第23話 それぞれの正体


     /要


「お疲れみたいだな」


 昼休みになって。

 ぼ~っとしていた私に声をかけてきたのは、クラスメイトではなく紫堂くんだった。


「少し、眠いだけですわ」


 正直なところ、疲れと睡魔とがごちゃ混ぜになって、何がなんだか自分でもよく分からない感じだったものの、それでも無気力にはなっていなかった。


「お話、でしたわね。色々伺いたいこともありますので」

「話が早すぎるな」


 紫堂くんは苦笑すると、手にしていたものを取り出してみせる。


「……お弁当、ですか?」

「一応俺の手製でね。食べるかい?」

「はあ」


 こちらが曖昧に頷くと、じゃあ行こう、と廊下を指した。


「どこへ?」

「そうだな。あまり他人に聞かれたくない話だし……生徒会室あたりがいいんじゃないかな。どうせ昼間は誰もいないから」

「……わかりましたわ」


 私は頷いて。

 紫堂くんの後についていくことになった。


     ◇


 生徒会室に入って。


「これ、紫堂くんが作ったんですの?」


 長机の上に広げられた弁当の中身を見て、私は思わず聞いてしまった。

「ああ」

「ふう……ん……」


 我ながらずいぶんと曖昧に頷いて、その中身をまじまじと見返してしまう。


 ……むう。

 第一印象は、負けた、だった。


 私もけっこう腕に覚えはあるつもりだったけど、これはもう完敗である。

 男だからとか言うつもりはないものの、それでも男の紫堂くんにこんなのを作られてしまうと、かなり悔しい。

 ざっと見ただけでも、茜並みにできるのは間違いないし。


「ありあわせだけどね。いきなり会長に弁当を作れって言われてさ。せっかくだから多めに作ったんだ」

「会長って、襟宮先輩に?」

「人使いの荒いひとだよ」


 それで作っちゃう紫堂くんも紫堂くんだ。


「まあ、それはともかくとして」


 紫堂くんからもらった割り箸を割りながら、本題へと入ることにする。


「まず初めに紫堂くん、あなたのことを教えてもらえますか?」


 これはもう、一番に確認したいことでもあった。


「俺の素性ならどうってことないよ。簡単に言うと、九曜の分家だな」

「九曜の……?」

「そうらしいな。ちなみに襟宮もそう。襟宮は黄利おうり家の末裔で……黄利っていうのは、九曜八家の一つだけど、ずいぶん前に血筋は途絶えてもう存続してないけどね」

「はあ」


 つまり紫堂くんは、九曜の咒法士ということだ。

 真斗なんかと同じで。


 私は最遠寺の人間だから、九曜のことはさほど詳しくない。

 それでもあの家が、ずいぶん古くて大きいことは知っている。

 それにうちだって、似たようなものだ。


「では咒法士としてあなたはここにいる、ということですの?」

「いや、そういうわけじゃないんだ」


 弁当箱に箸を入れながら、紫堂くんは首を横に振る。


「前言ったように、俺がこの学校にいるのは襟宮のコネで、どっちかっていうと九曜とはほとんど縁は切れてるんだ。だから偶然といえば偶然だな」


 つまり在籍していたこの学校で、たまたま今回みたいな幽霊騒ぎが起こった、というわけか。


「寮に住んでるのも俺に帰る家がないからなんだけど、ともかくそんな所で騒ぎが起こるのは嬉しくないからさ。ここしばらくのことも、少し個人的に調べてはいたんだ」

「……そういうことでしたの」


 昨夜の彼の言葉からすれば、明らかに異端者と分かる由羅がいたせいで、紫堂くんはこちらにすぐ協力することができなかった、ということになるのだろう。

 ……うん、筋は通っている。


「なるほど、わかりましたわ。では……今回のことについて、紫堂くんの見解を聞かせていただけますか?」

「その前に」

「え?」

「今度はそっちの正体を教えてもらいたいな。もちろん君じゃなくて、桐生さんだ」

「――――」


 ……やっぱり来たか。

 お互いの信用を得るためには、必要な情報交換には違いない。


 何しろ彼女こそが、彼がこちらに協力できなかった理由でもあるのだから。

 昨夜は時間がなくてできなかったが、ここではぐらかすわけにもいかないか……。


「彼女が異端種と呼ばれる存在であることは、否定しません。ですが昨夜も言った通り、彼女は協力者です」

「……異端種を協力者として使った例は、九曜でもなかったわけじゃない。異例ではあるけどね。でも、彼女はそれだけじゃすまないよ。明らかに存在が大きすぎる」

「存在が、ですか?」

「ああ。まず一つは、彼女が来てからのこの騒ぎ。俺はこの学校に元々潜んでいた何者かが彼女に触発されたか、もしくは同調者なのかもしれないって思ってる。だとすれば、味方とするには危険だ」


 由羅がこの幽霊騒ぎの張本人か、もしくは関係しているってことか。言われてみれば、その可能性は否定できない。

 もっとも彼女が張本人だなんてこと、まず無いと思うけれど。


「それにもう一つは、彼女の力だ。昨夜の光景、まさか忘れたわけじゃないだろう?」

「…………」


 そんなに長くは続かなかったとはいえ、あの真っ赤な光景は鮮烈で、嫌でも脳裏にこびりついて離れてくれない。


 相手は幽霊ではあったが、由羅は連中を文字通り血祭りにあげてしまっていた。

 怖いと思わなかったと言えば、嘘になる。

 でも……。


「彼女のことは、わたくしもよく存じてはいません。ですが、わたくしは彼女のことを信じていますわ。正体如何に関わらず」

「君も、知らないと?」


 探るように、紫堂くんの瞳が鈍く光る。

 私は構わずに頷いた。


「ええ。もし詳細がお知りになりたいとおっしゃるのならば、所長――九曜茜へと直接問い合わせて下さいな。わたくしは、所長の判断に任せます」

「……じゃあ、九曜さんは彼女の正体を知っているってことだな」

「恐らくは。わたくしよりもずっと、彼女との付き合いは長いはずですので」


 本当ならば、真斗に聞くのが一番確実で手っ取り早いのだろう。

 でもここは、茜の名前を出しておいた方がいい。

 真斗の名前を出したところで、説明が余計にややこしくなってしまう。


「そうか。わかった」


 紫堂くんはそう頷くと、再び弁当箱に箸を戻した。


「話せないことなのか、話したくないことなのか……本当に知らないのか、俺には判断できないからな。今度本人に聞いてみるよ」

「え?」

「何か不都合でも? 例えば以前に君が聞いて、答えてくれなかったとか」


 もちろん、そんなことは無かった。

 聞けば隠さずに答えは返ってくる。自分は千年ドラゴン――魔王の遺産スセシオンだと。


 問題は、それを信じられるかどうかであって。

 まあ、いいか。


 それにしても紫堂くんって、けっこう大胆なんだな。

 仮にでも異端であると分かっている由羅を相手に、直接聞くだなんて。


「いいえ。むしろその方が都合がいいかもしれませんわ。疑問は、自分で解消できるに越したことはありませんし」


 そこで、紫堂くんが笑う。


「何だか答えを知っていそうな口振り、だな?」


 あ。


「そうですか?」


 私は表情には出さず、空とぼけておいた。

 目敏いなあ、本当に。


「まあいいよ。彼女のことは保留にしておこう。じゃあ話題を戻すけど、この幽霊騒ぎについて」


 私はこくりと首肯して、紫堂くんへ先を促す。


「さっきも言ったが、この騒ぎは自然発生的に起こっているものなのか、それとも首謀者がいるのか……」

「紫堂くんの口振りからですと、首謀者がいる、と思っているようですわね」

「ああ。正直これまで判断がつかなかったが、桐生さんが来てからそうじゃないかって思うようになってね」


 由羅が来てから、幽霊の活動が活発になった――そんな風なことを、紫堂くんは言っていた。

 つまり紫堂くんは、彼女の存在をその誰かが見て、何か目的をもってこれまで以上に積極的な行動を起こしている――そう判断したということだろうか。


「だからこそ、彼女の正体が知りたいわけなんけどね」


 む……。

 でもそう言われても、私も彼女が千年ドラゴンという存在だということくらいしか、知らないのだ。

 その程度の認識で、うまく説明する自信は無いし。


「ま、とは言っても完全にそうだと言い切るには、ちょっと問題もあるにはあるんだ」

「問題?」

「ああ。あの幽霊たちが徘徊するのには一定の時間内だけみたいでね。これまで観察してきて、そうじゃないかって思う程度なんだが」

「本当ですの?」


 だとしたら、これはかなり重要な情報だ。


「まだ確信は無いし、推定の域だけどね。午前零時から二時。連中が活動してるのを見たことがあるのは、その時間の間だけなんだ」

「零時から……二時」


 この二日間の夜のことを思い出してみる。

 最初の夜は、確か由羅に起こされて……。


 そうだ。

 あの夜は、彼女に一時間遅れで起こされて、零時を越えていた。


 そもそも起こされた理由も、彼女が妙な違和感を覚えたからであって、それがちょうど零時頃だったということになる。


 そして昨夜は、十一時を越えた頃から校内を回った。

 しばらくは何の異変も無かったというのに、ずいぶん時間が経ってから突然連中が現れた。同時に由羅の傷口も開いて……。


 あの時の時間は正確には覚えていないものの、感覚的に零時を越えていてもおかしくはなかったと思う。


「間違い……ありませんわ。きっと」


 午前二時という時間にも、思い当たる節はある。

 由羅が重傷を負い、あれだけ痛み苦しんだ最初の夜、ある時を境にして急に痛みが消え、傷口も異様なほどの速度で回復した。


 時間などもちろん覚えていないが、それが午前二時だったとしたら……。

 どういう――ことだろうか。


 幽霊が現れるのに時間的な束縛があるのは、それはそれで理解できなくもないが、由羅の受けた傷の状態までもが、それに連動しているようにみえる。


 何か意味があるのだろうか。

 この零時から二時という時間帯は。


「なぜその時間内だけに幽霊が発生するのか。誰かが意図的にそういう場を作り出しているのか、それともこの学校――土地としての因縁に起因する要因のせいなのか、それは判断できない。だから断定はできないわけだけど」

「でも紫堂くんは、どちらかと言えば誰かの仕業だと、そう考えているわけですよね」

「そうなるかな」


 ふむ……。

 彼の説明からでは、どちらだと断定するには、あまりに判断材料が少ない。

 にも関わらず、彼が首謀者の可能性を考えているとすると……。


「もしかして紫堂くんは、心当たりがあるんじゃありませんの? その、誰かに」

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