第17話
「…フスー」
行儀の悪さを自覚しながらも、目出し帽越しに鼻でため息を吐いたのは、この出動した隊の紅一点であるミーナだった。
全衛士隊員の中ならそれなりの人数がいる女性衛士だったが、今回は自分一人である。
その自分がため息を吐いたその理由は、少しばかり離れた位置にある扉だった。
その時のことを思い出し、さらにため息を吐きたくなってしまう。
閉まっていたドアを開けた際、中の状況を確認しようとした矢先、後ろから子供の声が響いた。
「ちょい待って。迂闊に入らない方が良い」
特に緊迫感を持った訳でも、特別大きな声を張り上げた訳でもないその声。
ビル内にはサッキやバケモンがいない可能性が高いと事前に聞いていたが、それでも町の外での任務とあって緊張していたミーナや他の者を押し留めるのには十分な声だった。
不快気な、あるいは不審げな視線を一身に受け止めたその子供。
スカベンジャーのシモンと名乗った少年は、その視線に怯むことなく堂々としていた。
「部屋内は扉を閉め切られてたから、空気の対流がないハズ。だから何かのガスが充満している場合もあるし、あるいは急に起こった対流で埃が舞うこともある。どっちにしても肺や鼻の粘膜をやられてしまう」
その言葉を受けて、ミーナは素直に扉の近くから離れた。
扉の近くにいた他の衛士はそれを見て、シモンに対して舌打ちや聞き取れないようにモゴモゴと呟きながら、のそのそと離れる。
ミーナはシモンやナナに対して、他の衛士たちと違って特別厭わしく思ってはいない。
確かにシモンの服装はみすぼらしく、肌も汚れていて、少々見た目は良くない。
ナナはフード付きのポンチョで顔や服装を隠している上に表情に変化がなく、何を考えているのか分からない。
それに道中の、トラック内でナナの口から発せられた爆弾発言も、印象としてはマイナスだった。
しかし、彼らは自分達よりも年下の子供である。
歳は2人とも、おそらく14才くらいだろうか。
それなら自分よりも6つは下で、この隊の最年長よりも20は下だ。
そんな子供が、完全武装をした自分達へと対等に口を利き、危うく鼻や肺をやられるところを止めてくれたのだ。
しかも、この隊についてくる前は、ドン・ガバレロ衛士長と直接対面し、何事か話し合っていたと思ったら、何故か自分たちについて来ることになったのだ。
あの強面の、ミーナが未だに緊張するほどの雰囲気を持った人物と交渉するなど、自分が彼らと同じ年齢だった時に同じことができただろうか。
ミーナはこの時「シモンが隊について行きたいと交渉した」と勘違いしていたが、残念ながらそれを訂正する者はいなかった。
勘違いをしているとはいえ、とりあえずシモンとナナへの感情は他に比べたらマシな方だった。
だが、全員がそうではないのは、理解していた。
「…チッ。エラそうに。女とよろしくしてるだけのガキが」
そんな小さな、恐らくシモンには聞こえないような声がミーナには聞こえてしまった。
目出し帽で見えない顔を顰めるミーナ。
(私たちのことを考えて教えてくれたのに…)
人間の感情は理屈ではなく、そう簡単に印象が変わることは無いと言っても、そこまで言うことかと呟きの主に視線を送るミーナ。
その人物の手に握られたカービン銃が目に入ると、少し納得してしまう。
あのトラックでの唯一の会話。
その時にナナから一蹴されたことを逆恨みしているのだろうか。
(まあ、あれだけ見事な秒殺、一刀両断されるのも当然でしょうけど…)
そう思うくらいに、評判の悪い人物だった。
隊内でも声をかけられた女性衛士は多く、断るとグチグチと嫌味や陰口を言う人物ということで、女性衛士から嫌われている人物だった。
ミーナ自身も声をかけられたが、その時はとある人物に仕事を頼まれたことで誘いを穏便に終わらせることができた。
代わりにノリが良く、男性陣からはそこまで嫌われていないようだった。
しかも、あのベンジャミン副衛士長の実弟ということで、彼に取り入ろうとする者のいる。
その男の言葉を聞いてしまい、自分の事でもないのに腹立たしく、悔しい思いを覚えるミーナ。
ため息はそれが理由だった。
「確認作業は後だ、時間が惜しい。何故かは知らんが出発が遅かったからな。班をひとつ残して上階に行くぞ」
アルバートからの指示が下ると、全員がキビキビと動き出した。
二階中の扉を開き、その内部の状況や敵の有無を確認したあとのことである。
広い面積に見合った数の部屋や広い廊下を移動し、そのお宝の数に驚き、その運搬の大変さを想像していたが、まだまだ上の階がある。
そこにもお宝が眠っているはずで、それら全てを一度には持って帰れないとしても、それではどれだけのトラックがあれば良いのかを報告するためにも確認は必須だった。
残って物品の確認と、せめて2階にある分は回収するために運搬を任されたのは、ミーナの所属する班だった。
これも大事な仕事だと、フンスと気合を入れるミーナ。
「何かあれば無線で連絡を入れろ。事前に情報があった階はここまでだ。気を引き締めて行け」
そう言うと、アルバートたちは階段を上って行った。
その中にはシモンとナナの姿もある。
(気を付けてね…)
ミーナはシモンとナナ、それにある1人の背中に内心で声をかけた。
その後ろで、カチャンという金属音が鳴った。
それは聞き間違いでなければ、確かにライフルのコッキング音だった。
カツンコツンと、足音を極力立てないように階段を上る。
階段に設置された手すりの陰から少しだけ顔を出し、周囲を確認する。
先行したその衛士の手招きで、その下に待機していた衛士が後を追うように進んで行く。
2階から移動した一行は、現在7階だった。
この山ビルという建物はとにかく巨大であり、広大だ。
1つのフロアを探索するにも、階段を上るにも一苦労であり、探索は後回しにしたにもかかわらず疲労を感じる。
「…ふう…ふう」
と息を吐きながら懸命に階段を上って行く一行。
次の階に移動するためには、この階ではどうやら遠回りをしなければいけないらしい。
一行の目の前には本来なら階段があるはずだが、どう見てもそこには階段はなく、あるのは瓦礫の山だった。
経年劣化による崩壊か、それとも上で崩れている部分から瓦礫でも降ってきたか。
理由は何にせよ、階段を使えないということは分かった。
「…おい、マジかよ。くそっ!」
先頭を歩いていた衛士がかすれた声で悪態を吐くが、気持ちは皆同じだった。
しかし、悪態を吐いたところで解決することでもない。
「仕方ない、通路を進め。他に上階へ上れる方法があるかもしれん」
アルバートの言葉に先頭の衛士が頷き、再び歩き出す。
それに他が続いた。
一面ガラス張りの廊下を歩く一行は、その光景に少しばかり圧倒された。
ここまで高い建築物は、今の人類には造ることはできないし、造る必要もない。
なので、今までにこんな高さから周りの景色を見ることもなかった。
少し離れた位置に、自分達の住む町が見える。
自分が生まれる前、今や町の中心となった大きな施設と広大な敷地を確保し、その周りに人々が集まり大きな壁を造り、サッキやバケモンから守ってきた町。
その発展に貢献できる重要な任務と、それを命じた自分達の上司。
それを思い浮かべていたアルバートは、後ろから聞こえてきた金属音に反応した。
聞き覚えのあるその音は、自分や部下達の持っているライフルのコッキング音だ。
(…っ!?)
思考するのが早いか、身体が動くのが早いか。
訓練を積んだ兵士特有の反応速度を見せて振り向き、銃を構えたアルバートの目に映ったのは、自身に突き付けられる銃口と、その先にある見知った姿だった。
「何の真似だ、ガース!?」
鋭い視線、まるで敵を見るような目でこちらを見る部下に声を上げるアルバート。
その背中に、別の人物から銃が突きつけられる。
「…な!?」
周りを見渡すと、突き付けられているのは自分だけではない。
この場にいるのは12人。
その内の自分を含め4人へと銃口が向けられている。
シモンとナナもその内に入っている。
「…何のマネだ。冗談で済むとは…」
ライフルを構えなおし、眼前のガースへと視線を向けながら問おうとするアルバートへと、真横から拳銃が頭に突き付けられる。
「ええ、もちろん。冗談ではありませんし、伊達や酔狂でこうしている訳ではありませんよ、隊長」
銃口の奥に装填されている銃弾が視認できそうな、撃たれれば間違いなく即死するであろう位置。
その位置で構えられた拳銃とその持ち主を睨みつけながら、アルバートは目出し帽の下で汗を滲ませた。
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