ほぼ魔王。〜読み切りサイズ3《特待生入学編》〜

ぎょっぴー

グレゴリウス、魔法学院に入学する。

我が名はグレゴリウス。

魔族だ。


訳あって我は、人間どもが作りあげた凶悪な組織『冒険者ギルド』を壊滅させるべく、近衛騎士団長として長年勤めた魔王城をあとにした。


いつの日か、魔族が笑って過ごせる世界がくることを願って……。





ここは魔王領に隣接する人間の国・リブルヘイム。


我は今、そのリブルヘイム東端にある辺境都市ドーラに来ていた。


「どうにも動きにくいな。人間の体というのは」


ぎこちなく感じる手足を動かしながら、我は一歩一歩、確かめるように歩いてみる。


人間の国に潜入するのに、魔族の体のままでは何かと都合が悪い。

そう考えた我は、人間の体に乗り移ることにしたのだが……。


よくよく考えてみると、バンパイアである我と人間の容姿には、大きな違いはないのだから、特に人間の体に乗り移る必要もなかったかもしれない。


それを少しばかり、後悔しているところだ。


目線の高さも、手足の長さも違う。

冒険者どもと戦闘になった時、やや不利ではあるが、まぁ、脆弱な人間どもを相手するには、ちょうどいいハンデだ。


そのうち慣れるであろう。



さて、冒険者ギルドを壊滅させると言ったが、具体的に何をどうするかは、今のところ思案中だ。


だが、むやみやたらに冒険者を襲撃したりはしない。


大きな騒ぎを起こすと、魔王城でおくつろぎ中の魔王様にご迷惑をお掛けするかもしれんからな。


我の目的はあくまで、世界中の冒険者ギルドをこの世から消し去ること。


余計な火種は、その足枷になるやも知れぬ。

今はまだ、なるべく目立たぬように動くのが、得策と言えよう。


とは言え、『皆殺し』以外に良い方法が思いつかないのが、悩みどころではあるのだが……。





我はまず、酒場に立ち寄ることにした。

酒場での情報収集は基本である。


ーーカランコロンカランーー


「へい、らっしゃ……」


我は酒場内の様子を観察しながら、やたら座面の高いカウンターの椅子に座る。


恥ずかしながら、酒にめっぽう弱い我は、葡萄ジュースを頼むことにした。


「マスター。葡萄ジュース一杯くれ」


昼間だというのに、この酒場はなかなかの客入りである。

商売繁盛、結構なことだ。

ここでしばらく冒険者ギルドの動向を探ってみるか。


「って、おい、ボウズ……」

「む?」

「ここはボウズのようなお子ちゃまが来るとこじゃねぇぞ」

「む、なぜだ?酒場とは言っても、葡萄ジュースは置いてあるのだろう。果汁100%のやつだ。表に書いてあったぞ?」


なんだこの店主は。


我を誰だと思っておるのか。


魔王軍の近衛騎士団長を長年務め、人間どもから『地獄のグレゴリウス』と恐れられたバンパイアロードだぞ?


その我を『ボウズ』扱いとは。

酒が飲めないからと言って、馬鹿にしてるのか?

マスターよ、貴様の生き血を頂いてもよいのだぞ?


………ん?


あ、しまった。


そう言えば、我が乗り移っているのは、人間の小童こわっぱの身体であったな。


はっはっは。

これではいくら我が『地獄のグレゴリウス』だと言えど、気付かぬのも無理はない。


仕方あるまい、マスターの無礼を許そう。


「そりゃまぁ書いてるけどよ……。金はあるのか?お前、どう見たって10歳にもなってないだろ」

「金ならあるぞ。葡萄ジュースはたしか、12ルシベルだったな」


我は腰に下げていた巾着袋から、硬貨を三枚取り出す。

このお金は辺境都市ドーラに来る途中、戦争跡地に立ち寄った際に、死体からくすねたものだ。



「……確かに。ったく、酒場で葡萄ジュースたぁ、最近のガキはマセてやがるぜ」

「いいからさっさと持ってこい。殺されたいのか?」

「おっとぉ……はいはい。怖いねぇ、最近のガキは。キレる若者ってやつか?」


店主は軽口を叩きながら、葡萄ジュースをグラスに注ぐ。


その間、我は周囲の会話に耳を澄ませてみた。

必要な情報というのは、おのずと耳に入ってくるものだ。



ーー「聞いたか?魔王領の話」

ーー「おお、聞いた聞いた。何でも『地獄のグレゴリウス』が国外追放になったらしいな」

ーー「ああ。バンパイアロードの『地獄のグレゴリウス』。次期魔王の筆頭候補で、なんでも今の魔王より強いって噂だぜ?」

ーー「今の魔王よりも強い…?!ってそんなヤツ、ほぼ魔王じゃねぇか……そんなバケモノを国外追放するなんて、人間界にとってはいい迷惑だぜ。まさか、この国に来てないよな?」


……ふん。

人間とは相変わらず、噂好きな種族だ。

我の国外追放が、こんな所にまで伝わっておるではないか。


まぁ、国外追放というのはただの名目なのだが。


実際は、魔王さまの管轄外である『はぐれ魔族』として、人間世界で好き勝手しても良いと、魔王さまから直々にお墨付きを頂いたようなものなのだからな。


「ほらよ。葡萄ジュースだ。……俺が言うのもなんだが、子どもがあんまり酒場で長居すんじゃねえぞ」


フルーティーな香りを漂わせたグラスが、我の目の前に置かれる。

ふむ。

なかなか良質な赤葡萄を使っているようだな。


喉が渇いていた我は、そのジュースを一気に飲み干すと、店の奥を指差しながらマスターに問う。


「ならば、あの者たちはどうなのだ?どう見ても我と同じ子どもだが、自分の家のようにくつろいでいるではないか」


我が指し示す先。

奥のテーブルには、4人の男たちがソファに座り、バカ騒ぎしながらカード遊びに興じている。


歳の頃、10〜15ほどであろうか。



「あー、あの子たちならドーラ魔法学院の子だろ」

「魔法学院?」

「そうだ……ん?お前、魔法学院を知らねえのか?」

「あぁ。我はこの街に来たばかりだからな」

「へー。お前の親は旅の商人か、それとも冒険者か?……まぁ、いいや。魔法学院ってのはな、優秀な魔法使いを育てるための、リブルヘイム国家プロジェクトとして作られた、いわばエリート魔法使い養成機関なんだよ。アイツらはそこの生徒たち、いわば将来の英雄候補生たちさ」

「ほぅ……」


我にはどう見ても、学業をほったらかしたアホづらの子どもが、酒場に入り浸っているようにしか見えないが。


「特別扱いって訳じゃないけど、アイツらが有名な冒険者か、あるいは宮廷魔術師団のお偉いさんにでもなれば、うちの店も名誉なことだろう?昔よく店に来てたんだぜ〜って自慢できるしな」


マスターは企んだような笑みを浮かべる。


ふん。

くだらん理由だ。


しかし、ドーラ魔法学院と言ったか……。


魔族に仇なす大量の冒険者を生み出すであろう、危険な組織である。


「ところでマスターよ。その魔法学院とは、この街のどこにあるのだ?」


「ん?ドーラ魔法学院なら、ドーラ北にある貴族街の中にあるぜ。でかい建物だがら一目見たら分かるはずだ。ってか、何でそんなことを聞くんだ?」


……人間どもの悪の巣窟『魔法学院』。

ここは一度、潜入調査をする必要があるな。





酒場のマスターに教えられた通りに、我は辺境都市ドーラの北部にある貴族街にやってきた。


その貴族街の真ん中に、一際大きな白造りの建物があった。


"ドーラ魔法学院"である。


魔法学院を見つけた我は、さっそく校門から敷地に入ろうとする。


「……っちょ、ちょちょ、とまれとまれ!」

「む?何だ貴様は。我はこの魔法学院に用があるのだ」

「え…?でもキミ、魔法学院の生徒じゃないよね?」


ほう、この門番の男。

元魔王軍近衛騎士団長であり、人間どもから『地獄のグレゴリウス』と恐れられた我の前に立ちはだかるとは、なかなかいい度胸をしている。


「ああ、違う。では入るぞ」

「ちょっ……ダメダメ!何で入ろうとするの!てか、何でこの流れで入れると思ったの!?」


するりと抜けた我の前に、慌ててまわり込む門番の男。


「……では、どうすれば入れるのだ?」

「うーん、どうすればって言われてもなぁ……何か、紹介状とか持ってる?」

「ない」

「じゃあ、学院に誰か友達とか、先生に知り合いとかいる?」

「おらぬ。では入るぞ」

「ダ、ダメに決まってるだろっ!ってか、何しに来たんだキミは!」

「見学だ。いかんのか?」

「…………」


いちいちうるさい門番だ。

なるべく騒ぎは起こしたくなかったが、ここは仕方あるまい。

この男には死んでもら……


「どうしましたか。門の前で騒々しい」

「あ、シャルコフ学院長……!」


む?

何やら白い法衣に身を包んだ男が、中から出て来たと思ったら、学院長だと?

この男が悪の巣窟『ドーラ魔法学院』のトップに君臨している男か……!


「あまり門前で騒がないように。ここは神聖なるドーラ魔法学院なのですよ。貴族街の方々に粗野な場面を見られてはいけません」

「は、はぁ、すみません。しかしコイツがですね、強引に学院の中に入ろうとしてまして……」

「はて、うちの生徒ではないようですが……どこぞの貴族の御子息ですかな?」

「うむ。我は貴族である。我はこの魔法学院を見学しにきたのだ」


嘘はついていない。

我は魔王領における魔貴族。

その筆頭公爵であるグレゴリウス卿なのだからな。


「ふむ、見学…ですか。」

「が、学院長。こんな得体の知れないヤツ、私が追い返しておきますので、学院長は中に……」

「いいでしょう。見学を許可します」

「……へ?」

「む?」





学院内に入った我は、広い闘技場のような場所に案内された。

そこでは4、50人ほどの学院生が、魔法の訓練をしている最中であった。

皆、訓練用の人形目掛け、順番に魔法を繰り出している。


ーー我が内に秘めたる灼熱の炎よ、業火となりて我が身に仇なす敵を焼き尽くせ!ファイア!ーー

ーーこの地に住まう精霊達よ。大気を研ぎ澄まし、刃となりて敵を切り裂け。ウインドカッター!ーー


「どうです。驚きましたか。歳の頃はあなたと同じぐらいでしょうか。10歳にも満たない初等部の学院生たちが複雑な詠唱をこなし、初球魔法を完璧に操っているでしょう。ふふふ」


シャルコフと呼ばれたドーラ魔法学院の学院長は、満足げな表情で訓練の様子を眺めている。


「あ、あぁ……確かに、驚いた。これは一体、何なのだ……?」



やたらと長い詠唱。

放たれた魔法の貧弱さ。

そしてたったの一撃で魔力が枯渇したのか、爽やかそうに汗を拭う、初等部の生徒たち。


我は一体、何の児戯を見せられておるのだ……?


よもや国家プロジェクトと呼ばれる魔法学院で、このような児戯を恥ずかしげもなく見せられるとは……。


我が彼らぐらいの歳の頃には、すでに上級魔法をいくつか無詠唱、それも両手でダブルキャストしていたのだ。


所詮、人間どもの魔法などこの程度……。


…………いや……。


いやいやいや。


そんなはずはない。


さては罠だな。

これは人間どもが仕組んだ、巧妙な罠。


そもそも狡猾な人間どもが、魔族である我にわざわざ手の内をさらけ出す訳があるまい。


危うく引っ掛かる所であった……!


という事はつまり、この学院長は我が魔族だと気付いている。

そう考えてよさそうだな。





シャルコフは見学に招き入れた少年の顔をチラリと見て、ほくそ笑む。


(ふふふ。どこの貴族の御子息かは分かりませんが、さぞかし、驚いたでしょうね……さて、もう一押し。家に帰ったあと、ドーラ魔法学院の素晴らしさを、貴族の方々に存分に伝えてもらいましょう…!)


「さてさて、もう少し間近で、学院生たちの訓練の様子をご覧になりますか?」

「む?近くでか……?う、うむ。まぁ、行ってみよう」

「ふふふ、怖がらなくても大丈夫です。生徒たちには魔法のコントロールを徹底させております。間違っても、標的以外の方向へ飛ぶことはありませんよ」


シャルコフはそう言うと、少年から視線を外してため息をついた。


(ふぅ……。国からの運営費だけでは、魔法学院を大きくすることは不可能ですからね。私の権力の広げるためとは言え、出資者やスポンサーを募るのもなかなか大変ですよ、ふふふ)





ふん。

見えすいた罠だ。


我が訓練所に入った所で、皆が隠していた実力で、我を袋叩きにするつもりだろう。


「ところで貴族の御子息の方。差し支えなければ、お名前をお伺いしてもよろしいですかな?」


「うむ。我が名はグレゴリウ……ゲフンゲフン。わ、我が名はグ、グレゴリーである」


ほほう、我に揺さぶりをかけてきたか。

そんな誘いに引っ掛かると思うたか、学院長よ。


「グレゴリー様、ですか。ふぅむ……聞いたことあるような、ないような……いや、ゴホン。グレゴリー様は随分と魔法に興味がお有りのようですね。わざわざ見学にまでいらして」


「我か?……うむ。嗜む程度ではあるが、我も魔法を使えるのでな」


まさか、敵情視察とは言えまい。

ここは適当に誤魔化しておこう。


「え?そんな……魔法学院の生徒以外で、その歳で魔法が使える子どもがいるはず……あ、いえ失礼」



我はどちらかと言えば、剣術のほうが得意である。


なにせ魔法は、高度な知識が必要になればなるほど、魔術書の内容が複雑になってくるからな。

あの難解な魔術書を読むと、我はいつも5分で眠ってしまうのだ。


「しかし、それは大変素晴らしいですね。ぜひ一度、魔法を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」

「む?」




「はぁい、初等部の皆さんおはようございます」


ーーおはようございます!シュワルコフ学院長先生!ーー


「ふふふ。朝から皆さん元気ですね。先ほど、上から皆さんの訓練を見ていました。入学当初よりも随分と魔法が上手くなりましたね!」


ーーありがとうございます!シュワルコフ学院長先生!ーー


「先生、これからお客様とお話がありますので、皆さんこの時間は自習とします。詠唱の復習をしたり、魔術書を読んだりして各々、魔法の修練に励んでください」


ーーはい!シュワルコフ学院長先生!ーー



「さて、お待たせしました。まずは魔力の『体内練成』から拝見いたしましょうか」

「む?『体内練成』だと?」

「そうです。魔法を放つ前、詠唱を開始する前の段階で、己の体の中で魔力を高る『体内練成』です」

「む?なぜそんな事をする必要がある?」





(…うーん、魔力の『体内練成』を知らないとは。やはり、グレゴリー様は本当は魔法が使えないのでしょうね……。自分と同じぐらいの歳が、あれほど上手に魔法を放っているのを目の当たりにして、つい見栄を張ってしまった、そんな所でしょう)


やれやれと言った表情で、シュワルコフは肩を落とす。

そのシュワルコフに、興味深そうにこちらを見ていた生徒たちの声が耳に入った。


ーーおいおい、アイツ、『体内練成』も知らないでこの魔法学院にいるぜーー

ーーぷっ、『体内練成』なんて魔法の初歩だろ。何しに来たんだよアイツーー

ーーどっかの貴族のおぼっちゃまらしいぜ。エリート魔法使いの卵の俺たちの邪魔をして、いい気なもんだぜーー


あまり貴族の御子息に聞かれてはいい内容ではない。

そう考えたシュワルコフが、グレゴリウスの背中をそっと押す。


「で、ではグレゴリー様。今日はこの辺で見学を切り上げましょうか」


「む?なぜだ?あの訓練人形を魔法で倒せばいいだけであろう?」





何かよく分からないが、このまま見学を切り上げられてしまっては、敵情視察に来た意味がない。

今のところ、人間どもが我に攻撃を仕掛けてくる素振りはないし……。


よし。


とりあえず、魔法が使える所を見せればいいのだろう。

あまり得意ではないがな……。


究極魔法である獄炎ヘルフレイムあたりがよいだろうか。


いや、獄炎ヘルフレイムは魔族だけが使える闇属性魔法である。

さすがに露骨に挑発しているようで、人間どもも我を攻撃せざるを得なくなるだろう。


では究極魔法・雷帝らいていあたりがよいだろうか。


それとも古代終末魔法・天怒羅テンドーラぐらいならば、あるいはシュワルコフ学院長も我の見学を認めざるを得ないであろう。


「ところで学院長よ。この訓練所は対魔法結界を張り巡らせておるのか?」


「対魔法結界ですか……?それはもう、リブルヘイムが誇る宮廷魔術師団の皆様が、直々に施してくださっております。この訓練所は中からも外からも、一切魔法は通しません」


「なるほど……。ではひょっとすると、我の天怒羅テンドーラは訓練人形に当たらんかもな」

「……?」


古代終末魔法・天怒羅テンドーラ雷帝らいていの上位互換とも言える魔法である。

雷帝らいていは上空からの巨大な電撃であるが、天怒羅テンドーラの場合はさらにその上。

宇宙と呼ばれる区域からの魔力を集めて地上に落とす、かつての古代終末戦争で使われた魔法である。


つまり天怒羅テンドーラは我の体から放たれる魔法ではなく、この魔法学院のはるか上空から、この場所に振り落とされる、『天の怒りの鉄槌』なのだ。


もしかすると、弾かれるかもしれん。

なにせ、訓練所にかけられた結界は、この国の宮廷魔術師団の対魔法結界なのだからな。


ーーぷくくく……アイツ、話を逸らして時間稼ぎしてるぜーー

ーーひょっとして、入学試験に落ちたヤツかな?よっぽど入りたかったんだろうな、この魔法学院にーー



「さ、そろそろ行きますよ、グレゴリー様」

「あぁ。待たせたな」


対魔法結界に意識が妨害されるためか、宇宙パワーを探り集めるのには時間がかかる。


ふむ……そろそろこんなものか。


我は両手をかざし、はるか上空の宇宙パワーにアクセスする。


すると、朝空が急に暗くなり、訓練所の窓ガラスがカタカタと震え出した。


「な……!」


この瞬間の我は、無防備。


学院長が凝視しておるな。


もし我を攻撃してこようものなら、天怒羅テンドーラをその頭上に落としてやる。



「なんですか、この気配は……?!」

「では、ゆくぞ」



ーー古代終末魔法・天怒羅テンドーラ!!ーー





その瞬間、まばゆい稲妻の閃光とは真逆の、漆黒の闇が訓練所を支配する。



耳を引き裂かんばかりの轟音。

大地を激しく震わせる衝撃。


それは一瞬の出来事であった。

だが、彼らは見たのだ。


訓練所の屋根を突き破り、突如現れた黒龍を。


光の速さで暴れまわる黒龍。


そしてその龍は、瞬く間に黒き巨大な怒槌いかづちとなり、訓練所の人形を目掛けて直撃したのである。


ーーぐぅっ!?ーー

ーーっつっ!!ーー


学院長含む、その場にいた魔法学院の者たち全員が、衝撃波に当てられて壁にぶち当たる。


ほとんどの者が、何が起こったのか、先ほどの事象が魔法であった事すら理解できてないだろう。



それからたっぷり30秒。


声の出し方を忘れてしまったかのように、シンと静まり返る訓練所内。


その内、生徒の一人が悲鳴にも似た第一声を上げる。


「が、ががが、学院長!!天井がぁ……訓練所の屋根が……!!!」


その震える指の先には、青い空広がっている。

先ほどの暗闇など、嘘のような晴天だ。


いや、訓練所内から晴天が見えること自体、おかしな出来事である。


訓練所の天井は、天怒羅テンドーラによって大きな穴が穿うがたれていた。





「宮廷魔術師10人が半月かけて施した、対魔法結界が……」


学院長が目を見開いて、膝を地についている。


ふん。

膝を地につきたいのは我のほうだ。


灰になってくすぶる訓練人形の残骸をしばし見つめ、我は嘆息した。


たかだか、こんな訓練人形ごとき消せぬとは……。

100年前、我の全盛期であれば、大地にも大穴を開けるほどの威力だったのだが。


ふうむ。

どうにも人間の子どもの体では、上手く魔力が操れぬ……。


「す、素晴らしい……素晴らしいです!!グレゴリー様!!」


「む……?」


「グレゴリー様!どうか、どうか我がドーラ魔法学院の特待生としてご入学頂けませんかぁぁ?!!」


「むむ……」


……と、とりあえず、悪の巣窟『ドーラ魔法学院』に潜入成功、である。

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ほぼ魔王。〜読み切りサイズ3《特待生入学編》〜 ぎょっぴー @gyoppy

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