第14話

その男の前に歩かされると、一層威圧感が増したような気がしてしまう。

「う…。お…」

ムキムキの筋肉を誇示するように腕を組み、ニヤリと笑いかけてくるその男に、シモンは意味のない呻き声しか出なかった。

「改めて自己紹介しよう。私はこのソールにおける防衛、警備を担当する『衛士隊』の指揮官をしているドン・ガバレロ衛士長という者だ。君たちの名を聞かせてもらえるかな?」

シモンは危うく聞き逃すところだった。

「あ、ああ。俺はシモン。彼女はナナ。一応…、スカベンジャーってことになるのかな…」

聞き逃しかけた原因は、この大男に圧倒されていた…といえばそうなのだろうか。

タンクトップから溢れんばかりの筋肉に、金色の短髪、角ばった顔。

そのすべてが、激しく自己主張してくる。

端的に言えば、暑苦しい。

そんな男…ドン・ガバレロと名乗った男はこちらの様子を気にする様子もなく話し出した。

「いや、密っこ…ゴホン!連絡を受けたときは驚いたが、まさか君たちのような子供とは思わなくてね、より驚いたよ」

何事かを口走りそうになり、咳払いで誤魔化すと、何事も無かったかのように続ける。

しかし、何と言おうとしたのかは丸わかりだった。

(今、密告って言ったよな…。くそ、あの店主…覚えてろよ…!)

シモンの内心に、店主への悪態が呟かれる。

それと同時に、何のためにこうして連行されたのかという疑問もよぎった。

あのパソコンはそれなりに貴重な品ではあるが、ソール内には同じようなものが溢れるほどあるはずだ。

たった1つ2つの電子機器を手に入れようとする必要はないはずだし、それだけなら自分達を連行する必要もない。

(何か別の目的があるのか。そしてそれは、この左腕か…?)

そう考えているシモンに、ドン・ガバレロは言葉を続けた。

「さて、私と取引しようじゃないか。こちらの聞きたいこと、欲しい情報を話してくれれば、こちらも相応の対価を払おう。どうだね?」

そう言って、手の平を上にした右手をこちらに差し出してくる。

握手を求めているのではなく、恐らくは「話せ」という意思表示だろう。

「…取引…って言われても、こっちは明日をも知れぬアウターの住人だ。そっちの…ソールに住むような人間が欲しがる情報なんて、到底見当もつかないな…。悪いが他を当たってくれ」

シモンがそう言うと、後ろから銃口で突かれた。

「貴様、言葉に気を付けろ」

振り向いてみると、男と目が合った。

その緑色の目がこちらを睨み、シモンの黒い目も負けじと睨み返す。

シモンを睨むその目には、僅かではあるが怒りや苛立ち、こちらへの侮蔑が込められているのがはっきりと分かった。

その目にカチンと来たシモンは、銃を持った相手に思わず言い返してしまった。

「悪かったな。こっちはまともな教育も受けていない、アウターの孤児出身だ。何も知らされず、銃を突きつけられて高圧的に連行された時に、礼儀や言葉遣いに気を付ける必要があるなんて思っても見なかったよ」

さすがに言い過ぎたかと思ったが、もう遅かった。

目出し帽に覆われていない、目元の部分だけでも分かるほどに顔を真っ赤にさせている。

それは十中八九、怒りからだろう。

「このっ…!」

怒りの声と共に、その手に握る拳銃がシモンへと向けられ、その指がトリガーに掛けらようとする。

が、そこへ大きな声がかけられた。

「二人ともっ!そこまでにしたまえっ!!」

その凄まじい怒鳴り声は、部屋中どころか建物中、あるいは隣の建物にも響き渡ったのではないかと思わせるほどだった。

そんな大声をまともに受けた部屋の人間は、堪らず両手で耳を抑え込んだ。

唯一、その大声の張本人とナナだけが平気な様子で立っている。

シモンは、キーンと耳鳴りが起こる耳を抑えながらナナを見た。

ナナもまた、シモンの方を見て言った。

「…シモン、音波攻撃を感知した。反撃の許可を」

シモン少し涙目になりながら首を横に振って、改めてドン・ガバレロに向き直った。

その音波攻撃の主は、少しだけ眉を下げている。

「音波攻撃……、まあいい。アルバート、落ち着け。彼の、シモンくんの言うことももっともだ。話しが進まんから、外に控えていろ」

ガバレロから窘められたことで、赤かった顔を急激に青ざめさせ、赤いラインの男ことアルバートがもう一度こちらを睨みつけてから部屋を出て行った。

(…ふう)

シモンは内心で、安堵のため息を吐いた。

銃を持った相手に、思わず口での反撃をしてしまったことは、かなり迂闊だった。

こちらも懐に入ってはいるが、それを抜き放ち、相手に銃口を向ける前に撃ち殺されるだけだし、たとえ反撃が成功してもここが敵地になり、周りは敵だらけになってしまう。

それを治めてくれた相手が、この事態の元凶でなかったら素直に感謝しているところだ。

「さて、少し行き違いがあったが、けして君たちに悪意や害意がある訳では…」

その言葉は、外の話し声と、扉が開く音で遮られた。

まさか、あのアルバートと呼ばれた男が戻ってきたのかと思ったが、そうではなかった。

むしろアルバートは止めようとしていたようだったが、相手が聞かずに無理矢理に入ってきたらしい。


「ガバレロ殿、少しよろしいですかな?」

そう言って入ってきたのは、シモン達がいた買取屋に乗り込んできた際、指揮官のような立場にいた男だった。

ここに着いた時には、トラックの前を走っていたはずのハンヴィーが見当たらなかったことを思い出した。

神経質そうな顔に、若干の苛立ちを混ぜたその男は、シモンやナナはもちろん、後ろのアルバートも無視している。

「私が確保した、あのノートパソコンとスマートフォンですが…。私の部下に解析させた所、パソコンの方はどういう訳かパスワードの解析が出来ませんでした」

何やら、シモンから奪ったラップトップを、さも自分の手柄のように話す男。

それに苛立ちを覚えているのは、何故かシモンだけではなく、ガバレロとアルバートも同様の様子だった。

「現在、私の判断の元、衛士隊の研究班に解析させていますが、あれにどのような価値が…?」

こめかみを手で押さえながら、ガバレロは地の底から響いてくるような声で応じた。

「…ベンジャミン副衛士長。君には今回のことを説明した覚えも、出動を命令した覚えもなかったはずだが?」

ガバレロがそう言うと、アルバートは驚いた顔をした。

どうやら、副衛士長らしい男に良いように言い包められたかなにかして、まんまと騙されて同行させてしまったらしい。

「ええ。ですが、あのアルバート君だけではもしも、という可能性を考えての事です。あんな薄汚いガキどもの連行など容易いことですから、本命であると判断したパソコンを最優先で確保した次第です」

ベンジャミンはその神経質そうな顔に、得意げな笑みを浮かべている。

その話し相手の顔が、苦いものを食べたように歪んでいることには気づいていないらしい。

ガバレロは暫し、その歪めた顔を手の平で覆っていたが、しばらくして顔を上げたときには真顔に戻っていた。

「…そうか。それでは、引き続き解析を頼もう。それと、価値については…そうだな。推測になるが、中のデータを手に入れることが叶ったなら、この町の規模を数倍に出来るであろうシロモノだ。丁重に扱うように徹底してくれ」

シモンは驚いた。

あんなパソコン…まあ、拾ったのがイカヅチの入っていたカプセルのあった部屋だったが、そんな価値があるなんて思いもしていなかった。

シモンの見えない位置で、ナナが首を傾げていたが。

ベンジャミンもまた、その言葉を聞くとかなり驚いた顔をしていたが、返事もそこそこに、かなり慌てた様子で部屋を出て行った。


「ふう…、まったくロクな事をしないとは思っていたが…。ああ、すまないね。これで暫くはパソコンに掛かり切りになるだろう。その間は大人しくしてくれるはずだ」

ガバレロはそう言って、少しスッキリとした顔をして目の前の椅子に座り込んだ。

精神的な疲れだろう、どっかりと座った後で大きなため息を吐いた。

それを見てアルバートも扉を閉め、ほとんど存在を忘れていたもう一人の兵士が、ナナの後ろで姿勢を正した。

やっと静かになった部屋で、ガバレロは話しを再開した。

「それで…あー。何の話しだったか…。そう、取引だ。君たちに聞きたい。あのパソコンをどこで見つけたのかを。それと、その時の状況をできるだけ詳しく」

ガバレロは、執務机に肘を立て、両手を口元に寄せた。

「その礼として、相応の対価を約束しよう。その情報の対価として釣り合うものを」

顔の下半分を隠したガバレロからの視線の圧に、シモンは口内の唾を飲み込んだ。

下手な嘘や誤魔化しをしようものなら、即座に見破られそうな雰囲気だ。

「…分かった。報酬の約束、しっかりと果たしてくれるなら…」

正直、お宝を他人に譲るなどゴメンだったが、相応の対価を貰えるとなれば考えも変わってくる。

本当に貰えるのであれば、だが。

この状況で渋っていても状況が良くなることもないし、何よりあの大量のデスクトップを運搬する手間と時間を考えると、むしろありがたい話なのかもしれない。

シモンは話し始めた。

といっても、地下の巨大な装置のことは隠した。

今はシモンの左腕と同化している、イカヅチが目的の可能性も未だ健在なのだから、用心のためだ。

バカ正直に話して、「じゃあ、腕をくれ」と言われて切断されてはたまらない。

山ビルのことを話すのに、そこまで時間はかからなかった。

せいぜい、サッキやバケモンが寄り付かず、時折激しい風の音が聞こえ、2階に大量のデスクトップがあり、今すぐに崩れるような心配はないようだ、くらいのものだ。

それと、もしかしたら3人組がいくつか持ち帰っている可能性があることも。

シモンが話し終わると、ガバレロは組んでいた手を下ろした。

その厳つい顔には、笑顔が浮かんでいる。

「すばらしい!なんと、まさかそんな近くにあったとは…!盲点だった。てっきり、スカベンジャーたちが既に漁り終わった後だと思っていたが…」

突然、机に手を叩きつけながら、勢いよく立ち上がった。

その爛々と輝く目でこちらを見ながら、尋ねてくる。

「その話を誰かに聞かれたか!?情報屋に売ったりなぞ、していないだろうね!?」

その勢いに少し引きつつ、シモンは首を横に振った。

「い、いや。大丈夫だ…と思う。少なくとも今のところは…。情報屋にはツテなんてないから、話しても信用されずに買ってもらえないだろうし」

シモンのその返事を聞き終わった途端、ガバレロは例の通信機を手に取って何やら操作し始めた。

さらに、ナナの後ろにいた兵士にも指示を出し、部屋の外のアルバートにも声をかける。

「…今すぐに、部隊へ命令を。いつでも出発できるよう、装備を整えさせろ。それと、車両のエンジンも温めておけ。一時間後には出動できるように…」

何やら一気に慌ただしくなる。

シモンとナナだけが置いてきぼりで、連行されてきたというのに、見張りすらいなくなってしまった。

(おいおい…、いいのかよ。アルバートも見張りのやつも、走ってどっか行ったぞ)

呆れた表情のシモンと、相変わらずの無表情なナナ。

それと、部屋の主であるドン・ガバレロだけになってしまった。

そのガバレロが、操作の終わった通信機を机に置き、晴れやかな顔で向き直った。

「いや、すまないな。だが、かなり大事なことなのだ。君達にも説明しよう。それに、もうひとつ頼みたいことがある」

どっかりと椅子に座り直し、ガバレロは話し始めた。

「さて、今のこの町や周囲の状況は、スカベンジャーである君達なら理解しているだろう。遺物の枯渇…その予兆にあると」

シモンは頷いた。

確かに、その話しは町のスカベンジャーたちの間でも囁かれている。

町の近くでの探索の際に、すでに漁られ、取りつくされている場合が多くなってきたこと。

確実に稼ぐには、町から遠くへと行かなければならず、そのためにはサッキやバケモンなどの脅威に晒される可能性が高まってしまうこと。

さらに、遠出して遺物を持ち帰るには、車両が必要なこと。

どれもがジワジワとスカベンジャー達の不安を煽り、それ故にあの3人組は山ビルという何時崩壊したり、脅威が潜む可能性がゼロではないにも関わらず、探索に踏み切ったのだ。

そして、3人組の策にまんまと引っ掛かったシモンも、また。

「現在、他の町との交易をして、この町は安定している。それは同時に、停滞しているとも言える。この世界でそれは前進への前準備か、それとも後退への凶兆か。歯車が一つ狂うだけで、どちらにでも成り得る」

つまり、その「後退」とやらが起きないようにしたい、ということを言いたいのだろう。

それと山ビルのお宝が、どう繋がるのかという疑問を感じた。

その疑問を、シモンの表情から感じ取ったのだろう、ガバレロは重々しく頷いた。

「疑問はもっとも。その山ビルのパソコンや他の品々を回収し、それを使って私のソール内の影響力を強化する!」

その大きな拳を眼前で握り込み、力強く言うガバレロに、シモンはポカンと口を開いた。

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