第21話

ズシャリと音を立てて、シモンは床に滑り落ちた。

どういった偶然かは分からないが、そのまま一直線に落下するのではなく、坂になるように崩れた床のおかげで大した怪我もない。

「痛つつ…。くそ、このビルで落ちるのは2回目だな…。しかし…」

そう呟いたシモンが天井を見上げると、そこにはしっかりと塞がっている。

シモンが床をすり抜けた訳ではもちろんなく、崩壊した壁がシモンと共に落ち、穴を塞いでしまったのだ。

押しつぶされずに済んで幸運だったが、意図せずナナと分断された形になってしまった。

「どうにかして上に戻るか…。それともナナを待つのか…」

どちらにするか悩むシモンだったが、移動を開始した。

待っていても、ナナが来るか敵が来るかも不明な状況なうえに、飛び去ったと思っていたキジが攻撃を仕掛けてきたのだ。

グズグズしていては今度こそ死ぬ。

とりあえず、周囲を確認する。

シモンの落ちた部屋は、どうやら調理を行うための部屋らしい。

パソコンや机の置いてある部屋よりは狭いその部屋には、いくつかの家具や家電が置かれている。

冷蔵庫は酒場の給仕手伝いの時に見たことがあるし、流し台やコンロも同様。

どれも今は機能していないが。

見慣れたものもあれば、そうでない物もある。

それらを持って帰りたい欲を抑え、シモンは指を広げた左手を床についた。

目を閉じて集中する。

パラパラと落ちる瓦礫の破片。

わずかに聞こえる怒声。

銃声と銃弾が壁や床を跳ねる音。

そして、複数の人物が走る足音。

床を通し、壁を通し、イカヅチを通してシモンに伝わる。

その足音の内の1つが、複数の足音が重なり合ったところから離れ、単独で移動を開始したことも。


ざりっという、ごくわずかな足音。

その微かな音を、シモンは聞き逃さなかった。

というよりも、イカヅチはと言った方が正確だろうか。

道中の車内でナナに教わったイカヅチの機能を使い、地面を伝わる振動・音を感知したのだ。

ナナに教えてもらったものの1つで、情報収集に役立つ上に低燃費な機能だ。

その機能で分かったことは、シモンを追ってきた相手が同じフロアまで来たこと、そして人数は一人であること。

シモンを侮っているのだろう。

ふと、シモンは流し台の上に置かれた小さく黄色い物を見つけ、手に取った。

見知ったそれのツマミをカチカチと弄り、元の場所に戻しておく。

(細工は上々、後は仕掛けを御覧じろ…とは言い過ぎかな。上手く行けば良いが…)

祈るような気持ちでゆっくりとした動きで廊下に出ると、階段から見て一つ奥に位置する部屋へと素早く移動する。

その部屋は、最初から出入り口が開いていたので選んだだけで、他に理由はない。

しかし、その部屋を見たシモンは、今からでも別の部屋に移動したいと思わずにはいられなかった。

なぜならその部屋は、割れた窓ガラスが床に散乱し、カーテンが風ではためき、大型テーブルと数脚の椅子しかなかったからだ。

事務机や執務机などの隠れやすいものではなく、潜り込みやすいが見つかりやすくもあるテーブルに、細くて身を隠すこともできない椅子。

窓ガラスのせいで足元が常にジャリジャリと音を立てていて、わずかな身じろぎすら自分の居場所を主張してしまう。

(…くそっ!)

身を潜めるための部屋としては、考えうる中でも最悪の状況に、心の中で悪態を吐くシモンの耳にまた微かな音が聞こえた。

カツン、ジャリッと足音が、イカヅチを使用しなくともわずかに聞こえてくる。

相手もこちらがどこかに潜んでいることを確信しているのだろう。

この部屋に来るまでに、足跡を残してしまっている。

シモンは心を決めて、扉の傍の壁に背中をつけ、懐からリボルバーを取り出した。

シリンダーラッチを押し込み、シリンダーを横に倒す。

そうすることで、シリンダーに弾を込めたり、逆に装填されている弾や空薬莢を取り出すことができる。

シモンはそこにしっかりと弾が装填されていることを確認した。

(全部で6発…)

音が響かないように慎重な手つきでシリンダーを元に戻し、リボルバーを右手でしっかりと保持した。

左手をもう一度、床につける。

少しばかり傷の目立つ、ステンレス鋼製の銃身を見つめ、意識を集中してその時を待つ。

コツッ、ザリッという足音がかなり近づいてくる。

突然、銃声が鳴り響いた。

ドガガガッ!という激しい、連続した銃撃音が周囲に鳴り響いた。

「…っ!」

声を必死に噛み殺す。

こちらにアクションを期待しての銃撃、炙り出しだ。

間抜けにも移動したり、メクラ撃ちをしようものなら、その瞬間に蜂の巣にされていただろう。

カラリ、カランと地面に落ちた薬莢が、軽く澄んだ音を立てる。

しばらくしてからまたコツリと足音が鳴り、遂にシモンの潜む部屋の前で止まった。

「…」

ジャリッと音を立て、部屋の中に入ろうとした瞬間。

ピーッピーッ!という電子音が辺りに鳴り響いた。

それと同時に床から伝わったのは、廊下の同じ場所で何度も鳴った足音。

その音を合図に、シモンは壁から弾かれたように飛び出した。

その視線の先に銃を向ける。

そこに居たのはこちらに背を向け、先程シモンが細工をした部屋に向けてライフルを向ける男の姿だった。

「うおっ!?クソッ…!…あ?」

そんな間抜けな姿をさらし間抜けな声を上げている訳は、先程の電子音だろう。

シモンが残した足跡がその調理室から出て、今シモンが潜む部屋に続いていたのに、無警戒の部屋から物音が出たことに思わず振り向いてしまったのだ。

そして最後に、自分の背後からガラスを踏みしめる音がしたことに、信じがたい思いをしたのだろう。

そんな思いから無意識にか漏れた声を掻き消すように、シモンの手に握られたリボルバーから弾丸が発射された。

先程のライフルと比べたら、格段に軽く甲高い発射音が6発。

そのシリンダー内の弾丸全てを使った銃撃は、シモンと対象との近さもあって、そのほとんどが命中した。

「…っ!」

不意を突いたシモンの銃撃は、6発中3発が背中の防弾プレートに当たり、1発が肩へ、そして1発は外れて壁に穴を空けた。

そして、1発が首へと命中した。

ボディアーマーを着こんでいようとも、ヘルメットを被っていても防げない部分はある。

その最たる部分が、首である。

致命の一撃を受けた相手は、その身体を前に投げ出すように倒れ伏した。

「…ふっ、…ふう」

シモンは、緊張から止まっていた息を再開した。

そのまま固まってしまいそうな身体を無理矢理に動かして、その倒れた兵士に近づいていく。

リボルバーを構え、しかし全弾を撃ち尽くしたことを思い出し、シモンはそれを懐に仕舞い込んだ。

弾をリロードする必要があるが、残念ながらそのための予備弾薬を持っていない。

それに、もうその必要はないだろう。

何故なら、その代わりとなるものが、目の前にあるからだ。

シモンは左腕を後ろに引き、いつでも拳を叩き込めるようにしながら、足元に転がる身体の足を軽く蹴った。

ピクリとも動かないことを確認し、さらに強く蹴ってみるが結果は同じだった。

「よし、間違いないな…」

間違いなく、死んでいる。

そのことを確認したシモンは、その死体から装備を剥ぎ取り始めた。

頭に被ったヘルメットや目出し帽、ボディアーマーはサイズの関係から諦めた。

無理をすれば着られないこともないが、少しばかり重いし、余った部分が動きを阻害する。

それに、背中の部分に銃撃されているため、防弾プレートに穴や亀裂が入っているため、背中に関しては防弾性能が下がってしまっている。

ただ、その3つを諦めても、収穫は十分だ。

タクティカルベストはサイズを調整することで、シモンにも装着できる。

ベストに付いていたポーチ類や、その中身であるマガジンやナイフも手に入った。

そして、最後に銃だ。

太ももに装着されていた拳銃を、それが入れられているホルスターごと取り外す。

慣れないことで少し戸惑うが、自分のベルトにループを通し、長さを調整しながら太ももにベルトを巻き、固定する。

いわゆる、レッグホルスターというやつだ。

しっかりと固定できた事を確認し、そこに収められた銃へと手を伸ばし、抜き放った。

右手の中に納まっている拳銃を見る。

それはリボルバーではなく、自動拳銃…オートマチックピストルと呼ばれるものだ。

ナナの持っている物とは分類上は同じだが、種類が違うようだった。

リボルバーよりも機構が複雑で、故障や弾詰まりが発生しやすく、整備や修理にも時間や手間がかかる。

しかし、リボルバーよりも装弾数が多く、マガジンの交換だけでリロードできるため、利便性はこちらの方が上だ。

(少なくとも、弾のなくなったリボルバーよりはマシだろう)

そう思いながら、拳銃をホルスターにしまった。

シモンは次に、地面に落ちているライフルに手を伸ばした。

「…ごくっ!」

無意識に生唾を飲みながら、拾い上げたライフルを両手で持った。

右手はピストルグリップを握り、片手はハンドガードに添える。

ストックを肩に当てようとして、そんなことをしている場合ではないことを思い出した。

頭を振って雑念を追い出し、銃に付いた紐、スリングを肩にかけた。

これも長さを調節し、走る際に極力邪魔にならないようにして、シモンは走り出した。

向かうは上階、ナナのいるであろう階へ。

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