずかな変化が生まれていた。

 恐怖と憎しみ。あるいは純然たる殺意だった。


「しかも、なぜ階位が……」

「階位って?」


 司祭は答えず俺から距離を取り、手を振って助祭たちを呼ぶ。

 周囲で見ていた村の大人たちが、俺を指して口々に吐き捨てるのが聞こえてきた。


「やはり」

「生かすべきではなかった」

「ハーミルが滅びたのは、こいつが」

「死はこの忌子が呼び込んだものだったのだ」


 ポカーンとしているうちに、俺は助祭たちの手で礼拝堂から引き摺り出された。何がなんだかわからないうちに、外で控えていた領府の衛兵に引き渡される。


「邪神に心を売り、無辜の民を捧げた異端者です。罪人として首を晒しなさい」

「いや、なんでそうなる⁉︎」


 衛兵は司教の言葉に頷くと、俺の首に縄を掛けて市中を引き回す。弁明の機会もないまま領府の地下牢に入れられ、取り調べも裁きも経ずに翌朝の処刑を宣告されてしまった。

 おまけに宣告してきたのは官吏でもなんでもなく、やけに嬉しそうな顔のコリション村長だった。

 両腕を縛られ廊の床に転がされた俺を見て、村長は豚のような顔を歪める。


「貴様が“死を望む焔”であれば、望み通り死を賜ってくれよう」

「なんでだよ! 俺は死なんて望んでねえ! そんなの司祭が勝手に言ってるだけだろう⁉︎」

「教会司祭を侮辱するとは。やはり異端者だな」


 村長に付いてきていた息子のメラと腰巾着のノーソが、俺を見て笑う。


「俺の恩恵は、宝物神の加護、“潤沢の革袋”だったけどな」

「ああ。これでコリション村の発展は約束されたようなものだ」

「ノーソの恩恵は海洋神の加護、“魚眼の穿貫”だ。お前が死に損なったときにはもりで目玉を射抜いてやるよ」


 馬鹿笑いしながら三人が去ると、俺は溜め息を吐いて石造りの床に転がった。


「……ステータス」


 目の前に、光る布切れのようなものが現れる。そこに出ていた数値は、どうにも気が滅入るものだった。


階位:3

 剛力:7

 器用:4

 堅牢:9

 敏捷:7

 聡明:1

 天啓:0

 冥界神の恩恵:“死を望む焔”


 成人の儀で他の子供たちが話していた言葉を聞く限り、数値は最低でも二桁だった。一桁というのは、その恩恵でよほど不向きか不要な分野だけ。それでもゼロなどという声は聞こえてなかった。

 やはり俺の人生は、もう終わりのようだ。


◇ ◇


 翌朝、領主館前に引き出された俺は黒山の人だかりにギョッとする。

 処刑台を囲んだ者たちは、みんな喜びに上気した顔で俺を見ていた。


「来たぞ! 忌子だ!」

「ついに天誅が為されるときが来た」

「これで死んだ連中も浮かばれるってものだ」

「死ぬべき者が死んで、ようやく天の采配が果たされる」


 勝手なことを言っている連中の手には酒杯やら串焼きやらがあって、俺の処刑が娯楽として待ち望まれていることがわかった。


「俺が何をしたっていうんだ」

「黙れ」


 処刑人が髪を掴んで、顔面を処刑台に叩きつける。鼻血が噴き出して、見物人が大笑いし始める。気が触れたような熱狂に、どうにも違和感が拭えない。コリション村の奴らにしても、俺が死んで得るものなどないはずだ。まして、領府の人間や集まった他の村の人間になど、そこまで恨まれる覚えはないんだが。


「これより“奇跡の子”、カリス・ハーミル村民ダ・ハーミルの処刑を執り行う!」

「「「おおおおおぉッ‼︎」」」


 俺は何年かぶりに、自分の名を聞く。いまや滅びた村の、ただひとりの村民として。

 大喝采のなか、処刑人が俺に囁く。


「おめぇの父親は領主様だ」

「あ?」

「手籠にした村女の子が残されて、ずーっと上手く死なせるように取り計らってきたってのによ。馬鹿な奴らだ。コリションの低能ども、領主様のお言葉を最後まで汲み取れなかったか……わかっていても殺す度胸がなかったかだ」

「……なんだ、それ」


 確かに村の連中には、何度も死ぬような目に遭わされ続けてきた。知恵も力もないガキの頃から武器もなしに魔物が出る森に入らされて。飯も抜きでろくに眠らされず朝から晩まで働かされて。

 生き延びてきたのが不思議だった。これは死んだと思ったことも一度や二度じゃない。意識を失って目が覚めて、ヨロヨロと村に帰るたびに化け物を見るような目で見られてきた。

 あいつは人間じゃないって。今度こそ死んだと思っていたのにって。


「まあ、いいさ。それも、これで終わりだ。恨むなら領主様を恨みな」


 首枷に固定しながら、処刑人は笑う。首切り斧を振り上げたのが、見物人たちのどよめきでわかった。


「殺してやる」

「やってみろ、能無しの忌子が」


 呟く声が届いたのか、処刑人がくぐもった笑みを漏らした。

 気迫の籠もった息吹とともに、何か巨大なものが首筋に叩き付けられる。


 どこか遠くで、凄まじい歓声が上がった。


◇ ◇


 どんより濁った意識が、ゆっくりと戻ってくる。不安げなざわめきが、麻痺していた耳に押し寄せてくる。

 俺が目を開くと、それは甲高い悲鳴に変わった。


「生き返りやがった」

「化け物だ、やっぱり」

「なにが“奇跡の子”だ。“死を望む焔”って……まさか、……⁉︎」


「……アあ、殺しテ、やル」


 自分の喉から発せられた言葉は、笛のようにひずんでしわがれ、ひび割れていた。

 どこかから、息が漏れているからだろう。


「ステーい、タス」


階位:4

 剛力:18

 器用:11

 堅牢:34

 敏捷:14

 聡明:9

 天啓:0

 冥界神の恩恵:“死を望む焔”


 少しずつ増えてる。階位も上がってる。相変わらず天啓はないままだが。

 天の神からは、とうに見放されているということか。

 俺は起き上がって、周囲を見る。いつの間にやら首枷からは解放されているが、倒れている場所はなぜか処刑台の下だ。台の間際まで押し寄せていた見物人たちは、遠巻きにこちらを見ながら後ずさっている。


「どうなってる。転がった首が」

「蹴り落とされた胴体に、繋がったぞ」

「切られたのは、見えた。たしかに、死んだはずだ」

「じゃあ……」


 どうなってる、というのは俺が知りたいくらいだ。処刑人を振り返ると、青褪めた顔で俺を見下ろしていた。


「化け、物がァ……ッ!」

「殺せぇ! そいつを叩き殺せ!」


 周囲の怒声が俺の耳に届く。処刑人は処刑台から飛び降りると、斧を抱え込み横薙ぎに叩き付けてきた。

 ぐしゃりとあばらがえぐられ、捻り飛ばされたまま視界が回転する。もがき苦しむ俺の前に、自分の腹から下がちぎれて転がってきた。


「お、おおぉ……ッ」


 凄まじい痛みが襲ってくる。腹から臓物が溢れ出した。湯気を立てながら地べたにどちゃりと広がったそれが、ちぎれた腰に向かって伸びる。まるで、蛇が絡み合うように繋がると、互いに引き合いながら近付いてくる。


「「……嘘だろ、おい」」


 見物人の声と、俺の呟きが重なる。

 湿った音を立ててくっついた腰は、地べたに広がっていた腸をずるずると吸い込むように収める。

 何事もなかったように、俺は身を起こした。血の気が引いているのは、何もかも元通りというわけではないからだろう。服に染みた血や土に吸われた血は身体に戻ってこなかった。


階位:5

 剛力:29

 器用:21

 堅牢:68

 敏捷:26

 聡明:15

 天啓:0

 冥界神の恩恵:“死を望む焔”


 なんとなく見てしまったステータスで、なんとなく理解してしまった。

 俺は死んだのだ。ハーミルの村で。コリションの森で。すでに二度、死んでいたのだ。

 司祭が言っていた“なぜ階位が”という言葉の意味もわかった。恩恵を受けてすぐの俺がすでに階位を上げていたことへの違和感だろう。

 それを知ったところで、いまさらだ。


「ぬうゥん!」


 振り下ろされた斧を、俺は首を振って躱す。不思議なほどに自然に、楽に身体が動いた。

 歯を剥いた処刑人の鼻先に頭を叩きつけ、鼻血を噴いて仰け反った男の目玉に指を突き入れる。


「ぎゃああああぁッ!」


 手を離した斧を奪い取った。刃は幅広く重く分厚く、そしてなまくらだった。

 そこには“楽に殺してなどやらない”という処刑人の意思が感じられて、俺は笑った。


「殺してやるって、言ったぞ」


 真っ直ぐに振り上げた斧は処刑人の顎を叩き割って、鼻から額までふたつに裂いた。伸び上がるように跳ね上がった男は、横座りに崩れ落ちると脳味噌を溢しながら痙攣して果てた。


「……恨むなら、領主様を恨め、か。……だったら、そうするさ」

「おのれぇッ!」


 衛兵が三人、腰の剣を抜きながら向かってくるのが見えた。

 踏み出した足が震える。血が足りないのか、目眩がしてよろめく。振り回そうとした斧は手からすっぽ抜けて、手前にいた衛兵の首を切り飛ばした。

 血飛沫を浴びて顔を背けた隣の衛兵に、俺は考えもないまま手を伸ばす。


 なぜかその手は、赤黒いほむらに覆われていた。


「あああああああぁ……ッ!」


 俺の手にあった赤黒い火炎は、衛兵のなかにスルリと入り込んで消えた。衛兵は震えながら白目を剥いたかと思うと、口からどす黒い血反吐を吐いて倒れる。

 ズキッと激しく胸が痛んだ。倒れそうになって俯くと、左胸から剣先が飛び出しているのが見えた。


「討ち取ったぁ!」

「なんゔぇッ」


 背を反らして前に歩き、突き刺された剣を抜く。振り返って、剣を構えた衛兵と向き合う。

 処刑人の斧は、どこかに転がってしまった。武器もない俺は、血塗れの手を衛兵に向けて伸ばす。


「あ、や……なんで、死なない……⁉︎」

「なんで、おれゔぁ、殺されなきゃ、いげなゔぃんだ」


 血塗れの手が額に触れると、衛兵の目と口と鼻と耳から、穴という穴から赤黒い炎が噴き出す。仰向けに倒れてビクンと仰け反った死体は、髪から煙を吹き上げブスブスとくすぶり始めた。


「ああ、くそッ」

「ひゃあああぁッ!」


 声のした方を見ると、子供がふたり座った姿勢のまま震えていた。彼らは涙と鼻水を垂らし、首を振りながら逃げようと足掻く。動けないのは、腰が抜けているようだ。失禁したらしく、股間から湯気を立てている。


「……お、おま、お、ま……」

「なに、言ってるか、わからん」


 目眩が収まり目の前が明るくなってきて、ようやくそれが村長の息子のメラと腰巾着のノーソだとわかった。


「……どうした、ノーソ」

「あえ?」

「俺が、死に損なったときには……もりで、目玉を射抜くんじゃなかったのか」

「あ、あ……あの」


 俺は落ちていた衛兵の剣を拾って、ノーソに放ってやる。村長の息子の威を借り村で暴れ放題だった腰巾着は、恐怖と絶望で恐慌状態にある。股の間に突き立った剣に、手を伸ばしかけては首を振るだけだ。

 俺は、身体が軽いのに気付いた。気分も明るくなっているのが不思議だった。


階位:6

 剛力:34

 器用:29

 堅牢:83

 敏捷:32

 聡明:23

 天啓:0

 冥界神の恩恵:“死を望む焔”


 やっぱり。また死んだんだろうな。そして、どんどん強くなっている。このまま何度も死んで何度も生き返っていけば、どんどん強くなるのかもしれないけれども。

 その先に、どんな人生があるというんだ。


「なあ、ノーソ」

「ひゃいッ⁉︎」

「俺は、死に損なってる。……きっと、生まれてから、いままでずっとだ」


 答えはない。俺は剣を引き抜いて、ノーソの首を刎ねた。

 泣き顔のまま転がった頭は、土の上を跳ねてメラの前に落ちる。


「あ、あ、あ、あ……」


 気が触れたのか意識が飛んだのか、粗い息で青褪めた顔のメラは、もう何も見えていないようだ。呆気ないものだな。こいつの首も刎ねてやろう。その前に、まずは陰茎ファルスからだったか。

 剣を振り上げた俺の肩に、矢が突き立てられた。振り返った頭にも刺さる。喉や腹や足や胸に、何本もの矢が刺さる。倒れた俺に駆け寄ってくるのは新手の衛兵らしかった。


「化け物が。魔導師、そいつを焼き払え!」

「は」


 見覚えのない男が、先に立って歩いてくる。立ち上がろうとした俺の腹を左右から手槍が貫いた。


「げッう!」

「アマルケアン様、お下がりください! こいつ、まだ息があります!」


 アマルケアン。領府と同じ名ということは、こいつが領主か。 

 領内の寂れた村で奴隷のような暮らしを送ってきた俺が、顔を知っているはずもない。


「ずでぃ、だふぇッ」


階位:11

 剛力:79

 器用:46

 堅牢:128

 敏捷:75

 聡明:40

 天啓:0

 冥界神の恩恵:“死を望む焔”


 俺は知らん間に、四回も死んでいたらしい。死んで生き返ってまた死んで、その後また生き返って死んだか。

 どうなってるんだ、俺の人生。


「おまゔぇぇッ!」


 血反吐と一緒に喉から矢を引き抜き、頭や腹や胸に刺さったやじりむしり取る。

 ひしゃげて不自由な足を踏み出し、俺は領主の前に歩み寄った。衛兵たちが突き放そうと向かってくるが、手に持った矢の残骸を目玉や喉に突き刺して黙らせる。


「おまぇが、はぁじめだ、ごどだろゔぁ!」

「なに?」


 馬鹿にした顔で笑うと、領主は腰に下げた細剣を振り抜く。

 視界がブレて、赤黒く滲んだ。ボタボタ垂れ落ちる生温かい粘液に触れる。自分は両目を裂かれたのだとわかった。


「汚らしい貧民のゴミが。このわたしに口を利ける立場だとでも思っているのか?」

「……お前が、何者だろうと知るか」

「抜かせ!」


 頭の奥でチリチリした金気臭いがした。右目だけ見えるようになって、映ったのは細剣が引き抜かれる光景だった。いま左目を脳味噌まで突き抜かれたのだろう。

 それでも俺が死なないことに、焦りと苛立ちを見せ始めている。


「あんまり殺すと、後悔するぞ?」


 再び振り上げられた剣先を、俺は指で挟んで止める。

 領主は全身の力で引き離そうとするが、膂力の差がありすぎてビクともしない。


「……な、なんだ、……こいつは……!」

「“奇跡の子”だ。お前が、名付けた」


 俺の手でぶわりと膨れ上がった黒い炎が、剣を伝って領主の頭を覆う。


「……い、息が、ぐッ」

「そうまで殺したいなら、なぜ、いままで生かしておいた。何がしたかったんだ、お前は」


 もう領主に言葉は通じていない。剣を手放し逃れようと歩き出したが、首を振ってもがくと脱力し頭から地面に叩き付けられた。


「どんなん理由だろうと、もう、どうでもいいけどな」


 俺は手を伸ばして、転がっていた細剣を拾う。偉そうな男が持っていた割りに、余計な細工も飾りもなく無骨な拵えの剣だった。尻を突き出した格好で死んでいる領主から革帯ごと鞘を奪う。

 周囲に身構えた魔導師や衛兵がいたものの、俺が目をやると強張った顔を痙攣ひきつらせるだけだ。


「俺は、もう用済みだろ。邪魔しなきゃ、殺さん」


 道を開けた衛兵たちの間を抜けて、俺は領主館前から立ち去る。

 村の人間たちが物陰から、遠巻きに見ているのはわかった。俺に見付かれば殺されるとでも思っているのだろう。目の前に現れたら、殺してやるつもりだった。


「忌子が、なんてことを……」


 よろめき出てきた男が、俺の前に立ち塞がる。まだどこか歪んでいる目で見ると、コリションの村長だった。いつの間に救い出したのか、息子のメラに肩を貸している。

 ノーソは死んで、メラは気が触れたか。村長はといえば、怒りと憎しみに我を忘れている。


「コリション村の発展は約束されたようなもの、だったか」


 細剣を振り下ろすと、村長の陰茎ファルスが赤黒い炎とともに燃え始めた。慌てて息子を突き離し、振り払おうと股間に伸ばした手にも赤黒い火炎が燃え広がる。


「あ、あああ、ああぁッ! やめろ! そんなゔぁッ⁉︎」


 火を消そうと転がった先で倒れたままの息子とぶつかり、ふたりは並んで跳ね回りながら燃え始めた。

 焼け焦げた死体が動かなくなった頃、メラの懐から金貨が転がり出た。なんの理由でどんな基準で出てくるものなのかも知らないが、これが宝物神の加護、“潤沢の革袋”なのだろう。

 そのとき俺は生まれて初めて、神の加護を感じた。


 死体から零れ落ちた金貨を拾って、俺は領府を出る。

 道を塞ぐ者はいない。近付く者さえない。誰もが俺を遠巻きに眺め、恐れおののいて物陰で息を潜めるだけだ。呪詛の言葉や憎しみに満ちた視線は感じるけれども。それに答える気はない。


 望むと望まざるとにかかわらず、俺は戦乱の時代で生き延びる力を得た。

 これが奇跡だっていうんなら、俺は奇跡の子なんだろう。

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