第18話

「…どうするの、シモン?」

他の衛士の視線が自分たちから外れた隙に接触回線を繋いだナナの冷静な声を聞き、シモンはこちらを見るナナへと頷いて見せた。

この状況では、仕方がない。

このまま静観していたら、奮闘虚しくアルバートは殺され、自分達も同様だろう。

もう一人の哀れな衛士がどうなるか、アルバートがどうなるかは知らないが、とりあえず自分達の安全と生命のために反撃するしかない。

「ナナ、戦…あれはなんだ?」

戦闘を始めようとした矢先、ナナの方を向いたシモンの視界に、妙なものが見えた。

ナナのいる窓側、その窓の向こう。

全面がガラス張りになっているそこには、空が見えている。

その空にポツンと浮かぶ、黒い点。

それがゆっくりと移動していた。

いや、それは遠くにあるからゆっくりに見えるだけで、実際にはかなりの速度で近づいてきているのだ。

シモンの視線から、窓の方に視線を移したナナ。

その瞬間、彼女の身体スペックの限りを一瞬にして発揮し、床を蹴った。

「…シモン、衝撃に備えて。イカヅチを後ろに思い切り振りぬいて」

床を蹴りつける直前、そう言ったナナの顔が自身の顔に触れそうなくらいに近づき、身体に衝撃が走る。

「…ごっ!?」

肺の中の空気が全て出て行ったのではないか、と思うくらいの衝撃。

混乱しそうな中で、ナナの言葉を信じ、左腕で力任せに後ろを殴りつけた。

(一体なにを!?)

そう一瞬思考したシモンの視界に写る全てが、ゆっくりと流れだす。

突然のナナの奇行に驚き、反応できていない衛士たちの動き。

その衛士たちの不意を突き、突き付けられた拳銃をライフルで払うアルバート。

そして、窓の外に見えた黒点が凄まじいスピードで近づき、今やその姿がはっきりと分かる。

安定翼を羽ばたかせ、後部のジェットエンジンから炎を噴き出し、可変型ノズルを稼働させグングンと近づいてくる。

取り込んだ空気と科学燃料を燃やし、炎を噴射するエンジンの凄まじい噴射音によって、ビリビリと窓ガラスが振動する。

「…なんだ!?サッキか!?」

シモンの知覚では、ひどくゆっくりとした衛士のその言葉は、彼の最後の言葉となった。

シモンはナナにタックルされ、窓の反対側にある壁に押し付けられる直前、周囲の流れる速度が元に戻った。

そして、シモンの繰り出した裏拳の出来損ないのような、歪な軌道を描いた拳が壁を粉砕するのと、凄まじい音と先程のタックルとは比較にならない衝撃が走るのは同時だった。


ブヴゥウウゥゥゥゥウン…


その音はまるで、もし巨大化した金属製のダマがいたとしたら上げるであろう鳴き声のようだった。

凄まじい音と共に飛来し、また凄まじいジェットエンジンの音を立てて飛び去って行ったのは、飛行型のサッキである「キジ」と呼ばれているものだとシモンは思い出した。

シモン自身は出会ったことはなく、町のスカベンジャーの会話を聞いて知った存在。

そいつらは、背の高い建物物を探索している際に空から突然襲撃し、対象の姿が見えなくなるか死ぬまで全身に装備された武装を使って一撃離脱を繰り返すらしい。

地上へは見向きもせず低空を飛行することもしないので、大抵はスカベンジャーでも運がよかったり、そういった建物に潜入したりしない者はまったく遭遇しないサッキだった。

ただし、遭遇してしまえば厄介極まりない、サッキの中でも特に恐ろしい機体の1つである。

「…シモン、無事?」

ナナが、最初に出会った際のやり取りを思い出させる質問をしてくる。

押し倒されたことで、目の前にあるナナの顔が気恥ずかしく、シモンは頷くと直ぐに身を起こした。

「ああ、なんとか…。こんな時に『トキ』の襲撃を受けるとはな…。運が良いんだか悪いんだか…」

シモンたちが転がり込んだ壁の向こうは、少しばかり広い部屋だった。

真ん中にかなり大きなテーブルが鎮座し、その周りには複数の椅子が等間隔に配置されている。

シモンが砕いた部分とは別の壁には、プロジェクターやホワイトボードが置かれている。

あれだけ激しかった轟音が、今は微かに遠くで鳴っているのが聞こえるのみだった。

2人の後ろの廊下からは最早、埃やガレキの崩れる僅かなパラパラという物音しか聞こえない。

「…先ほどの戦闘用飛行機体の名称を『トキ』に設定」

ナナの呟きが広い部屋にポツリと広がる。

こんな状況でもマイペースなナナに、シモンは話しかけた。

「兎に角ここから離れるか。もうお宝がどうとか言ってる場合でもないし…」

あのキジも何時戻ってきてしまうか分からない。

シモンは砕いた壁から少しだけ頭を出し、辺りの様子を探ろうとした。

しかし、その酷い有様を見て、助かったものはいないだろうと確信した。

当然ながらガラスは粉々になり、シモン達がいる部屋との間にある壁にはいくつもの大きな弾痕が開き、床は完全に崩壊してしまっている。

当然その場にはアルバートを含む衛士たちの死体も、下の階に落ちてしまっているのだろう。

廊下にいた衛士たちは、裏切り者たちも裏切られた者たちも等しく全滅したということになる。

この場の責任者であるアルバートが死んでしまったことになるが、下の階に残った衛士たちがこちらを見逃してくれて、なおかつ町まで送り届けてくれるかと言えば…。

(すんなりと了承して、後ろからズドンか。それとも姿を見かけたら、問答無用で蜂の巣か…)

どちらにしても戦闘は避けられないということだ。

シモンはナナを見た。

「ナナ、下の階へ行こう。途中で衛士たちから攻撃を受けるかもしれないから見つからないように。車とお宝は諦めよう」

お宝や儲け話に命を懸けるスカベンジャーとしては失格かもしれないが、シモンにとっては命の方が大切だ。

ここから町へ歩いて行くのは2度目になるが、それほど時間のかかる距離でもない。

それでも町に着くころには夜になってしまうのは確実だが。

しかし、ナナの返事はなく、訝しむシモンに対して、目を閉じたナナは「シーッ」と言いたげに口元に人差し指を縦にあてがった。

口や目などに向けられていたAIの五感リソースの一部を閉じ、その分を聴覚に集中させる。

しばらくそうしていたが、ナナが唐突に口を開いた。

「…下の階から複数の足音」

下の階に待機していた者たちも裏切っていたのだろう。

そして先ほどの機銃の音を聞いて何事か起こったことを察し、確認のために駆けつけて来たようだ。

(ナナと協力すれば、裏をかくことは簡単なハズ…)

下に残った班は確か5人だけだったはずで、その全員が裏切っていたとしてもシモンとナナなら出し抜くことは容易だ。

だが、そのシモンの予想はあっさりとナナに覆された。

閉じていた目を含め、五感のリソースパラメータを元に戻し、目を開いたナナはシモンを見た。

「…足音から衛士と判断。推定12人」

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