第30話 鬼燈と九曜

「復讐……?」

「まあそんなとこ。とりあえず、九曜の関係者は皆殺し。私がされたことよりももっともっと酷いことしてやるの」

「なに、されたって言うの……?」


 事情を知らない由羅が、私へとそっと尋ねてくる。


 もちろん私だって、詳しく知っているわけじゃない。

 鬼燈が滅んだという時期には、そもそもまだ九曜の組織体系には属していなかったのだ。


 ただ最遠寺の直系という立場上、そういう噂が耳に入ってきた程度なのだから。


「……わたくしも噂程度にしか知りませんが、鬼燈というのは西日本における、最大の異端の名家だったはずです」

「そんなのあったの……?」


 ちょっと驚いたように、由羅が小首を傾げる。


「ええ。これまでの時の権力者が利用してきたものは、何も退魔の組織だけではありませんから。異端そのものを利用したこともあるわけです。その名残といいますか、そうやって組織化した異端というものも、現代に残っています」

「でも、異端って人間の敵……じゃないの?」

「西洋では一神教の影響で、そういう雰囲気が大勢でしたけれどね。この国は多神教――現代に至っては無神論者がほとんどですわ。ともあれ他の存在に寛容だった点はあったはずです」


 敵に味方するものへの敵対者ならば、その敵対者が例え異端であっても味方に引き込んだことはあったはずだ。


「鬼燈はそんな異端の一つで、九曜も現代においては手出しすることなく距離を置いて、互いに不干渉だったはずなのですが……」

「不干渉?」


 話を耳にしていた聖が、どこか不愉快そうに鼻をならす。


「違うんですの?」

「ふん、お気楽なことね。建前は共存。現実には一方的な使役」


 ああ、と思った。

 私も噂を鵜呑みにしていたわけじゃない。

 九曜が宿敵ともいえる異端の一族と、手を取り合って仲良くするはずもないのだ。


 実際には、現状を維持するためにどちらかがどちらかにかしずいたとみるのが一番現実的だろう。

 そしてそれは、得てして立場の弱い方がそうせざるを得なかったに違いない。


「鬼燈は九曜のために、色々してきたわ。公にはできないような、裏方の、ね」

「汚い仕事――ということですか」

「侮辱よ、それ。でもあなたの理解は間違ってないわ。概ね最遠寺さんの予想通り。――で、抹殺された。用済みというよりは、警戒されたと言った方が適当かしら」

「…………」


 悲劇があったのだろう。

 きっと、彼女にとっての。


 でも、そうすると……。

 ふと浮かんだ疑問はとりあえず置いておいて、私は頷いた。


「事実無根だとは思いません。恐らく事実でしょう」


 そうつぶやいた私へと、由羅が少し困ったように見返してくる。


「で、でも、だからって……!」

「ええ、その通りですわ」


 聖の境遇が真実だったとしても、だからといって受け入れるわけにはいかない。


「わたくしたちは九曜の関係者です。あなたの動機が何であれ、見過ごすわけにはいきませんわ。ですから鬼燈聖――あなたを拘束します」


 彼女をどうすべきかは、九曜の直系である茜が判断すべきことだ。由羅個人にも思うところはあるだろうが、ここはやはり茜に任せるべきだと思う。


 でもその前に、彼女の身柄を拘束しなければならない。

 見逃すなど論外だ。

 もっとも――


「拘束?」


 聖がせせら笑う。


「何の冗談、それ? 言ったよね……私の目的。九曜の者はみんな死ぬの。殺すの。最遠寺さん、手始めはあなたよ。見せしめに八つ裂きにしてあげる。バラバラよ、バラバラ」


 ぞっとするような殺意で、宣言された。

 ……本物だ。

 九曜に対する彼女の殺意は。


「そんなことさせるわけないじゃない……!」


 殺意の視線から私を庇うように、由羅が一歩前に出た。


「桐生由羅、か。偽名でしょ、どうせ。千年ドラゴンさん?」

「違う! 私はあなたと違って嘘の名前なんか名乗らない! 由羅っていうのは、真斗がつけてくれたちゃんとした私の名前なんだから!」

「……どうでもいいわよ、そんなこと。異端でありながら、人間と仲良ししちゃってるやつなんか、興味無いわ。むしろ裏切り者ってことで、最初に殺してやってもいいくらいだけど……あなたは貴重な生贄だものね。世界の礎として、血を流してもらわなくちゃいけないし」

「誰が……っ!」

「やる気? そんな身体で?」


 聖は笑みを浮かべ、軽く両手を掲げてみせた。


「言っておくけど、私は強いよ? 少なくともこの世界においては誰にも負けないわ」

「なら……!」


 あ……!

 私が制止する間も無く、由羅は地を蹴る。


 自らの血が舞い、それが地面に落ちるまでの刹那に、由羅は聖へと肉薄していた。

 とんでもない瞬発力だ。とてもじゃないけど、私なんかじゃ反応すらできない。

 これまで見たことがないくらい、由羅は本気だった。


「!」


 その証拠に、聖すらも反応が遅れた。

 一直線に殴りかかった由羅の拳に合わせるように、咄嗟に左腕でガードの姿勢を取ったまではさすがと言うべきだったかもしれない。


 でも、由羅の手加減無しの怪力の前では無意味だった。

 骨が砕ける生々しい音と共に、あっさりと聖の左腕をへし折った由羅の拳が、狙い違わずに顔面へと入った。

 たったそれだけで、紙屑のように聖が吹っ飛ぶ。


「ゆ、由羅……!?」


 あまりの一撃に、私は慌ててしまう。

 あれじゃあ首の骨も折れて……。


「っく……あ、えほっ……」


 私の言葉なんかに構わず、由羅は追撃しようとしたみたいだったけど、できなかった。

 口から血を吐いて、また膝をついてしまう。

 傷口が、また……!


「由羅……!」

「だめ! まだ――」


 由羅が声を上げた瞬間、起き上がった聖が躍り出て、由羅の真正面へと接近する。


「く……!」

「今のは――痛かったわ」


 冷たく告げて、右手を振るう。

 放たれたのは炎――蒼い、鬼火。


「っな!?」


 息を呑んだ。

 聖は由羅の間合いに入りながら、あの鬼火を私に向かって投げつけたのだから。


 しまったと思ったけど遅い。

 私は膨れ上がった鬼火に囲まれて――


「要!?」


 由羅が叫び、迷わずにこちらへと駆け出した。

 聖に背を向けることを承知で。


「お馬鹿ね」


 聖は隙だらけになった由羅の背に向かって、その場に突き刺さったままになっていた大鎌の刃を振りかざし、突き刺す。


「…………っ!!」

 切っ先が胸から飛び出るほどに深く突き刺されながらも、由羅は構わず振り解き、炎に包まれかかった私へと抱きついた。


「このぉっ!!」

「ゆ――あああっ!」


 私に纏わりついた炎さえを身に受けて、由羅は先ほどのように光を溢れさす。

 それで、鬼火だったものは霧散した。

 でも……!


「由羅!? そんな、どうして……!?」


 彼女が、庇ってくれた。

 でも、そのせいで……!


「本当に、馬鹿ね?」


 がっくりと力の抜けた由羅の背の向こうに、再び大鎌を振りかざした聖が目に入った。


 ふざけ……るな!

 私はこれまでやったことがないくらいに高速で咒を発動させると、逆に由羅を抱きかかえて横へと跳ぶ。


 それで、何とか一撃は凌げた。

 さらに距離を稼ぐために、数回、数メートルごとに後ろへと跳んで、間合いを取った。


「……へえ?」


 私の動きを見て、少し感心したように聖は足を止めた。


「思ったより俊敏なのね。力もあるようだし。逃げ足だけは得意?」

「…………」


 答えず、私は小さく息を整える。


「か、要……?」

「いいから、じっとしていて下さいな」


 がんがんと響く頭痛を隠すように、私はそっと由羅に笑顔を見せる。

 それにしても……やっぱりキツいな……。


 肉体強化の咒法というものがある。

 咒によって、一時的に身体の体力や筋力、持久力といった機能の向上させるドーピングみたいなものだ。


 その効力は個人の能力によって左右されるので、咒法士によってかなり差はあるものの、すくなくともこれを利用すれば、常人ではまず不可能な行動が取れるようになる。


 ただし、この咒はかなり高等な部類に入るもので、いわゆる一級咒法士の最低技能とも言われている。

 だから二級資格しかない真斗や東堂さんはできないって言っていた。


 つまり、一級と二級の間には、歴然とした身体能力の差があるのだ。

 もちろん、それだけが全ての強さの基準になるわけじゃないけど。


 茜なんかは凄くて、低次の肉体強化の咒法を恒常的にかけており、状況に応じて更に二段階ほど高次の強化咒法を重ねがけするとか何とか。


 だから、それができる茜はとてつもなく優れた咒法士なのだ。

 最遠寺の本家にだって、そこまでの使い手はそうはいない。

 さすが九曜の直系だっていうだけはある。


 とにかくそれだけ難しい咒法を、茜は私に無理に覚えさせた。

 無茶は承知と言いながら、できないって口を滑らすと怒り出すんだから。

 はっきり言って、ひどい。


 でも彼女の血も涙もないスパルタ修行のおかげもあって、私はかなり高等な強化咒法を扱えるようになっていた。

 そうでなくては、いくら女で軽いといっても由羅一人を抱きかかえて、数メートルを飛び跳ねたりできるものじゃない。


 もっともかなりの無理をしているせいか、頭痛を初めとする痛みを伴う副作用が付きまとってしまうが。


「……ありがとう、由羅。今は傷を」


 大鎌に一撃された傷は見るも無残だったけど、徐々に出血も収まってきているのは間違い無かった。

 でたらめな身体能力に、今はほっとなる。


「でも、要……?」

「今はわたくしが引き付けますわ。傷を治して、それから加勢を」

「う、うん……」


 由羅が頷いたのを確認して、私は隠し持っていた短剣を鞘から引き抜いた。

 以前、茜からもらったものだ。


「あなたが相手?」

「相手も何も、わたくしを殺したいのでしょう?」

「ふん。でもあなたごとき、私が相手をするまでもないわ」


 彼女が指を鳴らす。

 それに反応するように、今まで無言で立ち尽くしていた生徒もどきたちが、私と聖の間へと不揃いに並んだ。


「見世物にしてあげる。――さぁみんな、好きなだけ犯して、それから引き裂きなさい」

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