第15話
「…つまり、町のためではなく、権力争いのためにお宝を手に入れたいと?」
珍しくナナが口を開いた。
「残念ながら、ソール内は拡大派と不拡大派に別れていてね。政治的工作をしようにも、資金が必要なのだ。意見を通すにも、味方を増やすにも、何事にも金がかかるのはどこでも同じさ」
シモンにはチンプンカンプンな言葉だったが、とりあえず分かったことがある。
(情報の対価をもらって、さっさと帰った方が良いな)
ということだった。
面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだし、そういう難しいことは頭の良い、まともな教育を受けた者に任せるに限る。
「話しは分かったよ、ガバレロさん。それじゃ、俺たちへの報酬をくれるかい?貰ったら邪魔にならないように、さっさと帰るからさ」
そのシモンの面倒ごとに巻き込まれないようとした言葉は、残念ながら無視されてしまった。
「そこで、君たちに情報を求めたのだが、大当たりだった訳だ。そこで、もうひとつの頼みだが…」
シモンは内心で呻いた。
(ほら来たぞ。絶対に面倒なやつだ。間違いない…)
その読みは、シモンにとっては残念なことに当たっていた。
「君達にも、山ビルの探索に同行してもらいたい」
ガバレロは真剣な顔で言った。
シモンもまた、真剣な顔で言葉を発する。
「イヤだ。そもそも必要ないだろう。あんたの部下を探索に行かせるんなら、人手は十分だ。それに俺たちは訓練なんて受けてないんだから、そっちの足を引っ張るだけだろう」
それ以外にも、自分を連行した連中に背中を預けられないし、単純に荷物を運ぶ苦労をしたくないからだ。
特に今は、左腕のせいで腹が減りやすい身体になってしまっているから尚更だ。
「…残念ながら、そうもいかん。部下は兵士として、警邏・警備や護衛のための訓練はしているが、スカベンジャーとしての訓練や経験など積んでいない。それに一度でも探索した経験のある君達が居れば心強い。頼む、報酬は弾もう」
シモンは唸った。
報酬の中身を言わないあたり、ビル内のお宝がどれほどの量があるか分からないからだろう。
シモン自身も2階までしか行っていないし、2階自体も隅々まで探索した訳ではない。
(絶対にお宝はあるから大丈夫!と言えないからなぁ…)
それに、ガバレロの言葉は本心だろう。
何がどこにあって、どう外し、どう持っていくのか。
どれが高値で売れて、どれが捨て値でしか買い取ってくれないのか。
そういったことは、ソール内の住人には判断できない部分があるだろう。
(見当違いな所を探られて、思ったよりお宝が手に入らなかったから報酬も減らすね。なんてなったら癪だしな…)
シモンは決心した。
もう既に面倒ごとに巻き込まれているのだから、あともう少しくらい付き合ってやって、しっかりと貰うものを貰って帰ろうと。
(報酬を出来る限り、ふんだくってやる…そうだ)
シモンはしぶしぶ頷いた。
「分かったよ、ガバレロさん。ただし、報酬のほんの一部をここで払ってもらえるかい?」
ガバレロは破顔しながら頷いた。
「おお、受けてくれるか。もちろん、この場で払えるものなら何でも…とは言えないが、用意できるものなら用意しよう」
その言葉に、シモンも笑顔を返した。
自分の腹に手を当てると、朝に食べたものをすっかりと消化し、次はまだかと待ちわびている。
「俺たちに、飯を食わせてもらいたい」
シモンたちが連行されて来たこの衛士隊舎には、その広さに見合ったいくつもの部屋がある。
衛士の寝泊りする部屋、勉学を受ける部屋、研究、入浴、トレーニング、屋外には射撃訓練ができる場所もある。
その中で、1,2を争うほど重要な部屋が、大食堂である。
文字通り大きな部屋に、テーブルとイスが所狭しと並び、奥の厨房では十数人がかりで食事を作っている。
そんな食堂では、すでに昼食の時間を過ぎているにも関わらず、給仕が仕事をしていた。
いつもは隊員や研究者たちは決まった時間に食事をとる規則なのだが、今日は違った。
普段ならテーブルの上を片付け終わり、拭き掃除もさっさと済ませ、休憩に入るような時間。
そんな時間に、ドン・ガバレロ衛士長が直々に案内し、食事を振舞うようにと言われたのだ。
最初は昼の残りを温めたものでやり過ごそうと思ったが、途中から急遽、休憩に入っていた料理人が呼び戻された。
その原因は、今もテーブルに着いて料理を掻き込んでいる。
バスケットの中の丸いパンを掴む。
今まで触ったことのない感触に、少し戸惑ってしまうが、そのまま口に運ぶ。
ガブリと噛みつくと、今まで食べていたパンと同じ食べ物なのか、疑問に思ってしまう程のフワフワとした食感に感動してしまう。
一気に半分ほど、がふがふと食べ進めると、隣から声がかかった。
「…シモン、このシチューもおいしい」
ナナが、深皿から木製の匙で中身を掬い上げながら言った。
しっかりと姿勢を正しながら、黙々と食べているナナは、それほど早い動きには見えない。
しかし、その前に積まれた空になった皿は、シモンにも劣らぬ量だ。
シモンもシチューの匙に手を伸ばそうとして、目の前のダマステーキが乗っていた鉄板を邪魔気に脇へどけた。
既にその上に乗っていた分厚い肉は、シモンの胃の中に納まっている。
静かに食べるナナと違い、シモンはズルズルと音を立ててシチューを啜る。
一方、ナナはサラダに取り掛かっていた。
その様子を、シモンの向かい側の席に座り、コーヒーカップを片手にしたガバレロが、唖然とした顔で見ていた。
その隣には、同じような顔でアルバートが座っている。
凄まじい食欲だった。
昼の残りといっても、それは十分に大人が腹いっぱいになる量だ。
普段から激しい訓練をして、鍛えた身体を持つ衛士たちは、かなりの大食いたちである。
そんな彼らを満足させるために、ボリュームには気を使っている。
それが、この2人の子供は、すでに3人前づつは食べているが、勢いが止まる気配がない。
彼らは知らないが、イカヅチの維持・稼働に必要なエネルギーを確保するために、シモンの胃の容量と代謝速度は、本人も知らぬ間に拡張されている。
さらに、ナナに至っては胃そのものが存在しない。
ナナの口に入った物体は、喉と食道を模した人口の有機機関を通り、小型の有機分解炉に送られ、その場で消滅する。
分解炉でも消すことのできない、僅かな量の鉄分やカリウムは、両腕部に送られ、内臓武器の弾薬に変えられる。
「…もご、ごくん。そういえば、ガバレロさん」
食事に掛かり切りで、ロクな会話もなかった場に、シモンの声がかかる。
慌てて顔を引き締める、見ているだけだった2人。
「な、なんだね。なにか…もう食事は十分かな?」
引き締めた顔が、若干引き攣ったガバレロが尋ねたが、その返答を聞いて引き攣りを強めた。
「いや、こんな美味い飯は初めてだから、まだ食える気がするよ。それより、聞きたいことがあるんだが」
まだ食うのか、という顔をする2人。
その顔を向けられた当人は、シチューにパンを浸してから食べるとなお美味いと教えられて、即座にパンのおかわりを頼んでいた。
「…その辺にしておかないと、この後ビルに上る時に気分が悪くなっても知らんぞ」
見ているだけで腹が膨れてしまったような感覚に陥りながら、アルバートがぼそりと呟くように言う。
そういえば…、と言う様な顔をしたシモン。
食事に夢中ですっかり忘れていたというか、シモンにとっては忘れてしまうくらい美味かったのだ。
「…じゃあ、これで最後にするか。それで、聞きたいんだけど、あのラップトップに価値のあるデータが入ってるっていうのは…」
かなり後ろ髪を引かれるような思いで、最後のシチューとパンを味わいながらの質問。
それにガバレロは、小さく笑いながら答えた。
「ふっふっ、もちろん嘘だ。咄嗟の嘘だったが、見事に騙されてくれたよ。あのパソコンにどんなデータが入っているかは知らん。だが、解析が終わり、それがバレる頃には手遅れだろう」
今までの情けない表情がなかったかのように、不敵な笑みを浮かべるガバレロに、シモンは同じような顔で笑い返した。
(…何だ、嘘かよ)
その後、シモンとナナ、それにガバレロとアルバートは、トラックの駐車スペースで衛士たちと合流した。
そこには、全部で3台のトラックが並んでいる。
一台はシモン達が乗った人員輸送用のもので、残りの2台は荷物輸送用の荷台になっている。
たらふくどころか、どう見ても食べ過ぎて動けないだろうと思われていた2人がケロリと立ち上がった際は、一体どんな奴がと見に来ていた料理人も含め、全員が呆然と見送った。
それを知らない衛士たちは、上司2人の様子を訝しんでいたが、その上司から命令が下ると、すぐに姿勢を正した。
「待たせてしまったようだな、すまない。早速だが、諸君には今すぐに出動してもらう。行き先と任務内容は、後ほどアルバート隊長から指示される」
その言葉に、衛士たちは表情を硬くした。
事前に衛士には、町の外へ行き、そこでとある任務をこなすことを伝えてあった。
そしてそれは、危険があるかどうかは不明であるが、主な目的は戦闘ではないということだけだった。
今までにない任務に、緊張が走る。
「それと、今回の任務に必要な…。あー…、アドバイザーとして、この2人に同行してもらう」
ガバレロのその言葉と同時に、シモンへと全員の視線が集まる。
「あー、よろしく」
右手を小さく上げて挨拶をするが、当然のように無視される。
その一部の視線は、シモンの隣に佇むナナの方に向かっていたのは指摘しないでおいた。
被っているフードの隙間から覗くナナの容姿を考えれば、まあ当然の反応だと思われた。
ブシの情けである。
(他のやつもよく使う表現だけど、ブシってなんだろうな?)
無視されたことを逃避するかのように、遠い目で空を見やり、今は関係のないことを思い浮かべるシモン。
そんなシモンを置いて、事態は容赦なく動いていった。
「それでは、乗車開始。準備できしだい出動せよ!」
その言葉に対して、衛士全員が一斉に、あのヘルメットを撫でるような動きをした。
ドカリドカリと頑丈なブーツが、重い音を鳴らしながらトラックに乗り込んでいく。
「人員用には17名、物資輸送用には運転席と助手席の他、荷台に一名待機しろ!」
指示を終えたアルバートもまた、ガバレロに例の動きをしてから助手席に乗り込む。
「おい、さっさと乗れ!グズグズするな!」
突然の動きに置いていかれたシモンとナナは、怒声を受けながらトラックに乗り込んだ。
重いエンジン音を鳴らしながら、3台のトラックはゆっくりと駐車スペースを出ていく。
その様子を、建物の窓から覗き、なにやら小さな機械を操作する者がいたことを、誰も気づかずにいた。
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