第22話
ナナはそっと通路の角から顔を覗かせ、すぐに引っ込めた。
その直後、ナナの頭があった場所に数発の弾丸が通り過ぎ、壁を穿った。
彼女がもし人間だったなら、焦りから頭を掻きむしっていたかも知れない。
または、無意味に突撃してしまい、あっさりと撃たれていた可能性もある。
しかしナナは、そういった焦りや緊張などとは無縁だった。
今はただ目の前の障害を乗り越え、シモンと合流するために階段を下りなければならない。
そのためには、階段の前に陣取る衛士たちを突破する必要がある。
ナナはホルスターから自動拳銃を抜き取り、角から腕だけを出して撃ち返した。
ライフルに比べれば、些か頼りない銃声が響く。
当てるつもりはないし、当たるものでもなく牽制のためである。
相手もまた、しっかりと身を隠してこちらの銃撃をやり過ごしている。
同時にこちらの動きを良く見ている。
引っ込んだナナが、足元に転がる大きめの破片を持ち上げて、角の向こうに放り投げた。
間髪入れずに銃声が響き、ライフル弾を撃ち込まれた瓦礫が砕ける。
お互いが攻めあぐね、お互いがつけ入る隙を探っている。
衛士たちは手榴弾を投げてこなくなった。
それが手持ちがなくなったからなのか、それとも投げれば良くないことが起こると身をもって思い知ったからか。
どちらの理由かは分からないが、衛士たちはあのキジのロケット爆撃によって多数の被害が出ていた。
何人かがロケットの爆風をもろに受けて吹き飛び、また何人か瓦礫の崩落に巻き込まれた。
後に残っているのはたったの4人だけ。
4人はキジの攻撃でシモンが落ち、仲間が死んだことで後退したのだ。
キジから攻撃を受ける可能性を少なくし、シモンとナナを合流させないように。
その内の1人は今、下の階に下りて行った。
十中八九、落ちたシモンを探しに行ったのだろうが、もちろんそれは友好的な意味ではない。
ナナはもう一度、瓦礫を放り投げた。
今度はさらに大きな破片で、1mはある。
この破片もまた銃撃を受けて2つに砕けるが、1度目と比べて銃声が少なくなっている。
破片を投げてくると予測していたのだろう。
持っている予備の銃弾も無限ではないし、予備のマガジンに弾を込める暇などないのだから、不用意に弾を無駄にする訳にはいかない。
そう考えているのだろうとナナは推測し、実際にこれは正解だった。
であるからこそナナは片手に銃を構えたまま、もう一度瓦礫を拾い、投げた。
今回投げたのは、同じように1mを超える大きさの瓦礫。
それに対して、衛士たちからの銃弾はない。
3度目ともなれば、こちらの魂胆である弾の浪費は見抜いている。
そう思っていたのだろう。
その瓦礫の後ろに走る、ナナの姿を見るまでは。
凄まじい速さで走るナナの姿を見て慌てる衛士。
ナナの視覚素子が、階段の段差から顔を覗かせた衛士を捉えた。
目出し帽から唯一見える両目が驚愕に見開かれ、すぐさま抱えていた銃を構える。
何の策もなく、ただひたすらに、がむしゃらに走っているようにみえるナナへと照準を合わせる。
それを見たナナは床を蹴って、壁に駆け上がった。
勢いよく壁を蹴り、そのまま壁を走るナナへとさらに驚いた衛士たちが照準を修正したところで、ナナは壁を蹴って床に着地してまた走る。
牽制のために正確な狙いをつけずに衛士が射撃を開始したが、その様子を見たナナは右手に持っていた拳銃を構え、躊躇なく発砲した。
最早ナナと衛士たちの距離は十分縮まっている。
正確無比なナナの射撃は、左側にいた衛士の顔に風穴を開けた。
ヘルメットやボディーアーマーを着用している衛士たちが守っていない、唯一無防備な急所。
そこに2発の弾丸を受けた1人の衛士が崩れ落ちる。
さらにナナは左手で何かを投げた。
それは他の者よりも奥にいて、撃ち尽くしたマガジンを交換する間も惜しんで腰の拳銃を抜き取ろうとした衛士のヘルメットに直撃した。
鈍い音と衝撃に、その衛士は思わず目を瞑りながら仰け反った。
直後に銃声。
慌てて目を開けた彼の目の前には、銃を構えたナナの姿。
「…ば、ばかな!バケモノか、おまえ!一体どういう…!」
驚きと怒りと絶望、その他様々な感情を乗せて叫んだ。
その肩にスリングでかけられたカービン銃が地面に落ち、引き抜こうとした拳銃は弾を1発受けて機関部を破壊される。
「くそっ!認めない、認めないぞ!あんなガキに尻を振っている売女が…!」
ナナを口汚く罵りながら、タクティカルベストに装備していたナイフを抜こうとした衛士に、ナナは展開していた左手の内蔵武器を発射した。
小さな針の生えた子供の小指程の特殊弾が衛士の身体にぶつかる瞬間、
バチン!
という音が鳴ると、衛士は地面に倒れ伏した。
死んだ訳ではなく、電撃によって身体の自由が利かなくなっただけだ。
「…うぅ、くそ」
それでもなお動こうとしていた衛士に対し、ナナは銃を突き付けた。
いつも通りの無表情のまま、ナナは口を開いた。
「…お尻は振っていないし、私は売女ではない」
衛士を見下ろす赤い瞳には何の感情も浮かんでいないが、だからこそ恐ろしく見える。
顔を引き攣らせた衛士の目に、恐怖が浮かぶ。
「…私はガイノイドではあるが、セクサロイドではない。訂正を要求する」
ナナは、相変わらず無表情だった。
その顔の下、彼女のAIが疑似的に再現した感情がどうかは、彼女以外には謎のまま。
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