漫画『ロマンスの魔法』に転生したので、1巻38Pで登場するルーク様を守りたいのに王子が許してくれない

七海 夕梨

漫画『ロマンスの魔法』に転生したので、1巻38Pで登場するルーク様を守りたいのに王子が許してくれない

「オードリー様、何度も言いますがダメなものはダメです」

「ルーク様、守りたいんです」

「お断りします!! これ以上の護衛は必要ありません」 


 ──あぁ、どうしてわかってくれないの!


 どこにでもいる女子高生だった私は『ロマンスの魔法 』という漫画の世界に転生した。


 転生したといっても主人公や悪役令嬢ではなく、ごく普通の貴族令嬢──いわゆるモブである。名前すら漫画に登場してない。おかげで学園の名前を耳にするまで、転生したと自分でも気が付かなかったほどだ。

 

 『ロマンスの魔法』とは女性向けの漫画で、世界観はよくある中世ヨーロッパ風のファンタジーもの。各国の王族や貴族が通う魔法学校『キラリン★学園』に入学した主人公が、悪役令嬢の虐めにもめげず、王子達と恋をするお話だ。最後はお約束のざまぁで悪役令嬢は処刑され、主人公は王子達に愛されるか、誰か一人を選ぶの王道エンドだろう──実は3巻で読むのを止めた為、結末は知らないのだけれど。


 そんな事よりモブとして静かに暮らしたい──と思っていたができなくなった。


 ルーク様がいるからだ。


 ルーク様とは『ロマンスの魔法』1巻38ページで初登場する王子、ウィリアムの護衛騎士だ。私は彼の慈愛に満ちた微笑みに(といってもウィリアムが邪魔で、顔が右半分しか見えないのだが)一目ぼれしてしまった。銀河のような瞳、すらりととおった鼻筋、そして紫紺の髪は絹のように美しく──(以下長いので略)、それはこのくだらない漫画が愛書へと変わった瞬間だった。


 ルーク様の素敵な所は外見だけではない。剣術や魔法だけでなく、お茶や料理、手芸までできる素敵騎士だ。くまやうさぎといった可愛いお菓子や縫いぐるみばかり作るので、ウィリアムが「俺じゃない!! ルークが作ったものだ」と主人公に照れるシーンを見ては、ルーク様ったら❤と、よく悶えたものだ。ちなみに私は裁縫も料理もダメだから、こういう男子にはコロっといってしまう。


 ちなみに92ページで左半分が描写されていた為、漫画を切り取り「麗しの君」と題した、縦1cmx横1cmの彼は私の宝物だ。自分でもやばいと思うが、それぐらいルーク様の登場は少なかった。おかげで漫画を読むというより、彼の髪の毛、服、靴などを舐めるように探す本と化したぐらいだ。


 そんな私の恋は『ロマンスの魔法』3巻で終焉を迎える。


 夜、ウィリアムの寝室に現れた暗殺者に、ルーク様が殺されたからだ。ウィリアムってば傍にいながら護衛騎士の一人も守れないなんてマジで使えない。しかもルーク様が身を挺して守ったのに、一緒にいた主人公を優先して心配とか、どういう神経をしているのか。


 だが天は私に味方した。ルーク様がまだ生きている時に転生したのだから。


 ──絶対に彼を守ってみせる。


 と、当時、覚悟を決めたはいいものの、その道は平坦なものではなかった。魔法に無学な私は『きらりん★学園』に入学すらできなかったのだ。よって短期間で魔法を勉強し、血を吐く思いで技を磨いた──というか磨き過ぎた。気が付けば国家魔導士クラスになってしまったのだが……。それでは学園ではなく実践に行かされてしまう。よってこの学園の入学試験を平均点で合格できるよう手まで抜いた。


 こうして磨きに磨きがかかった『平凡学生、オードリー』を私は完成させたのだ。


 けれどもルーク様をどう守ればいいかわからなかった。3巻で読むのを止めてしまった私は、フードを被った刺客の顔がわからず、黒幕も知らない。いきなり刺客に気を付けて‼ など怪しすぎて言えず……結果、ストーカーのごとくルーク様に付きまとう形になってしまった。


 おかげで……


「オードリー様、護衛と称して王子に近づくのはやめて下さい。王子は連日、多くの女性に付きまとわれ、疲れておられるのです」


 と、すっかりの狂信者扱いだ。よりによってルーク様に。


「違うんです、ルーク様。私はあなたを──

「部屋の前で騒々しい。何事だ!」

「王子!! 申し訳ございません」

 

 豪奢な扉から現れた金髪碧眼の男にルークが頭を下げる。


(でた、俺様王子。陶器のように綺麗な肌しちゃって。瞳なんて宝石のようだし。もしやルーク様にお手入れしてもらってる? だとしたら羨ましいぃぃ~そして憎いぃぃぃ!!)


 込み上げる憎しみをルーク様と同様に頭を下げ、私は表情を隠した。彼が私の印象を悪くすれば、ルーク様に近づく事が難しくなるからだ。


「ルーク、俺は静かに過ごしたいと言ったはずだが?」

「申し訳ございません」

「謝罪などいらぬ。隠匿魔法や罠はどうした?」


 ウィリアムがあくびを交えながら言う。どうやら部屋で寝ていたようだ。髪が若干、乱れている。


「申し訳ございません。私の力が及ばず……」

「お前の力が及ばない? 冗談はやめろ、首にされたくて言っているのか?」


 ウィリアムが氷のような冷たい顔をする。


(まずいわ。有能なルーク様が首にされる!!)

 

 この世界では『王族の怒りを買い解雇される=貴族階級剥奪&国外追放』だ。それは食べ物が少ない冬の今、露頭に迷えというようなもの。ここはルーク様を擁護せねば。


「ウィリアム様!! ルーク様の隠匿魔法は完璧でした。今日は合計183名の女性からウィリアム様をガードしたんですよ。王子への接近を阻む転移の罠もそれは紳士的で。記念に一度、引っかかってみたんですが、着地は痛くないし飛ばされる場所も学園内の安全な場所なんです。もしここでルーク様を解雇すれば、女性陣が押し寄せてきますが、いいんですか?……ってあれ?」


 私の熱弁に二人が目を丸くしてこちらを見ている。


(ドジったわ。隠匿魔法や罠の褒め方が足りなかったのね。あまり長く話したらルーク様にご迷惑かと断腸の思いで短縮したのに。でも危険だわ、褒め始めたら十日は語っちゃいそうだし)


「ルーク……これはなんだ?」


 どうやらウィリアムは目の前にいた私の存在に気が付かなかったようだ。五月蠅いと言っておきながら酷くない?


「どうやらと慕う、過激な方のようで」


(ルーク様、違います。私はを過激に慕う一人です)


「確かこの女はモーうむ? おかしいな生徒の名前は全員記憶したはずだが。なぜ、思い出せないんだ?」


 ウィリアムが首を傾げる。


「喉まで出かかってるのに、くそっ。モブコ、モブッキー、モブクル、モブコヨ……ち、思い出せん。面倒だ、今日からお前はモブコヨと──」

「オードリです!」


(なんて奴。人をモブ活用形みたいに命名しようとするとは)


「オードリー? モブコヨではなく?」

「そんな名がありますか! 私は・モブ・モブリードです」


(くっ、私は名前を言うのが大嫌いなのに。キラリン★といい、モブにまでモブって。この漫画のネーミングセンスはどうなってんの。しかも大事な事なので二度言いました的に、ミドルとラストネームにまでモブをいれてくれちゃって)


「そうだ、モブリード家の長女だったな。モブが印象的すぎて名前が抜け出てしまったようだ」


(ちっ、記憶した事は忘れない【天才】設定はどこへ行った。この


「ポンコツ頭──はぐっ」

「なんだと?」

 

 ウィリアムが秀麗な眉を歪め、声を荒げる。


(やばいっ、不敬罪で処刑される!? モブなだけに見逃してくれないだろうか。いや、モブなだけに物語上、存在が処分される危機! なんとかごまかさなくては)


「ポンコ!!」

「は?」


 私はとっさにぬいぐるみを差し出した。ルーク様に模して作った人形だ。褒められた出来ではない為、ルーク様にはばれないだろう。これでなんとか誤魔化すしかない。


「はたきか? かわ……いや、縫い付けが甘い! これではすぐほつれるぞ」

「はたきじゃないです! 人の人形です」

「人──っ」


 突然、ウィリアムが俯き、肩を震わせた。何か必死に耐えてるようだ。


(そっか、王族は目が肥えているから、愚作に耐えられないのね)


「申し訳ございません。このようなお目汚しを」

「いや……ポン──っ!!! は、はたきといってすまなかった」


 ウィリアムは視界にすら入れたくないらしい。王族も大変だな。


「いいえ、私こそすみませんでした。ではこれにて」


 私は一歩、二歩とウィリアムから距離をとった。不敬罪になる前に退散せねば。


「待て。お前は人形自慢しにきただけか?」


(ギクーーっ)


「カワイイデポン?」


うやむやにしたい一心で、私はポンコを使い演じきった──が、失敗した。ウィリアムの口元がひきつっている。


「ソレヲミセルナ。それよりどうやってルークの隠匿魔法を破った」

「え……」


 じわじわと冷や汗が背中を伝う。なんとかテンプレに誤魔化さねば。


「はて? 私は通りすがりのちりめん問屋ですので」

「未知の問屋で誤魔化すな」

 

(く、通じなかった。西洋ファンタジーが憎い)


「誤魔化すもなにも、私では突破なんてとても……偶然ですよ」

「確かにお前は学年順位381/500位という平凡な生徒だ。実技も優れたところを見たことがない。火魔法など10回の内5回は失敗していた」


(こわっ、なんて無駄な記憶力。そこはモブコヨ的に忘れなさいよ)


「つまり実力を隠していたな?」

「違いますって。あ~私は急ぎの用事がありますので」

「そうか、奇遇だな。俺も用事を思い出した」


(お、この流れは、さっさと帰れってことね。なら遠慮なく──ってあれ、なんで私の腕を掴むの?)


「お前、俺と魔道契約を結べ。最近、誰かに付けられててな。きな臭いのだ。まぁ返事は「はい」しかないだろうが」

「嫌です」


(あと、それは多分私です)


 一方的な態度に腹が立ち、掴まれた手を思いっきり振り放してしまった。王子が驚いた顔をしたが、愛するルーク様の前で異性に触れるなんて耐えられない。


「ふむ、見込みがあるな。魔道契約については知ってるか? 未婚の王族が異性と結ぶ場合は別の意味があ

「人の話を聞いてます?」


(断ってるのに見込みがあるとか、頭がおかしいの?)


「聞いている。お前こそ話を聞け。俺の専属魔導士になれば 

「嫌です」


 ウィリアムが珍獣でも見るように私をみる。

 

 魔道契約とは王家が生涯仕える魔導士と結ぶ契約だ。契約すれば国家魔導士という爵位が与えられるが領地は持てない。そのかわり給料が半端なく高く、階級も伯爵と同列扱いだ。家を継げぬ令息なら喉から手が出るほど欲しい爵位だろう。だが実際は実力ある魔導士を国に縛る鎖のようなもの。王族から破棄されぬ限り契約は切れず、違反すれば死というペナルティまでつくのだから。


「だいたい会ったばかりの人間と、契約なんてしないでしょう?」

「たしかに挙動は怪しいな。その上、王子をポンコツと言う奴だ。不敬極まりない」


(ポンコ……ばれてたよ)


「だがお前ぐらい失礼な奴がいい。女除けの盾が欲しかったし。ルーク、契約書を持ってこい」

「王子、本気なのですか? 王の許可もなくそのような」


 ルーク様が戸惑いながら言う。そうよね、ルーク様だって戸惑うよね。


「かまわん。王は俺に興味がない。オードリどうする? 断ってもいいが」


 ニヤリとウィリアムが意地悪く笑う。


(この外道め。断れば私の家に何かする気ね)


「選択肢がないじゃないですか」

「そういう事だ。まぁ契約といっても護衛以外の意味はない。お前の将来にも傷をつけんよう配慮はする。どうだ? モブリード家にとって破格の契約だろう? 王家とつながりが持てるのだ、問題あるまい」


(大ありよ。狂信女子達に目を付けられるじゃない……って言いたい。しかも四六時中、王子といるなんて──待って、護衛ならルーク様の傍に堂々といられるんじゃ? ついでに王子の寝室の護衛を私がやれば、ルーク様は死ななくて済む)


「やります。条件つきなら」

「急に態度が変わったな。まぁいい、条件とはなんだ?」

「夜専門で護衛がしたいです。王子と私、二人きりでお願いします」

「……」


 あれ? 王子が固まった。ルーク様まで心配そうな顔をしてるし。まぁ挙動が怪しい新入りに、夜の護衛なんて任せないわね。でも物語通りなら、主人公はあと半年で入学してくる。それまでに寝室の構造や危険な場所は完璧に網羅しておきたい。


「私は凄いんですよ。満足させてみせますっ」


(竜の攻撃だって完全に防御できるもんね)


「……夜間の護衛はルークに任せる」

「ええーー!」


 ウィリアムの顔が引きつっている。眉までぴくぴくしてるし。どうやら相当お怒りのようだ。まぁ、新米がルーク様を差し置いて、危険な夜間に一人で守るは生意気だったか。


「わかりました。夜の護衛は諦めます」


 仕方がない、夜間は外から護衛しよう。


「もういい、お前も俺の追っかけだったとは」

「は? なんで私が王子を追いかけるんですか?(面倒くさい)」


 私の脚力は全てルーク様のものなのに。


「……」

「あともう一つの条件なんですが」

「この流れでさらに条件を言うか?」

「言います。これが一番大切なんで」


 私の頬が紅潮していく。あぁ、本人の前で言っていいのかしら。でもアピールは始めておきたい乙女心。


「結婚したいです」

「けっ──けっこんだと!!」

 

 王子の声が裏返る。さすがに契約します。結婚したいは流れ的にビビるわね。


「今すぐではないですよ。でもその時は契約を解除してください。嫁ぐ時は魔導士を止めて家庭に入りたいですし。子供も欲しいので……うふふ♡ あ、契約外でも一生涯王子の味方ですから心配なく」


(ルーク様の奥様になる予定ですもの)


「一生涯……本気か?」

「はい、長年の夢ですから」


 ちらりとルーク様を見る。ルーク様は驚いていたが、気持ちまでは伝わっていないようだ。そっち方面は聡くないのね。でもそれはそれで素敵❤


「いかがです?」

「……」

 

 王子のご機嫌がさらに悪くなった。さすがに結婚したら専属魔導士を外して欲しいは横暴か。最悪、子供ができてからでもいいけれど。やだっ、私ったら。


 王子は沈黙の後、ふぅと深く息を吐き私を見た。しかも塵を見るような目でだ。やばい。心の声が顔にでてた?


「相手の事を知りもせず結婚したいとは……肩書がそんなに欲しいか?」


 肩書? ルーク様を知らない? ルーク様命の私に向かって何たる侮辱!


「失礼ですが王子、貴方こそ私の何を知っておられるのです? 愛しい相手を護りたい。その一心で凡人が魔道を極める苦労がどれほどのものだったか。死にかけたのも一度や二度ではありません。そもそも私は肩書など興味はありません。

「髪……なんだとぉ!」

です。見るだけで心が躍ります。極めると靴や服の袖ですらありがたく思えるのです。究極のチラミセと言いますか」


 いけない。よだれが出そうになった。


「全く理解できんが、所詮、外見しか見てないではないか!」

「たしかにそれは否定できません。最初に魅かれたのは右瞳と鼻の一部でしたし」

「い、一部だと?」


 ウィリアムがドン引いている。一部って言い方はさすがに良くなかったわね。


「ご安心を。その後、ちゃんとくっつけて飾りました」

「くっつけ……」


 ウィリアムが五歩ほど後退した。そのまま部屋に戻ってくれないかな。


「もちろん内面にも魅かれてますよ。失礼ながら家族について色々と調べさせていただきました。苦境にありながら強くあろうとするお心が素敵で。そして確信したのです。私は愛する人の為、この世に生を得たのだと。そのためなら、この命を犠牲にしても悔いはありません」

「……」


(あぁ、こんなにはっきり言っちゃって、ルーク様にばれちゃったかしら……って、きょとんとしてらっしゃる(涙))


 これは転生後に知ったことだが、ルーク様は愛妻の子であった為、継母から壮絶ないじめにあっていたのだ。そんな生い立ちに屈することなく、ルーク様は魔術と剣術を磨き、王子の専属騎士になった。それなのに誰にでも優しい。陰湿な子供時代を過ごしてきたとは到底思えない人柄だ。そういえばウィリアムも側室の子であった為、王妃の虐めにあい苦労したんだっけ。だからルーク様と気が合ったのかもしれないわね。最後には主人公を優先するけどな。こんちくしょう。


「常軌を逸した女だ。だが……お前の条件、夜間護衛も含めて認めてやる」

「王子、本気ですか?」

「やったー」


 ルーク様が困った顔でウィリアムを見る。当然だ。初対面の女を専属魔道士にするのだから。深夜の護衛も私のせいで外されるルーク様からしたら、納得がいかないだろう。ごめんね、ルーク様。すべては貴方への愛の為。刺客を捕まえたら即貴方の元へと嫁ぎますから。


「構わん。発言は変態だが害はないだろう。俺の勘だが、肩書や外見だけで群がる連中と、この女は目が違う」

「しかし契約すればオードリー様と」

「形だけだ。お前の罠から逃げきれる魔導士だぞ? 利用しない手はない。不要ならこっちから契約きればいいだけの事だ……くくく」


 ペンを持った王子はなにやら悪い顔で紙に書き込むと、ナイフで親指を軽く切り血判を押した。だが書いてる文字が読めない。古代ヨメェーヌ文字に似ているけれど、この私が読めないなんて。


「さぁ、今度はお前の番だ、血判を押せ」

「契約書の文字が読めないんですが?」


 読めない契約書など信頼できない。


「王家の秘匿文字だからな。夜間の護衛、結婚すれば契約を破棄する、それまでは俺専属の魔導士として配属するといった内容だ。嘘はない 太陽神オーヒィサマに誓う」


 太陽神オーヒィサマとは国の象徴神だ。この神に誓った契約に嘘をつくと王族でも罰がくだる。


「わかりました。私もオーヒィサマに誓いましょう」


(ちょっと名前がアレで信仰心が失せるが)


 ウィリアムに促され、私はナイフで親指を切ると血判を押した。途端、体全身に何か熱いものが走る。契約書の文字が赤く光り脳内に契約内容が刻まれた。ウィリアムの言った事は本当だ。嘘偽りはない。


「契約完了だな」

「オードリー様、おめでとうございます」


 ルーク様が恭しく頭を下げる。私の方が後輩なのにルーク様ったら礼儀正しいのだから。


「ありがとうございます、ルーク様。至らぬ私ですが、色々と教えてください」


 そして、あわよくば結婚してください。

 

「様など、敬称は不要です。私の事はルークとお呼びください」

「え……いいんですか。る、ルーク♡」

「王子をどうぞよろしくお願いします」


 ルーク様が深々と頭を下げる。その顔は真剣そのものだ。


「オードリ、これからは体裁上、俺の事をウィルと愛称で呼べ」

「え、嫌ですよ」

 

 だいたい体裁で愛称とか意味が分からん。


「なんだと? 結婚やら寝室暴言はどうした?」

「それと愛称に何の関係が?」

「オードリー様、愛称で呼んであげてください」


 ルーク様……私がウィリアムの事を愛称で呼んでも傷つかないの? なんて茨な恋の道。


「ルーク様が言うなら」

「私が言うからでは困りますよ。貴方は王子の婚約者なのですから」

「──ん!!!? はぁぁぁぁぁぁ??!!」


◆◆◆◆◆◆◆


 あれから数か月たち、私は正式に王子専属魔導士、兼、婚約者と発表されてしまった。知らなかったが未婚の異性との魔道契約は、婚約を意味するものらしい。おかげで女子の突き刺さる視線が痛くて辛い。すぐにでも契約を破棄したいが、私からの破棄は死を意味する。ルーク様を守れず死ぬ事だけは嫌だ。こうなったら徹底的にウィリアムに嫌われよう。だが今嫌われて、契約を破棄されたらルーク様の護衛ができなくなる。ルーク様が殺される半年間で徐々に嫌われていくのがいいだろう。おや、ルーク様が丁度席を外した。今から少しずつ始めていかなければ。


「ウィリアム様、ちょっとお話が」

「ウィルだ」

「……ウィル」

「最初からそう言え。あと俺もお前に話がある」

「なんですか?」

「お前も言いたいことがあったのでは?」

「私は後でいいです」

「そうか」


 なんだろう。あのウィリアムがそわそわしている。まさか職務怠慢がばれた? ルーク様ばかり見てたし。


「お前、俺の警備をしてからどれぐらいたつ?」


 やっぱりだー。


「さ、3か月と11日です」


(まずい。きっと毒見と称してルーク様お手製クッキーを全部食べた上「余は満足じゃと」か言ったのがばれたんだわ。それとも……あぁ! 心あたりが多すぎる)


「そうだ。3か月と11日だ。契約当初、お前は髪の毛発言など気持ち悪い奴だった。おかげで罪悪感なく追っかけの盾に抜擢したのだが」


(色々と酷いな)


「しかしお前は『学園★嫌いな女ランキング1位』の称号を受けても、挫ける事なく職務に真面目だった」


(そんなランキングされてたの)


「今ではたった3か月でルークにまで気遣い、仕事をしている」


(すまん、ぶっちゃけルーク様しか気遣ってない)


「おまけに努力家だ。空いた時間も魔術の勉強を怠らずに取り組んでいる。だからと驕らず、俺の威を借りることもない。俺に近づく奴はたいてい金や名声を欲する、欲まみれな者ばかりだったのにな」


 ウィリアムが悲しそうな目で遠くを見る。まぁ王子という立場なら仕方がないだろう。だが私も十分、欲まみれな理由で近づいているから何も言えない。


「俺はお前に謝らなくてはならない。女は皆、心が醜いと決めつけていた。だがお前は違う。傍にいるだけで安心できるというか。それでだな……そろそろ護衛はやめて結

「護衛はやめません。あと半年は」


 なぜなら半年後に刺客が来るからだ。それまで離れるわけにはいかない。


「半年後ならいいのか? 俺と……」

「俺と? よくわかりませんが?」


 ウィリアムは黙り込んだ。どうしたのだろう。いつもならわからないと言ったら怒るのに。


「いや、いい」


 ウィリアムがガクっと肩を落とす。


「それより夜の勤務なのだが……俺はいつまで待たされるんだ」

「なにをです?」

「焦らすな! 満足がどうのと言ったではないか?」

「うう、余は満足じゃーを聞いちゃったんですね。クッキーも全部、食べた事はあやまります。美味しかったので」

「何の話だ? だが美味しかったか……そうか」


 いや、そっちこそ何の話か。って、そうじゃなかった。私はウィリアムに嫌われなければ。


「ウィル、私からもお話が」

「そういえば言いたい事があると言ってたな」

「私、料理やお裁縫──特にくまやうさぎみたいな可愛いものを作る男性が好きなんです」

「な……に」


 ウィリアムが言葉を詰まらせ視線を逸らせた。さすがに露骨すぎね。これではルーク様が好きと言っているようなものだ。


「まさか気が付いていたとは。しかもすき……好き」

「?」


 ウィリアムが真っ赤になって両手で顔を隠す。


「ばれていたんだな。全て俺が作ったものだと。ルークが作った事にしてたんだが」


(ファッツ?)


「ちなみに、お前のポンコも作ってみた。改良版を今度見てくれないか?」


(ポンコ大人気! じゃなかった。嘘でしょ? 私の萌えポイントをウィリアムが?)


「決めたぞ。俺はお前と絶対に結婚する。俺の趣味を理解し、命を懸けると宣言した女を俺も大事にしたい」


 ウィリアムがガチっと私の両手を握る。衝撃的な発言に私は固まってしまった。この流れはダメだ。ダメダメダメ。


「う、ウィル……私はルーク様を守りたいんです」


(言った。言ってしまった)


「知っている。お前がルークばかり見ていた事を。だから盾にした。でも気がかわったのだ。今度は俺がお前を振り向かせてみせる。ルークなら俺が守ろう」


 くくく……と悪い顔でウィリアムが笑う。


 あぁ神様、オーヒィサマ様でもいい。助けてください。


 ルーク様を守りたいのに王子が許してくれません。


★★★幕後★★


「ウィル、距離が近いです!! 離れてください。ルーク様がいるのにっ」

「ウサギクッキーを作ったんだが、いるか?」

「い……いります。かわいい……うへぇ。って違っ」


 ルークは温かい目で二人を見ていた。あの王子が、人を信じ愛する事を理解したのだから。


 王子の女性嫌いは重症だった。王妃やその娘達の虐めが、彼の人格を相当ひん曲げてしまったらしい。王にこれでは世継ぎが心配だと揶揄されていたほどに。


(王と計画を練っていましたが、それも不要のようですね)

 

 ルークはそっと書類を炎魔法で燃やした。羊皮紙に書かれた『ドッキドキ❤王子と彼女の接近作戦』の文字が炎とともに消えていく。自分が死んだふりをし、オードリをピンチに追いやることで、王子に彼女への思いを気が付かせる……という計画だったのだが。


 恋の灯火を王子はもう知っている。気が付かせる必要はなくなった。


「ふふ……お二人のこの先が楽しみですね」


 ルークは星空のような瞳を細めて微笑んだ。

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