第23話
「…シモン、無事?」
その問いかけを聞くのは、何度目になるだろうか。
ナナと合流を果たしたシモンは、彼女の無事に安堵しながら答えようとして、顔を引き攣らせた。
怪我らしい怪我もなく、その装備はシモン同様に衛士から奪ったもので整えられているが、それを見たからではない。
その理由は、ナナの左手で引きずられているモノが目に入ったからだった。
「えーと…、怪我はないよ。そっちも無事でよかった。あー…それでナナ、その引きずっているのは…」
分かっていても聞かずにはいられなかった。
それはどう見ても、衛士の1人である。
手足を結束バンドで縛られ、武装を解除された状態で床を引きずられ、あちこちが埃や土で汚れている。
「た、助け…。許して…!お、おいガk…いや少年!こいつはバケモンかサッキだ!騙されるな!」
弱々しく泣き言を漏らしたと思ったら、いきなり意味不明なことを言い出す衛士。
その言葉にふと思い当たることがあり、シモンはナナを見た。
「ナナ、手の武器を使ったのか?」
シモンの言葉に、ナナは素直に頷いた。
それを見て衛士はまた喚こうと口を開き、ナナが持ったライフルの初弾を装填する音を聞き、慌てて口を閉じた。
「…これは人質兼囮。または情報獲得のための捕虜。何故こんなことになったか、あなたが知っていることを話して」
最後の言葉はシモン相手ではなく、衛士への言葉だった。
ナナは掴んでいた襟後ろから手を離し、ヘルメットと目出し帽を剥ぎ取る。
そこから現れた顔には、今まで目出し帽に隠されていたにも関わらず、どこか見たことがあるような気がした。
ソール内のどこだったのか記憶を辿るシモンの脳裏に、あの副衛士長の顔が浮かび上がった。
(あのベンジャミンとかいう奴に似ている…?)
どことなく面影があるような気がする程度だったが、恐怖に歪んだ顔の衛士が口を開いたことで疑問は氷解した。
「わ、わかった…!なんでも話す!お、俺はダスティ…だ。副衛士長のベンジャミンの弟の…」
そこからはダスティの支離滅裂で、話しが前後どころか左右や上下に脱線や展開しながらの暴露が始まった。
それらの話しをまとめると、今回の騒動の原因が分かった。
簡単に言えば、地位争い…のようなものらしい。
あのドン・ガバレロという男の名前は、先祖から受け継いだ名前だ。
初めてその名を名乗った人物、つまり初代が生まれたのがいつの時代かは分からないらしいが、少なくともこの世界がこの有様になるよりも随分前らしい。
そして、この地にたどり着いた人々がソールの元になった施設を発見し、確保しようとした時に合流。
当時のドン・ガバレロの名を受け継いでいた人物とその家族や部下も協力を申し出た上に、持っていた武器・弾薬を提供することで確保を成功に導いた。
その時の功績からソールの初代統治者になるよう推されたが、それを断った代わりに防衛・警備のための組織を設立し、その長となった。
それから代々の子孫たちは、名前と共にその立場を襲名し続けている。
それが今の「衛士隊」となり、拡大した組織に合わせて副衛士長や実行部隊隊長という肩書を作り、研究者にデータの解析などをさせるまでになった。
「それで…当然だが、それを良く思ってない奴らもいる。ってか、俺の兄貴がその筆頭ってわけ」
喋り続けている内に調子を取り戻し、ペラペラと話すダスティ。
シモンは訝しんで尋ねた。
「今のどこに良く思わないとこがあったんだ?新しく肩書を作ったとこか、どれとも研究者を雇ったところ?」
そのシモンの言葉に、ダスティは信じられないと言いたげな顔で答えた。
「マジかよ…。いや決まってんだろう、衛士隊長の地位を一族で占領し続けてることだろうがよ」
呆れた目でこちらを見るダスティの鼻に、拳をお見舞いしたい欲求に駆られたが、そうするとまた話が進みにくくなるので我慢した。
シモンの様子に気付かず、ダスティは言葉を続けている。
「まあそうか、アウターだもんな…」
そんな失礼な、しかしある意味で的を得たことを言いながら説明を再開した。
良く思われない理由は、この一族が襲名し続けている役職についてだった。
この衛士隊が防衛・警備するのはソール内だけではなく、アウター内も同様なのだ。
ただし、拡大されたアウターに対して人数は少ない。
そのため、もっぱらアウターウォール上に陣取り、そこに設置された固定兵器の運用と見張りが関の山らしい。
そして防衛・警備の仕事の中には、そとからの脅威への対処だけではなく、内側の脅威にもまた同様なのだ。
つまり、ソールの住人の1人が他の住人に危害を加えた時には、それに対処する立場にある。
その権力を悪用し罪をでっちあげれば、自分の気に入らない人物や敵対する人間を無理矢理にでも拘束できるということ。
ドン・ガバレロは町の規模を拡大し人間の勢力圏を前進させ、バケモノやサッキの勢力圏を後退させようとしている、いわゆる「拡大派」である。
その反対勢力である「不拡大派」は、無理に拡大を推し進めた場合、ソールの土地は不変であるのに対し、拡大し続けるアウターがいつか脅威となってソールに押し寄せてくると危惧している。
その「不拡大派」の代表的な人物が彼の兄であるベンジャミン副衛士長であり、今回のこの事態の首謀者ということだった。
今回のこの事態によって衛士隊の一部隊にではあるが壊滅的な被害が発生、急ぎ過ぎた物資の確保、そして息子の死によって力を削がれたドン・ガバレロから地位を奪い取り、副衛士長が繰り上がりで衛士長の椅子に座る。
そういう筋書きであり、一部に予想外のサッキからの襲撃があったが、その目的のほとんどを達成したのだった。
そこで慌ててシモンが口を挟んだ。
「お、おい。ちょっと待てよ。息子?あのおっさんに息子がいて、この部隊に所属してたのか?」
シモンの言葉にキョトンとした顔をしたダスティは、ああと納得した。
「お前らは知らないんだったな。隊長だよ。ヘルメットに赤いラインを引いた、アルバート隊長。あの人は衛士長の息子なんだよ」
あの筋肉の塊のようなおっさんに結婚相手がいたことにも驚いたが、息子もいる上にその年齢が20~30才ほどとなると…。
(いったいいくつなんだ、あのおっさん…)
なんとなくそう思ったシモンだったが、それよりも聞くべきことを思い出した。
「あのおっさんが、不正をしてるってのは本当なのか?つまり、証拠みたいなものが…?」
話したのは数時間前が初めてだったが、そういったことをする様には見えないのだが、何となく気になってしまって尋ねると、ダスティは「ふん」と鼻を鳴らした。
「してるに決まってるだろう。俺だったら間違いなくするね。もっとも、よっぽど隠すのが上手いのか、俺が5年間所属していても証拠どころか噂の影すらも聞こえてこないけど…」
それを聞いてシモンは呆れた。
自分がするから相手もしているはず、という考え方は人間誰しも無意識に考えてしまうものだから、分からなくもない。
しかし、5年も同じ組織に居て、尚且つその息子と同じ部隊に所属していても噂すら聞かないというのに認めないというのは、よほどその一族が憎いらしい。
それとも単に性格がひん曲がっているからだろうか。
(そういえば、トラックで話しかけてきたのはコイツだったな…)
ナナの持っている銃が、例のカービン銃であることに今さらながら気づく。
その時の様子を思い出し、恐らく後者の理由からだろうなと納得した。
その時、銃声が鳴り響いたのが耳に入った。
3人が一斉に身を固くする。
「…っ!?下からか!?」
ナナを見るとこちらを見て頷いている。
もう衛士たちは全員無力化したと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
シモンはナナに目配せし、転がったままのダスティに近づいた。
元は衛士が身に着けていたポーチを探ると、ちょうど良く包帯を見つけて取り出す。
「…ひぃっ!なんだよ、俺はなにも…モゴッ!?」
そのうるさく喚く口を少しでも塞ぐために口に丸めた包帯を詰め、自分が被っていた目出し帽を前後逆に被せておいた。
叫び声が抑制され、目も見れなくなったダスティを置いて、シモンとナナは階段を駆け下りて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます