第24話 昼休みの推理
そう聞けば。
彼は小さく二、三回頷いてみせた。
どこか感心するように。
「さすがに、九曜の直系の下についているだけのことはあるよ。洞察は優れてる」
「それは、肯定ということですわね?」
「まあ、ね」
やはり。
「その誰かというのは、わたくしも知っている相手ですか?」
「ああ」
無造作に返ってきた答えに、さすがにちょっと驚く。
知っている相手。
真っ先に浮かんだのはクラスメイトの顔だが、心当たりなど微塵も無い。
さらに聞こうとしたところで、それよりも早く、紫堂くんが口を開いた。
「この学校には一人、いるんだ。異端の血を引いている存在が」
「え……?」
「もっとも西洋の有名な異端の血筋ではなくて、この国古来よりの、そういう血筋らしいけどね」
かつて西洋で異端といえば、一般的に魔王の血縁者のことを指すが、これはもうほとんど死に絶えて残っていないと言われている。
そんな存在が、島国だった日本においそれといるわけもない。
「鬼――ですの? もしかすると」
「珍しいだろう?」
日本独自の異端種といえば、
「あっさり断言しますのね」
「九曜みたいな連中は、現存する異端の末裔に関して、それなりに把握しているものだからね。だから素性は大体割れてるものなんだよ」
なるほど。
「異端種といってもそういう血筋の人間というだけで、何か社会に害を為すわけじゃないし、現代では放っておかれるのが普通なんだ。むしろ危険なのは、異端に傾倒しているまっとうな人間の方かな」
「確かに」
その通りだった。
これまで興信所で扱った事件は、その大半が普通の人間が起こす場合が多い。
普通、といっても、その実は私たちのような咒法士といった、そういった類の人間の方が近かったりする。
退魔を生業とする咒法士自体が、異端に転向することすら珍しくはないのだから。
そういった意味では、本物の異端種というのは確かに珍しい。
「それで、紫堂くんはそのひとを疑っている――というわけですのね?」
「他に疑えるような対象もいないし、とりあえずはって感じでかな。もっとも本人に変わった様子はないし、首謀者と目すにはあまりにも証拠が無さ過ぎる」
「それでも疑っている、と?」
「勘なんだ。ただのね」
だからその異端者の名は明かせないと、紫堂くんは言った。
知りたいのは山々ではあったが、もし無関係ならば、むしろ知らない方がいいというのは分かる。
九曜や最遠寺といった者たちは、異端という存在に対して、反応が過敏すぎるきらいがある。
私自身、ここに来るまではそうだったように。
もっとも、彼自身が私たちのことを完全に信用していないから――とも、取れはするのだけど。
まあ、それは仕方ないか。
由羅のこともある以上は。
「では首謀者がいるとして、話を進めましょう」
可能性としては微妙ではあるが、それでも一応方向性を決めないことには、こちらの今後の指針も決められない。
「ああ」
紫堂くんもそれでいいと、頷く。
「原因が人為的なものである以上、目的があるということになりますわ」
目的が分かれば動機も推察でき、犯人像も掴みやすくなる。
「目的、か」
「ええ。現状、目に見える範囲での被害……というか、変化を見る限りで、何か気づいたことなどはありませんか?」
「話を蒸し返すようで悪いが、君らがやってきて幽霊が増えた、だな」
少し苦笑して、紫堂くんはそんな風に言う。
「……まあ、そうですわね」
こっちも苦笑いしたものの、真面目に答えることにした。
「だとすれば目的は私たち――それも由羅、ということになりそうですが」
由羅は見る者が見れば、明らかに普通の人間でないと分かってしまう存在だ。
紫堂くんの言う、この学校にいる異端種が彼女を見て、何も思わないはずがない。
問題は、何を思ったか、だ。
「好意的には解釈していないのかもしれない」
紫堂くんの言葉に、私は頷く。
最初の夜に、やられたのは由羅だった。
あれが何かの手違いだったとすれば、昨夜も同じように襲われるわけがない。
「異端でありながら、異端を嫌っている……とか?」
「あり得ないことではないとは思うけど……」
「何か、ひっかかることでも?」
「経歴から考えると、ちょっとね」
経歴というのは、つまりその学校にいるという異端種のことだろう。
「どちらにせよ、この二日で君らは派手に動いているからな。今夜も何かあると思って間違いない」
「今夜も、ですか」
正直なところ、昨夜のように校内を見回るべきか、判断しかねていた。
昨夜の焼き直しになる可能性が、かなり高かったからだ。
由羅の傷が開き、また多数の幽霊に囲まれるようなことになったら……。
「……紫堂くんは、今回のことを早急にでも解決すべきことだと考えていますか?」
「またどうして?」
尋ね返されて、私は少し言葉を選んでから答えた。
「今夜は一度、由羅を連れて帰ろうと思っています。昼間は何ともないように見えますが、実際には彼女の傷は治っていませんわ。いったいどういう傷なのか、詳しく診る必要があると思うので」
由羅は嫌がるかもしれないが、断固そうするつもりだった。
はっきり言って、あの傷は異常だ。
茜か、もしくはエクセリアあたりに診てもらえば、原因も分かるかもしれない。
「なるほど。引き際は心得ている、か」
紫堂くんは頷いた。
「いや、問題は無いと思う。むしろ彼女がいるといないとでの比較ができて、それはそれでいいかもしれない。夜中に出歩きさえしなければ被害も無いだろうし、実際に被害も出てないからな。急ぐ必要はないよ」
「……ですわね」
後は彼女を説得するだけ、か。
そういえば由羅、もう目は覚めたのかな。
昼休みの時間が残っているうちに、様子を見に行った方がいいかも……。
お弁当を食べ終えて、箸を置く。
悔しいけれど、悪くない味だった。
「あの、紫堂くん」
「ん?」
「一つだけ」
言うべきかちょっと悩んではいたが、やはりここは確認しておくべきだろう。
「紫堂くんが首謀者と目している人物について、その正体を明かしたくない理由は理解できますし、今はまだ敢えて聞こうとは思いませんが」
「うん、それで?」
「それでも一つだけ、確認を」
今回のことを話し合う上で、この時間には話題に上らなかった人物。
彼がわざと出さなかったのかどうかは判断できなかったが。
「襟宮先輩のこと――じゃありませんわよね?」
由羅を刺した張本人を、もちろん私は忘れてはいない。
「もしそうだとしたら、今すぐに情報を提供していただきますわ」
彼女は由羅を刺している。
その先輩が異端種であると紫堂くんが予め知っていたとすれば、これは黙っているわけにはいかない事実だ。
少し強めに詰問口調で聞けば、返答はすぐにあった。
「勘繰られるとは思っていたよ」
「当然ですわね」
紫堂くんは、私も知っている相手だと言った。
彼がその異端種に対し、どんな形で接しているのかは分からない。
でもお互いの共通の知り合いで関係が深そうな相手といえば、もう襟宮先輩しかいなかった。
「でもご想像の通り、違うよ」
……やっぱり。
「まあ、そうでしょうね」
私は頷く。
あまりに疑いが深すぎて、逆に違うとは思っていたのだ。
私が本当の意味で確認したかったのは、彼女が異端種であるかどうかじゃない。
「では、彼女もあなたと同じ、九曜の咒法士ですか?」
これである。
「確認したいことは一つだけ、じゃなかったかい?」
わざとそんなことを言う紫堂くんへと、私は軽く肩をすくめてみせた。
「さっきのはただの前振りですわ。ただのついでです」
「ま、そうだな」
紫堂くんは一つ頷くと、首を横に振って否定の意を示す。
「鏡佳は咒法は扱えないし、とりたてて何かの技能を持っているわけじゃない。確かに襟宮の家も九曜の血筋だが、華賀根の家なんかとは違って、あくまで九曜の表の顔ってとこなんだ」
「表の顔、ですか」
「そう。君も最遠寺の人間ならわかるだろう? ああいう組織体系には、それなりの資金源が必要になる。華賀根なんかはいくつかの企業を抱えていて、九曜の中では随一の経済力を誇ってる。ついでに血筋も確かだから、有能な咒法士を輩出してもいるけどね」
なるほど。
つまり襟宮家は九曜の資金源の一つではあるが、咒法士の供給源にはなっていないということか。
「襟宮はまあ……割と平凡かな。いくつか学園を経営している程度だし」
「そうですか。わかりましたわ」
頷きながら、今回は外れたな、と内心で舌を出した。
私は襟宮先輩も紫堂くんと同じ、咒法士である可能性を考えていたわけで、あの夜に彼女がいたのも偶然ではないと思っていたのだ。
紫堂くんがこの学校の幽霊騒ぎについて、解決に対してそこまで積極的でないことは、さっきの彼の言葉からも分かる。
何が何でも解決したいと思っていないことは、間違いない。
話によれば、彼は九曜との縁が薄いという話だし、自分の実力を踏まえて慎重な対応をしている、という可能性は、紫堂くんの性格からしてあり得るだろう。
ところがあの襟宮先輩にしてみると、そんな彼の態度が悠長に見えて、気に入らなかった。
あのひとって、けっこうな性格しているし。
で、今回、業を煮やした先輩が、職権濫用して私たちを巻き込んだ、って感じの裏事情を想像してたんだけどなあ……。
「でも彼女、俺がそういう類の人間だってことは、もちろん知ってるよ」
「え? そうなんですの?」
「一応、家主だし」
となると、私の想像もあながち間違っていないかも。
あの夜先輩は、幽霊調査をしている私たちのことが気になって、校内に出てきたのかもしれない。
そこを第三者に利用された――そういう可能性もある。
もしそうであれば、首謀者がいる可能性は、ぐっと高くなるんだけど。
「桐生さんのことは、悪かったと思ってる」
「え? あ」
どうやら考えていることが顔に出てしまったらしく、紫堂くんがそんなことを言ってきた。
「彼女の仕業だとは未だに信じられないが、状況証拠からして間違いない。あいつはまあ……あんな性格で、掴み切れないやつだし。時間などおかまいなしにフラフラと出歩いたりもするし、正直疑った方が早い……のかもな」
「はあ」
私は間抜けな相槌を打ちつつ、何て答えたものかと困ってしまう。
襟宮先輩……ね。
わかんないひとだな、本当に。
「鏡佳にはまた直接質しておく。俺でもわからないことの方が多いやつだし、意外に口も堅いからな。今のところ覚えてないの一点張りなんだが」
「……申し訳ありません。疑わせるような真似をさせて」
「いいよ。この際仕方ないさ」
紫堂くんがそう言ったところで予鈴がなった。
昼休みもあと五分。……時間が経つのなんて、本当に早い。
これじゃあ由羅のところに行っている暇は無いか。
「ところで――」
「はい?」
空になった弁当箱をしまいながら、紫堂くんが今更のように問いかけてくる。
「味はどうだった?」
「…………」
お弁当の感想を要求されているらしい。
「……今度、お返ししますわ」
素直に良かった、と答えるのも悔しくて。
「そうかい。じゃあ遠慮なく」
私の心中を察してかどうかは分からないものの、紫堂くんはあっさり頷いた。
負けないんだから。
そんな彼の態度を挑発だと拡大解釈した私は、心に強く誓ったのである。
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