第3話 起こることは全て誰かの優しさ
式を終え、帰宅の途に就いた。
これでいとこ兄弟を含めて残るのは僕だけか…。
間に合わせるために駅までバイクで行った僕は、いくらかのアルコールを体内に含んでいる。
少年野球の抽選会に行く父、買い物に寄って帰るという母と別れて、義姉、兄とバス停へと向かった。
時刻表を見ると、僕らの乗るバスは少し先の時間だった。
歩くと実家まで40分程かかるのだが、少し遠回りをすれば独り暮らしの家に寄ることができる。
暫し悩んだ末に、二人へ別れを告げて、運動がてら歩くことにした。
と見せかけて、二人が見えなくなってから「先に家に着いてますけど何か?」と、どや顔で待ってやろうと思い、僕は走った。
じわりと汗を背に滲ませ、独り暮らしの家へと着いた。
震える膝を自覚したのは寒さのせいではないだろう。
「あれ、鍵がない…」
僕は記憶を手繰り寄せた。
そう、焦っていた。僕は朝、焦っていた…。
そして、鍵を外した記憶がない。
つまりは、バイクに付けっぱなし…。
「うっそ!最悪!!」
僕はただ、遠回りして歩いて(走って)帰っただけだった。
片腹痛い…。膨れた腹で走って来たからであろうか。
さてここでひとつ小話を…。
皆様はインドの家臣アシュタバクラをご存知だろうか。
アシュタバクラは、何を聞かれても「起こることは全て最高にございます」と答えたそうだ。
そう言われると悪い気はしない。そう思った王様に気にいらていたアシュタバクラは、他の家臣に目の敵にされた。
王様が怪我をした時に、家臣がアシュタバクラへ問うた。
「この出来事をどう思う?」
「起こることは全て最高にございます」
そう答えた彼は、王の怒りを買い、幽閉された。
その後、狩りに出かけた王様は、とある部族に捕まり生け贄へなることに。
しかし、怪我をした者を生け贄に出来ない決まりがあったそうで、王様は助かった。
王は「お前の言う通りだった」とアシュタバクラを解放。
「起こることは全て最高にございます。王が私を牢に入れなければ、私は殺されていました…」
この逸話を知ってから、やりきれなさが気持ちを覆うと僕は口ずさむ。
「起こることは全て最高です」
呟いた僕は実家へ帰り、VRのゾンビゲームを皆で楽しんだ。プレイヤーの画面がテレビに映るのはこのゲームのいい所である。
突然現れる不死身の親父に、一緒なってワーキャー叫び、あっちに
兄夫婦が帰る時間となり、父が「駅まで送るよ」と二人へ声を掛けた。
「起こることは全て最高です」
僕は便乗した。
此れで、後日歩いて取りに行かなくともいいのである。かなり時間も経ち、飲酒運転にもならないだろう。
駅前で兄と別れ、駐輪場へと向かう。
果たしてバイクはあるだろうか…。
「あっ…た…」
苦肉の策であったのだろう。
椅子を拭く為に入れてあった雑巾で鍵を隠してくれていた。
預かることですれ違うことがないように…。
誰かにバイクが盗まれないように…。
「おっちゃん…」
寒空をバイクで走ると、寒さの余りに涙が溢れることがある。
頬を濡らした一筋は、何故だか温かいような気がした。
「人に優しく」
誓おうとして見上げた空は雲が這い、この上ない闇夜で覆われていた…。
無念なり。
従妹《いとこ》の結婚式にて 向野 空 @mukounosora2
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