第22話物語を閉じる前に⑬

『空にオレンジジュースを注いで』


空をオレンジで満たして

少しだけ、幼いあの日に戻りましょう


ねえ、あなたの話を聞かせてほしいの

ねえ、私の話を聞いてほしいの


ほら、例えばね

子どもの頃に思い描いたファンタジーとか

大人になって影を落としたホラーとか


たくさんたくさん、お話しましょう





『栞を挟んで』


一冊の本を閉じよう

これは終わりではない

一冊の本を綴じよう


終わりを知らぬ物語たち

長く永い物語

気が、遠くなるほどの時間と文字とページを駆け抜け

今、幕間を迎える


いつでも戻ってこられるよう

一枚の栞を立てておこう


挟んだ栞は

いつでも本が開かれるのを

一人待っている





『一冊の本』


ようこそ、みなさま

ご覧あれ


私の声がここにある

私の心がここにある


木を植えよう

言葉という木を植え、

文という林をつくり、

物語という森を育もう

さあ、木を植えよう


月夜の晩に風が吹く

ページはパラパラ捲れていく

今夜はどこへ飛んでいこう


ここは一冊の本


私の


世界。





『恋文』


まことに勝手なことながら

私にはどうやら想う方がいるようでして

特段愉快な話ではございません

どうかゆるりと聞き流してくださいませ




彼の人をおもう時間は

決して短く

決して長いものではなかったと

僭越ながら思うのです


例えばそれは雪の積もるように

例えばそれは化石の眠る土の層のように

この心の中にへと

積み重なってきたのです




彼の人よ

あなたは私に気付かない

気付いてもらえるほど

私には名も才もない

彼の人よ

今は既にあなたは遠い

隔てられた壁はなにより厚い


それでもなおもこい慕うのは

幾枚の切り取られた景色を

見せていただいたからに他ならぬ


あなたのおどる舞台へは

決して踏み入ることなどできるはずもなし

されども諦めることさえできず

かくて文を連ねるばかり




私がソコにあった時間とは

水が流れるようにいとはやく

風が吹くように心踊るものでした

私がココにある理由とは

あなたの近くにいきたいと

おもう心からなのです




どうかこれを知ってくださいませ

どうか知らないでおいてくださいませ

矛盾が置かれるこの感情は

とても恋慕に似ているものなのでしょう




いつか私が彼の人の

少しでも近くに立てたならば


どうか皆様

思い出して欲しいのです

私という時間がソコにあったことを


どうか皆様

これを知ってしまったのなら

私の本を閉じてくださいませ


いつか再び開く機会を

待っていて欲しいのです






これにて文を綴じましょう

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一冊の本 犬屋小烏本部 @inuya

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