第19話
シモンたちが鋼鉄の鳥から襲撃を受けるよりも少し前。
地上では別の動きがあった。
山ビルの前に停まったトラックの周りで警戒していた衛士たちは、それぞれ割り振られた場所に立ち、周りを警戒していた。
この近くでは、サッキもバケモンもいないとされていたが、一応警戒しない訳にもいかない。
トラックの警備人数を減らした上におざなりな警戒をしていたとして、もしその情報が間違っていて襲撃されてしまいましたでは済まされない。
しかし、中にはどうしても意識が低く、他のことに気を取られる者は存在する。
見張りの役目を与えられた内の一人が、ゴソゴソと腰の小物入れを漁りだした。
(軍の進行は腹次第…ってね)
決して集中力が切れたからではなく、切らさないために小腹を満たそうとしているのだ。
空腹は集中力を乱し、いざという時の頭の回転を鈍らせてしまい咄嗟の動きに支障ができる。
そう考えれば理には適っているが、本来の任務を疎かにしてしまっては結局同じことであるが、それに気付くことはない。
小物入れから出したのは、1本のカロリーバーだ。
シモンの食べた乾パンはアウターで手作りしたものを売っていたものだが、これはソールで作られたものだ。
品質も味も別格で、素材の味そのままな乾パンと違い色々な味が用意されている。
この衛士が取り出したものは、ソール内の畑で栽培されたブドウを干したものを練り込んである。
衛士隊舎で研究者たちが調べているのは、様々な書物やデータたちだ。
かつての時代から残されたソール内の建物には、様々な知識の詰まった本やデータが入った記憶装置があり、スカベンジャー達が持ち帰った同様のものを買い集めている。
そうやって集めた知識の中から、今の人類に役立つ物事を抽出し、まとめるのが彼ら研究者たちの仕事だ。
その知識において、まず一番優先されるのは銃を始めとした武器や兵器…ではない。
最も重要なのは、食だ。
人間は飲み食いしなければ生きていけない。
たとえ銃があっても、それだけでは食べることはできない。
銃を使って誰かから奪おうとしても、そもそもその誰かから奪う食べ物が存在しなければ意味がない。
そうして様々な可食植物を研究・生育し、野生のダマを捕獲して飼育や繁殖を試みている。
全ては研究の成果であり、ブドウもその1つだった。
そのブドウをいずれは交易品として他の町に売りだすつもりらしい。
(衛士になって何が嬉しいって、こういうのが優先的に支給されることだよな…)
そう考えながら、お気に入りのカロリーバーの包みを開けようと四苦八苦する。
グローブを装着しているせいで滑る。
引き金の誤操作をしないように人差し指の部分を切り落としたグローブだが、それ以外はしっかりと覆われているせいだ。
その時後ろから声がかかって、ドキリとした。
「おい、なにやってんだ?しっかり見張っとけよ」
同僚のその声に、内心で隊長ではないことに安堵した衛士は、
「いや、こいつが…っく…!滑って…、なかなかっ…開かなくてよお…」
と手元をグイグイやりながら振り返った。
しかし、その視線は未だに自分の手元とカロリーバーに注がれている。
「…そうか、じゃあナイフを貸してやろう」
その言葉に包みからやっと目を離し、目の前の同僚へと感謝を伝えようと笑顔で口を開く。
だが、その言葉が口から出てくることはなかった。
その開きかけた口に、自分のしている物と同じデザインのグローブを着けた手が覆い被さり、その喉にスルリとナイフが走ったからだ。
冗談のように簡単に肉が削がれ、一瞬遅れてから血管から鮮血が溢れる。
瞬く間に斬られた衛士の首筋や衣服が血に染まっていく。
手がブルブルと震え、カロリーバーが地面へとポトリと落ちる。
「…ぁっ」
最後に言葉にならない、ただの音を血とともに口から溢しながら倒れる衛士。
その手に持ったナイフを血に染めた衛士は、その元同僚へと何の感情も見えない顔と目をしばらく向けていたが、すぐに踵を返した。
地面に倒れた衛士から血が広がり、落ちたカロリーバーの包みが赤く濡れる。
腰の小物入れからボロ布を取り出してナイフに付いた血を拭うと、地面へと捨て去った。
その衛士の目に映るのは同じように始末し、あるいは始末される同僚たち。
自分と同じくナイフで斬り、あるいはワイヤーで締め、首を折る。
そして、その耳に遠くから聞こえるのは、自分達の本当の上司が乗った車両が近づいてくる走行音だった。
「出迎えご苦労。それで状況は?」
車両から降りた人物が尋ねて来た言葉に、衛士は敬礼しながらすぐに答えた。
「ハッ、現在2階に1班が。そちらは制圧済みです。残りは上階に向かっている最中です」
事前に通信端末で密かにやり取りをしていた情報を伝える衛士。
答えた衛士に向かって、尋ねてきた人物は愉快そうに鼻を鳴らした。
「フン、わざわざご苦労なことだな。…まだ通信は?」
尋ねた人物へ、衛士は首を横にふった。
事前の打ち合わせでは、事を起こした際に通信を送ってくるようにとなっているはずだった。
「いえ、まだです。おそらくタイミングを計っているのかと。万が一にも逃げられたり、反撃に合わない位置を」
返ってきたその答えに、質問した人物は納得したのか頷いた。
その人物がまた口を開こうとした次の瞬間、遠くから甲高い音が近づき、瞬く間に轟音となって接近してきた。
その場にいた全員が驚き慌てる中、さらに凄まじい轟音が辺りに鳴り響いた。
この付近にはバケモンは近寄らず、サッキの巡回ルートにも入っていないはずだったが、そうではなかった。
車両付近にいた者たちは知る由もないが、上空を飛ぶ『キジ』からの攻撃がシモンたちを襲った瞬間だった。
パラパラ、カランコロンと落ちてくるガラス片やコンクリート片が車両や咄嗟に頭を庇った衛士たちへと降り注ぐ。
その轟音でどうなったか確認しようとした衛士たちが見たのは、粉砕されたガラス窓や壁だった。
あの場にいた者は助かるはずがない。
自分達の仲間ごと、対象が死んだのは間違いなかった。
「…ベンジャミン副衛士長、どうなさいますか?」
衛士は自分の本当の上司に尋ねた。
今はチャンスなのだ。
あの男が町を離れ、このビルに入ったことは千載一遇の機会である。
自分たちはこの機会を存分に利用し、期を逃すことのないようにしなければならない。
そして、どういった運命の悪戯なのか、恐らくは飛行型のサッキであろう存在からの攻撃によってバラバラになってしまったのだろう。
山ビルの一部と、他の潜入したもの達も同じ運命を辿ってしまったのだろうが。
「…今すぐに死体の確認を。」
その言葉に、周りにいた衛士たちは弾かれたように走り出し、山ビル内に突入した。
隅に大穴の空いた床のある一階を素早く通り抜け、二階へと上る。
それを見ていたベンジャミンは、ニンマリと邪悪な顔で微笑んだ。
「…ついに、私の手に収まる時が来た!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます