第16話
ブロロロ、というエンジン音の三重奏が荒野に響く。
山ビルへの道案内は必要ない。
周辺の建築物にも背が高いものがあるが、山ビルは別格だ。
折れてなお高いその威容は、イヤでも目に付く。
そのビルに向かう道中、シモンは隣のナナと手を重ねていた。
傍目には恋人といちゃつく、軽薄な輩に見えているかもしれないが、実際はそうではない。
確かに、ナナの手は人工物とは思えない程に柔らかく、温かいが。
「…シモン、どう?」
ナナとシモンは、接触回線を繋いでいた。
二人の目線は、お互いに向けられることなく、どちらも床を見ている。
シモンは難しい顔で、もし声が出せる状況なら唸り声を上げていただろう。
「…何とかなるかな。兎に角、俺のイメージが重要なんだよな」
ナナに教わっていたのは、イカヅチのとある機能についてだった。
マニュアルを読むことなく、カバンに突っ込んだまま放置していたことで、シモンはその機能を知らず、文字通りただ力任せに振るうことしかしてこなかった。
そのマニュアルを今ここで読む訳にも行かず、ナナにインプットされていた情報を簡潔に伝えていたのだ。
「…そう。けど、気を付けて。何でも出来る訳ではない。使用しすぎれば命に関わる」
シモンは、グリズを倒し、ビルから町へ帰ったあとの急激な空腹感…飢餓感を思い出していた。
あの時そうなったのは、「あの光」を使ったからだったのだろう。
それを伝えると、ナナは伏せていた顔を上げ、シモンを見た。
それを感じ取ったシモンもまた、ナナを見る。
「…それは…、危ないところ。恐らく、緊急事態のために共食いしたイカヅチが、エネルギーを貯め込んでいたから、それだけで済んだ。もし、それがなかったら…」
死んでいた、ということだろう。
身体が冷えたように感じたシモンは、ゾクリと一度だけ身体を震わせた。
「分かった。多用は控えるよ。俺とナナに危険が迫ったら、控えられる保証はないけど…」
そう言って、ナナに笑いかけるシモンに、ナナは首を傾けて何かを言おうとしたが、それは遮られた。
「おい、見せつけてくれるじゃあないか」
シモンとナナの視線が、無粋な声の元へ向いた。
それは、シモンたちの斜め向かいに座る衛士だった。
他の連中と恰好が同じであり、背格好に特徴がないせいで、見分けがつかない。
唯一違う点を探したシモンの目に、その男が手に持つ、他の衛士が持つ物よりも短いライフルが目に映った。
所謂、カービンライフルやアサルトカービンと呼ばれるもので、銃身やストックを短くし、閉所や近距離戦闘に適応させたものだ。
他の衛士と違うライフルを持っているからには、何かしら秀でるものがあるのか、他に理由があるのだろうか。
「こっちはむさ苦しい男に挟まれているってのに…。なあ、お嬢さん。何でそんなヤツといるんだい?そんなやつの隣よりも、こっちに来ないか?」
恐らく張本人を除いた、このトラックに座る全員の意見が一致しただろう。
『むさ苦しいのはおまえも同じだろう』と。
シモンはさっそく、イカヅチの機能の実験に取り掛かろうかと思った。
(こういうバカはどこにでもいるな。そして、大体こういうやつは痛い目に合わなきゃ分からないんだよな…)
しかし、それはナナに止められた。
接触回線ではなく、その口から出た言葉によって。
「…何故、あなたの隣に行かなければいけないのか、理解不能。わたしはシモンのモノだから、シモンの隣にいるのは当然」
動きを止めたシモンは、右手でゆっくりと顔を覆い隠した。
その手を貫通しそうな勢いで、複数の視線が突き刺さる。
(あー…、ナナさーん…)
それからの道中、荷台の中は静かだった。
「到着!降車、急げ!」
そのアルバートの声が聞こえた瞬間、素晴らしい速度でシモンが荷台から降りた。
その後にナナが続き、他の衛士も続々と降りていく。
助手席に座っていたアルバートは既に降り立っていて、皆がその前に整列していく。
全員がそろったのを確認したアルバートは、声を張り上げた。
「皆、聞け!今回の任務は、この超高層建築物、通称『山ビル』の探索と物品の回収だ。」
その時、頭上から大きな音が鳴り響いた。
…ブオオオオオオォォォォォォォ…ン…
この音を初めて聞いたものの反応は、大抵同じになる。
驚き、慌てて周囲を見る衛士たち。
中にはライフルのコッキングレバーを引いて初弾を装填し、構えるものもいる。
「落ち着けぇ!話によれば、これは折れた上階を通る風の音だ。バケモンでもサッキでもない。だが、中に危険が潜んでいる可能性はゼロではない!」
衛士たちの間に、緊張や不安が広がるが、怯えたり逃げようとする者はいなかった。
全員を見回し、その視線が自分に集中していることを確認したアルバートは引き締めた顔のまま続けた。
「このビル内を探索し、パソコンやその他の設備、価値のあるものを回収。それが今回の任務だ。スカベンジャーと同じようなことをすることに不快感を感じるものもいるだろう」
そこまで言うと、シモンたちにチラリと視線を寄越し、何事も無かったように逸らす。
その一瞬、目が合った瞬間に、シモンは片方の口角をワザと上げて見せた。
「しかし、これはドン・ガバレロ衛士長のため、引いてはソールとアウター双方の発展のための任務だ。心してかかれ!」
目出し帽のせいで分からないが、納得の行かない者もいるだろうが、表面的には全員が了解の返事を返した。
アルバートはそれに頷くと、今度はしっかりとシモンの方を向いて口を開いた。
「…それと、今回の任務において、この山ビルに侵入、探索の経験のあるスカベンジャーである、シモンとナナの二人が同行する。彼らの助言や忠告には、出来る限り耳を傾けるように」
その言葉に、列の最前列の真ん中、つまりアルバートの正面に立っているシモンとその隣のナナに視線が集まる。
アルバートから、顎をしゃくられたシモンは、ため息を噛み殺してから前に進み出た。
ナナもそれに続き、アルバートの隣に2人で並び立つと、シモンは口を開いた。
「…あー、じゃあ改めて、俺はシモン。こっちはナナ。俺らは口を出すだけで、非常時以外は手は出さない。荷運びはそっちに任せるよ。邪魔になると申し訳ないから。分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
伝えるべきことを考え、まとめるために一拍置いてから、シモンはまた口を開いた。
「中は電気系統が止まってるから、明かりがない。それと、自動扉も動かないから力尽くで開けるか、無視するかだ。一階にはめぼしいものはないけど、大穴が開いてるから落ちないように。地下への階段があるけど、暗すぎるからなにがあるかは不明。後回しにして2階を探索するのを推奨する…。それくらいかな…」
地下の話しはあまりしたくなかったが、シモンが開けっ放しにしたままの扉を思い出し、誤魔化して話す。
実際、地下の一部には非常灯が点いてはいるが、それでもなお暗かったので嘘はついていない。
シモンはアルバートの方を見て、顎をしゃくってみせた。
これ以上話すとボロが出そうだし、後は実際に入ってからでも良いと思ったからだ。
それに、先程同じことをされたので、そのお返しである。
「ふー…。…総員、任務開始だ。ガース、ヒデは俺と来い」
ため息の代わりに、細く息を吐きながらアルバートが宣言した途端、全員がキビキビと動き出した。
トラックの運転手たちと助手席に座っていた者たちは、そのままトラックの護衛兼見張りに立つようだ。
それ以外の衛士たちは、それぞれ3~5人で一組になって班を作り、隊列を組んで動き出した。
その中で、二人の衛士がアルバートの傍に近づいて行く。
ガースと呼ばれたのは、よく日焼けした黒い肌の男で、ヒデは矮躯の男だった。
「シモンとナナ、お前たちも俺たちと行動してもらうぞ。ついてこい」
シモンは素直に従い、追従する。
一組がビルの入り口に入らず、建物の脇にある道へと進んで行く。
どうやら、他に入り口がないか確認するらしい。
他の班が入り口に近づき、警戒しながら進んで行く。
その動きは、流石に訓練を積んでいるだけあって素早い。
シモンたちは最後に入って行く。
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