第20話
ベンジャミンの部下たちは、シモンたちのいる階に到達した。
階段から半身だけを出して銃を構え、不意の遭遇に注意する。
崩壊した廊下やガラスの残骸に少し狼狽えながら、別の通路に歩を進めようとする。
その矢先、進もうとした長い通路の先に、侵攻を阻むように積まれた机や椅子の山が目に入った。
「…!?」
天井の経年劣化によって上階から降ってきたようには見えない。
間違いなく誰かが意図的に積み上げた、即席のバリケードだ。
「生存者がいるぞ!全員、気を付け…ごっ!?」
迂闊にも声を上げたその衛士へと、何かが飛来した。
その飛んできた物がヘルメットに突き刺さり、その衝撃で衛士が後ろに倒れた。。
凄まじい速度で飛来し鈍い音を立て、硬質樹脂製のヘルメットを貫通したのはどう見てもドライバーだった。
樹脂製の青い持ち手が、哀れな衛士の被っていたヘルメットから生えているかのように突き刺さり、一拍遅れて血が吹き出る。
後ろにいた衛士たちは戦慄した。
銃弾でもナイフでもなく、工具で殺されたこと。
それに、またしても何かが飛来し、今度は壁にスパナが突き刺さる。
「くっ!応戦しろ!」
衛士たちは慌てて角や階段に避難し、銃撃を開始した。
「…二投目、外れ」
冷静に告げられた報告に少し残念に思いながら、シモンはバリケードから素早く下がり、元の部屋に戻った。
敵からの銃弾が撃ち込まれたのはすぐだった。
積み上げられたバリケードは、あっさりと穴だらけになっていく。
銃弾を防ぐ目的には作られていない、ごく普通の机なのだから仕方ない。
そもそも、敵の視界からこちらの身を隠すのが目的であり、今の様に無駄に弾を浪費させるのが目的なのだ。
「…そろそろ、相手が冷静になる。移動を推奨」
ナナの言葉に促され、シモンは頷いた。
シモンとナナは、下から衛士たちが来る前に、迎撃の準備をしていた。
といってもそこまで準備の時間はなく、そこらに置かれた大きな机や椅子、部屋の隅に並んだファイルキャビネットを積み上げただけだ。
あとは崩壊したのとは別の廊下に脚立と一緒に置いてあった工具箱を回収し、イカヅチの発揮する膂力で武器として、そして攪乱として使用することにした。
シモンの持つリボルバーは装填した6発しか弾がないし、下手にイカヅチを乱用する訳にもいかない。
ナナは自動拳銃と予備のマガジンがあるし、両手の内蔵武器があるが、たった1丁の銃と2つの武器だけでは太刀打ちできず蜂の巣にされてしまう。
そもそも、ナナの本領は直接的な戦闘ではなく、潜入や偵察、情報収集にある。
だからこそまともに戦わず、消耗させることにした。
バリケードに使用した机たちや、その向こうにある壁が穴だらけになった。
こちらからの応戦がないことで、こちらの様子を確認しようと身を乗り出して来た所に、今度は大型のラチェットレンチをぶん投げた。
「…ふんっ!」
工具箱の大きさ的にギリギリのサイズのレンチは、ブオンと鈍く風を切る音を立てながら飛んで行った。
当たったかどうかの確認もせず、ナナと共に廊下を走る。
その2人の走った後を追うように、虚しく銃弾が壁に穴を開ける。
「くそっ!ガキどもがっ…!」
悪態を吐いた衛士の1人が後ろを向くと、そこには胸部にスパナの直撃を受けて倒れ伏す同僚がいた。
「…ガハッ!」
咳と共に血が口から飛び散る。
ボディーアーマーを着こんでいても、衝撃までは防げない。
衛士になってから受けた座学で、そう教えられたことを思い出した。
ボディーアーマーは銃弾や爆発物の破片から身を守ってくれても、その衝撃は身体に伝わってしまう。
勢いが強かった場合や距離が近かった場合、その強い衝撃によって骨が折れたり、内臓が傷ついてしまう。
この倒れた衛士は、まさにそういう状況なのだろう。
「何なんだ…、あのガキは!」
ただの工具に殺される。
その得体のしれない攻撃に、衛士たちはじっとりと汗が身体を伝うのを止められなかった。
しかし、逃げることは許されない。
ここであの2人を逃がし、町に戻られてしまったら全てがパアになる。
そうなれば自分たちの命はもちろん、自分達の大切なものも全て失ってしまう。
残った衛士たちは互いに顔を見合わせた。
「…追うぞ!」
シモンとナナが衛士たちと命懸けの追いかけっこをしている時。
その存在は全長5mの機体の向きを調整しながら、ビルの周りを旋回していた。
その頭部に搭載されたセンサー類やカメラは、攻撃対象を探していた。
その存在にとって攻撃対象の殲滅は、自身の存在意義だ。
自身に搭載されているAI、ナナに搭載されているそれと比較すると性能の低いものだったが、量産機としては十分な性能を有している。
特に、その全身に装備されている火器類で責め立て、目の前のビルをちょこまかと駆けずり回る者達を追い詰めるには。
AIが自身の状態にチェックを走らせた。
頭部の5.56m軽機関銃、両翼部のマイクロロケットランチャー、それと先ほど使用した背部の7.62mガトリング砲、そのどれにも支障はない。
燃料の消費量と残量から戦闘可能時間を計算する。
予想した殲滅にかかる時間を計算に入れても、余裕で帰還できる。
それを数秒の間に思考した、人々から「キジ」と呼ばれる存在は行動を開始した。
そのセンサーに反応があった地点。
先程攻撃したのと同じ階の別の場所。
そこでは何やら、小規模の爆発が起きていた。
「あぶねえっ!?こんなとこで何考えてんだ!?」
慌てて近くの扉に飛び込みながらそう叫ぶシモンの後ろで、ナナがチラリと後ろを向いた。
廊下を走り、部屋に入り、また廊下へと出る。
ガラス張りの廊下へは近寄らず、左右に曲がり翻弄する。
そうして後ろを追う衛士たちから銃撃を回避していたのだが、それに業を煮やした衛士の1人が腰のポーチから「あるもの」を取り出して投げつけてきたのだ。
先程の工具を投擲された意趣返しなのだろうか。
その「あるもの」とは
それが廊下を転がり、寸でのところで部屋に入ったシモン達の耳へと壁越しに爆発音が響く。
爆発が起きた廊下で、ガラリと音がする。
外とを隔てる壁が崩れたか、それとも床が抜けたか。
そちらにしてもマズい。
「思ったより追い詰められてたみたいだな、奴ら。それとも、他に理由があるのか」
どちらにしても、この状況は良くない。
今のところは爆発による怪我はないが、何時逃げきれずに破片を浴びるか分からない。
相手がいくつの手榴弾を持っているか分からないし、このままでは経年劣化によって脆くなっている床がいつまで持つか分からない。
そうなったら、この階にいる全員が仲良く転落死か、崩落した瓦礫によって圧迫死だ。
「どっちもゴメンだな…。ナナ、階段で下に降りよう。ルートを…」
案内してくれ、という言葉は続かなかった。
シモンたちが避けた手榴弾が崩したのは床ではなく、長年の腐食によって脆くなっていた外壁だった。
たかが壁、普段ならそれだけだ。
しかし、衛士たちもシモンも忘れていた。
というより、何もしてこなかったことで、もう飛び去っていたと思い込んでいたのだ。
崩れた壁から、一度聞けば忘れられない轟音が聞こえてきた時にはもう遅かった。
ドンッ!という、手榴弾が比較にならない爆撃音が連続してシモンの言葉を掻き消した。
キジの両翼部に装備された小型のロケットランチャーから、無数のロケットが発射され、僅かに開いた穴とその周りの壁に着弾したのだ。
その機体速度と機体の振動によって、攻撃は短く狙いも正確さに欠けるが火力は十分だ。
そして、その機体特性をAIが把握していないはずはなく。
キジの攻撃によって、シモン達のいた階はまたしても床が崩壊した。
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