第18話 調査続行


     /要


 放課後になって。

 生徒会室へと由羅と二人で向かえば、中で待っていたのは三人だけだった。


「今日は急だったからさ。会長は用事があって来れないそうだし、鈴木もバイトで駄目だって」


 集まっていたのは長谷先輩と紫堂くん、そして縁谷さんだけで、残り二人の不在について、先輩はそう説明してくれた。


「用事、ですか」

「らしいよ」


 頷く紫堂くん。


「あの人の場合、ろくな用事じゃないだろうけどね」


 そう言う紫堂くんとは、実は事前に少し話しをすることができていた。

 その結果、襟宮先輩のことは抜きで、ということになったわけである。


「ま、会長には後で伝えておくとしても、だ」


 どっしりと腰を落ち着けて、どこか真面目に長谷先輩がこっちを見る。


「縁谷からちょっと聞いたけど、怪我をしたって?」

「ええ」


 頷いて、私もパイプ椅子に腰掛けた。

 紫堂くんはもちろん、縁谷さんもある程度は知っているので、この中で知らないのは実質長谷先輩だけということになる。


「大丈夫だったの?」

「もう治ったから」


 由羅は気軽に答えるものの、長谷先輩の顔は深刻なままだ。

「それって転んで怪我した――ってのとは違うだろ? 要するに、誰かにやられたわけで」

「誰か、と表現していいのか微妙ですけれどね」

「幽霊、ってこと?」

「恐らく」


 そこで先輩はうーん、と唸った。


「よくないよ、それ。危ないんじゃない?」


 詳しい状況を聞いてくるかと思ったのに、長谷先輩はまずそんな感想を口にした。

 意外と冷静だな、と感心してしまう。


「危ないですわね」


 私も否定しなかった。

 実際そうだと思うし。


「困ったなあ……こりゃ」


 頭をぽりぽり掻いて、先輩は背もたれにもたれかかった。


「えっと、先輩?」


 首を傾げる縁谷さんに、だってそうだろ、と長谷先輩はぼやくように言う。


「まあ正直言って、面白半分だったってのは認めるよ。親父があんなのに関わってるせいか、おれもそういうのには縁があったっていうか、興味あったし。だから襟宮の提案にほいほい乗っかったわけでさ」


 ふうん……そうか。

 この人って、見た目よりずっと責任感が強いらしい。

 人望があるっていうのもちょっと頷ける。


「けど怪我までされて、これまで通りってわけにはいかないだろ。しかも女の子に」


 確かに由羅は見た目は女の子かもしれないけど、中身は猛獣です。

 なんてことは言えないので、もちろん黙っておく。


「でも、どうするんです? この学校にそういう危ない何かがいたとして、このまま放っておくと?」


 そう言うのは紫堂くん。


「それこそうちの親父の出番だろ」


 その答えに、私はいかにもな表情を作って苦笑してみせた。


「ですけれど先輩、そうなると大概その仕事は事務所の方に回ってきますから。そうなった場合、やはり大っぴらに調査はできませんし、そうなるとこの学校に在籍しているわたくしに仕事が回ってくるのも確実ですもの」


 つまり、今と何にも変わりはしないのだ。


「って、親父のいる課って、外注しかしないのか?」

「そんなことはありませんわ。お一人、できる方がいらっしゃいますし」


 長谷警部の部下の刑事に、実は九曜の咒法士が一人いたりする。

 実力は多分、東堂さんと同じくらいだったはずだ。


「ですが、主な仕事は情報提供と事が起こった際の後始末です。実際に行動するのは我々ですからね」

「うーん……そっか。じゃあ親父にやらせても、結局は今と変わんないってことか」

「そもそも13係の方は、それなりに大きな案件を扱っておられますから、被害が彼女一人程度では、なかなか動けないと思いますわ」

「うーん……」


 何度か唸って、先輩は天井を仰いだ。

 本気で困っているらしい。


「先輩、こういうのって薮蛇って言うんですよね」

「そういう冗談が通じる状況ならいいけどさあ」


 縁谷さんに言われて、嘆息する長谷先輩。


「現状はともかく、一応は正式な依頼ですし、今後どうするかは最遠寺さんが決めるべきだと思いますけどね」

「正式って言うけどさ、紫堂。金は何も払ってないんだし、おれらの我侭に善意で、って感じだろ? 正式には程遠いって」

「いえ――先輩。お気遣いは嬉しいですけれど、ご心配には及びませんわ。ね? 由羅」

「うん、そう」


 由羅にしても、私にしても、今回のことから手を引くつもりはない。


「それに、由羅が怪我を負った原因が、生徒会に依頼された幽霊とは直接関係無い可能性だって充分あるんです」

「そうなの?」

「ええ。理由としては、これまでの幽霊騒ぎにこれといった傷害事件が無かったということ。ですから教職員も動かなかったはずです。それが昨夜に限って……というのもおかしな話ですものね」

「そうよね……確かに変かも」


 頷く縁谷さん。


「もしかすると、蛇を出してしまったのはむしろわたくし達の責任かもしれませんわ」


 私――というより由羅だ。

 この学校に普段からいないのは由羅で、しかも彼女はかなりの力を持った異端者だ。

 何かがそれに触発された可能性は充分にある。


「そんなことはないよ。そもそも藪をつつくような状況にしたのは、俺らの方だし」

「そうだよな。関係無いったって、関係あるか」

「ともかく――」


 紫堂くんと長谷先輩の言葉を遮るように、私は声を上げる。


「確かに状況はよろしくありませんわ。ですが、わたくし達もプロなので、一度受けた依頼を途中で放り出すような真似はしたくありません」

「けど……なあ」

「大丈夫です。そうは言っても、引き際は心得ているつもりですので。手に負えないような状況になりそうだと判断した場合は、すぐに上司に引き継ぎますわ」


 これもまた本音だった。


「とにかく、もう少し様子を見る――ということでいいんじゃないですか」


 渋る長谷先輩へと、紫堂くんはそんな提案をする。

 彼の場合、襟宮先輩のこともあるから、このまま放っておくというのは決して好ましい状況ではないはずだ。


 紫堂くんは私を一瞥し、こちらが頷いたのを確認してから先を続けた。


「確かに彼女達に任せきりにしてしまうことには、さすがに抵抗もありますが、それでもこのまま放っておくわけにもいかないのも、また事実です。放っておいて、一般生徒に被害が出ようものなら、それこそ目もあてられませんし」

「そりゃわかるけど、何だかそれだとこっちは何もしていないみたいで気に食わないっていうか……」

「だからとりあえずは様子を見る、ということで。原因が分かれば解決方法も分かるかもしれませんし、この二人の手に負えるかどうかも分かるでしょうから。俺たちにできることといえば、次に何かあった時、彼女達が何を言おうとやめさせる――これくらいしかないでしょうね」


 そう諭され、長谷先輩はやがて頷いてくれた。


「そう……だな。何かあったらおれが直接九曜の事務所に連絡して、どうにかしてもらえばいいわけだし」

「――そういうわけでいいかな? 最遠寺さん。調査はあくまで様子を見るということで、危険なことはしない。次に何かあれば、いったんそこで打ち止める」

「……異論はありませんわ」


 危険は、望まなくても大抵向こうから降りかかってくるもので、こちらができることといえば充分警戒することくらいだ。

 あとは迂闊に深入りしないことくらいか。


「とはいえさ」


 少し肩の力を抜いて、長谷先輩が私と由羅を交互に見る。


「しょせん、おれは副会長だし。言い出しっぺは襟宮だから、あっちが何て言うかでどうとでもなっちゃうけどな」


 襟宮会長って、よほど権力を持ってるんだな。

 生徒会で権力っていうのも何だけど。


「まあ会長の方は俺が何とでもするよ」


 しらっとそう言う紫堂くんに、にやりと笑ったのは縁谷さんだった。


「紫堂くんって、会長のお目付けだもんね~」

「あの襟宮に面と向かって文句言えるのは、紫堂だけだしなあ」

「一応、親戚みたいなものなんで。多少は気軽なんですよ」


 親戚、か。

 朝にもそんなこと言ってたかな。


「でもそれだけ? 私、前々から気になってたし。先輩との関係」

「勘繰りすぎだよ。俺と会長は、けっこうドライな関係だしね」

「本当に~?」


 などと茶化す縁谷さんと紫堂くんの会話を聞きながら、私はふと視線を横にやった。

 隣にはもちろん由羅が座ってるのだけど、さっきからほとんど口をきいていない。真面目な顔して話を聞いているんだなと思いきや、どうやらそれだけでもないようだった。


 ちょっと、様子が変な気がする。


「……由羅?」


 私は小声で彼女の名を呼んでみる。


「え、なに?」

「……どうしたんですの? 難しい顔して」

「私、そんな顔してた?」

「らしくない、そんな表情でしたわ」

「うー、それはそれで私が普段から何も考えてないみたいじゃない」


 彼女の文句はともかく、押し黙っていたのにはそれなりに理由があるらしい。

 そういえば昼間も変に考え込んでいたような。


「やはり、何か気になるんですの?」

「うん……でも、やっぱりはっきりしなくて」


 わからない、と由羅は首を横に振った。

 彼女自身もどかしいのか、少し苛立っているようにも見える。


 口数が少ないのはそのせいもあるのだろう。

 珍しいといえば、珍しかった。


「……もしかして、傷が痛むんじゃありませんの?」


 長谷先輩には聞こえないよう、さらに声を潜めて聞いてみる。


「ううん、そんなことはないから。もっとこう……」


 それ以上はうまく言葉にできないのか、また押し黙ってしまう。


 本当に、何なのだろうか。

 それでも結局、この場で答えが出ることは無かった。

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