第24話

パラパラと落ちる瓦礫が、倒れ伏した身体に降る。

そこかしこに倒れる衛士たちは、キジによる最初の襲撃の際に通路毎、機銃の雨を受けた者達だった。

その内の1人の背中の上に破片が落ちると、その指がピクリと動いた。

少しづつ丸まっていく指が、床に溜まった埃や砂を握りしめる。

ゆっくりと手が、腕が動きだす。

怪我の有無を確認しながら時間をかけて床に手をつき、膝を曲げて四つん這いになったのは、赤いラインの入ったヘルメットを被った衛士…アルバートだった。

あの時キジの機銃から発射された弾丸はガラスを簡単に粉砕し、壁や床に穴を開け、何人かの衛士の身体を引き裂いた。

だが、運の良いことに自身には当たらず、床の崩壊に巻き込まれて瓦礫の下敷きにもならずに済んだらしい。

「…ふー、スゥー…」

安堵と、肺に異常がないかの確認のために深く息を吐き、ゆっくりと吸う。

そうして身体に大きな異常がないことを確認したアルバートは、四つん這いのままヘルメットを被った顔を上げた。

その緑色の目に映ったのは、誰かの持っていたであろう拳銃が落ちていた。

そういえば、と周りを確認してみたが、自分のライフルが見当たらないことに気付いた。

立ち上がり、少しふらつきそうになる足を踏ん張って耐え、腰のホルスターに手を伸ばしてみたが、手に返ってきた感触はそこになにも無い事を告げていた。

恐らく落ちた際にどこかへ引っかけたのだろう。

(どっちの愛銃にも見捨てられたか…)

若干の寂しさを覚えながら、床に落ちている拳銃へと歩を進めるアルバート。

その下を向いた視線の先に、1組の靴が現れた。

「…っ」

靴が見えた瞬間、下を向いていた視線を上へと引き上げると、その靴の持ち主と目が合った。

お互いの顔が、引き締まる。

目が合った相手は、自分が率いるこの隊で最も信頼できる…そう思っていた相手だった。

あれだけ頼もしく感じていた大柄な身体は、今は違う印象を受ける。

「…よお、ガース。奇遇だな」

アルバートから声をかけられたガースは、何か言葉を口にしようとしたが、途中で口を噤んだ。

何を話そうとしたのか、そして何故やめたのかは分からない。

その代わりにアルバートが口を開いた。

「なあ、ここは一時休戦とはいかないか?」

その言葉に、ガースはやっとその口を開いた。

「魅力的な提案ですが、隊長。自分には、果たさなければいけないことが…」

苦しそうな顔で、苦しそうな声を出すガースは床の銃とアルバートの顔をチラチラと交互に見ている。

それに引き換え、アルバートはガースしか見ていない。

ガースの足や手のみを見るのではなく、ほんの少しピントをずらして全身の様子を満遍なく観察している。

拳銃を取ったものが有利に立てるこの状況で、銃を見ていないアルバートの様子に、ガースの頬を冷や汗が伝う。

「どうした、ガース。すごい汗だぞ」

相手からの言葉に反応することもせず、相手の一挙手一投足を見逃すまいとしながら、いつでも飛び出せるように身構える。

拳銃までの距離は、両者同じくらい。

先に動けば拳銃に近づけられるが、そうすると拾う際に隙が出来てしまい、組みつかれてしまうか殴打されてしまうだろう。

かといって相手に先んじられてしまい、こちらへ向く銃口を躱すことができなければ、死ぬ。

躊躇はないだろう。

こちらは明確に裏切り、上でライフルを向けた。

そんな相手に躊躇うようなぬるい人ではないのは、自分が良く知っている。

そうガースは思った。

その瞬間、頭上の階で爆発音が鳴り響いた。

2人は知る由もないが、シモンとナナを追い詰めようとした衛士たちが投げた手榴弾の爆発だった。

爆発音が鳴った瞬間、2人は同時に動き出した。

ガースは飛び出すように走りながら拳銃に手を伸ばし、そして妙に低い姿勢で走るアルバートはそれよりも遅れて走り出した。

一瞬の意識の差とその妙な姿勢によるものか、スタートダッシュはガースの方が上であり、その速度とお互いの距離から考えて、この分なら相手がこちらに拳や足を叩き込む前に1・2発は撃てる。

そうなれば、この距離では外すことはない以上、自分の勝ちだとガースは確信した。

だがそれも、アルバートが低くした姿勢から腕を大きく上に振り上げたことで崩れ去った。

「ぐあっ!?」

思わず悲鳴を上げるガースの目には、アルバートが投げた砂と埃の混合物がまともに入ってしまった。

痛みによって自然に涙が溢れるが、もちろんそんなものでは洗い流せない。

持ち前のバランス感覚と気力で転倒を回避したが、走るスピードが格段に落ちてしまう。

怯んだ隙を突いて、アルバートが床に落ちた拳銃に手を伸ばす気配がする。

「ぐっ…このっ!」

その気配に向かって、ガースは目を庇いながら蹴りを放った。

破れかぶれに放ったその足に、何かが勢いよくぶつかった感覚があった。

アルバートが驚きの声を上げ、金属製の何かが離れた位置で転がる音を聞いた。

「うおっ!?」

その驚く声が発せられた位置に、ガースは体勢を低くして飛び込んだ。

ヘルメット越しに何かに…十中八九でアルバートにタックルを仕掛けたと分かったガースは、そのまま足を踏み込み押し込んでいく。

アルバートも反撃しようと踏ん張るが、体格や筋力はこちらの方が上だ。

そうして遂に、勢いのついたままで壁に激突した。

「ごふっ!」

腹に押し当てられたガースの肩と勢いによって、アルバートの肺から空気が押し出される。

ついでに胃の内容物があったなら、それも出てきてしまっていただろう。

だが、逃げ遅れたガースの腕を掴んだアルバートの肘が、その肩に叩き込まれた。

骨よ砕けよとばかりに勢いよく振り下ろされた肘を左肩に受け、ガースは左腕全体が痺れてしまう。

その痛みに強張った身体が生んだ致命的な隙を逃さず、アルバートは反対の腕を取るとガースの身体の周りを素早くクルリと回る。

そして、ガースと背中合わせになったアルバートは、ガースの後ろ襟と腰のベルトを掴み、真後ろに勢いよく倒れ込んだ。

その勢いを利用し、さらにガースの腰後ろに片足を当てて押し上げ、そのまま真後ろに投げた。

「っでやあっ!」

変則的な「巴投げ」と言ったところだろうか。

普通の巴投げは正面を向き合った状態で行う技らしいが、研究班が解析した資料をたまたま見たアルバートにとってはどうでもよかった。

ただ、決定的なダメージを「敵」に与え、無力化できるならなんでも良かった。

起き上がったアルバートが、投げたガースに近づいていく。

途中に落ちていた、ガースの蹴りで飛んで行った拳銃を拾い上げて構える。

ガースに向けて銃を構えながらゆっくりと近づいていたアルバートだったが、途中で構えを解いた。

仰向けに倒れているガースの顔を覗き込む。

「…ガース」

アルバートの呟きに、返事はなかった。

おそらく、受け身を取ることなく叩きつけられたことで首が折れたのだろう。

ヘルメットを被っていた頭は無事でも、その衝撃に首が耐えることができなかったようだ。

年下の上官に対して威圧するでもなく、殊更へりくだることもないガースをアルバートはありがたく思っていた。

自分よりも経験があり、頼りがいのある年上の部下。

そんな相手に裏切られたこと、そしてそんな相手を自らの手で殺めたこと。

それらを受け止め飲み下しながら、アルバートは倒れた相手の目を閉じた。

そうしてから首元を探り、かかっていたチェーンを回収した。

チェーンの先に、丸みを帯びた金属の小さな板…ドッグタグが付いている。

死亡した隊員の識別に使われるそれをポケットに入れ、他の隊員の死体のタグも同様に回収する。

「…行くか」

そう呟き、拳銃を構えながら階段に向かっていった。

後ろに残った元部下たちへと振り返ることなく、アルバートは自らの義務を果たしに。

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