第13話

ガタガタと鳴る車内は、重苦しい沈黙が支配していた。

右を向いても左を向いても、そして前を見ても、むくつけき男達に囲まれている。

そんな車内で、シモンとナナは黙ったまま大人しくただ座ってるだけ…という訳ではない。

シモンは周囲に目を走らせ、周囲の男達の装備を観察していた。

頭には目出し帽とヘルメットを装備し、タクティカルベスト、ボディアーマー、それにもちろん銃も。

ベストには予備のマガジンが入ったマガジンポーチやナイフシースが取り付けられている。

ライフルを持ったままの者も居れば、腰のホルスターから拳銃を抜いて、いつでも使用できるようにしている者もいる。

(ライフルも拳銃も、着ている装備もキズがほとんどない…ように見える。見覚えがないな…。一度でも見たら忘れなさそうだけど…)

この町に住んでいるシモンでも見たことがない、しかし相当に目立ちそうな集団、その装備。

少しでも情報を探ろうと、また視線を走らせる。

頭に被っている目出し帽は、目元しか見えないようになっていて、人相はまるで分らない。

実際に男なのか、女もいるのか…は分からないし分かっても意味はないが、車に乗るように指示してきた声は男のものだった。

その相手は、目の前にいる。

向かいの席に座り、こちらに拳銃を向けている。

そのヘルメットには、他の者にはない赤いラインが即頭部分に描かれている。

(こいつが隊長…ってことか?いや、だったらあのハンヴィーに乗った細い男はどういう立場だったんだ…?)

思案していると、左隣に座ったナナが左手に触れてきた。

思わず横目でナナを見ると、ナナは素知らぬ顔で前を見ていた。

「ザザッ…。…シモン?」

突然の雑音と声が聞こえたとき、シモンは驚きから危うく身体を跳ねさせてしまいそうになった。

耳では聞こえていないが、頭の中に直接ナナの声が聞こえる。

「…落ち着いて。今、あなたのイカヅチを通して接触回線を開設した。周りには聞こえていない」

何でもないように言っているが、一体どうやってそうなったかシモンには理解できない。

だが、周囲に聞かれずに意思疎通できるのはありがたかった。

少し四苦八苦しながら、声や表情には出さないようにやり方を教えてもらうと、案外簡単に出来るようになった。

「こ…こうか?あ…あ、よし。ええと、どうしたんだナナ?」

慣れない動きをするような、出したことのない声を出すような奇妙な感覚に戸惑うが、何とか出来るようになった。

「…何故、反撃しなかったの?シモンとわたしなら、制圧は容易かったはず」

ナナは冷静な口調の割に、以外に好戦的なことを言いだした。

しかし、ナナは兎も角として、シモンはイカヅチを身に着けていると言ってもそれ以外は生身であるし、器用さや身軽さ以外は自身がない。

それもあんな装備をした大勢を相手に、無傷で切り抜けることは不可能だ。

そして頭でも胴体でも、一発でも貰ってしまったら即座にお陀仏である。

「いや、ナナは対抗できるかも知れないけど、俺には無理だよ。荒事は苦手なんだ。不意打ちなら、道具があればもしかしたらだけど」

それも今は道具がなく、逆に不意打ちを受けた形だった。

そんな状況で、これだけのチームを相手にして制圧できると思えるほど、シモンは自意識過剰ではない。

奥の手である「あの光」があるが、あんなものを使ってしまえばただでは済まないだろう。

この部隊を操る人物か組織だけでなく、この町の他の「やっかいな奴ら」全員から目を付けられる。

そうなったら、今よりも状況が良くなることは一生ないだろう。

他の町に逃げたとしても、追っ手が途切れることなく来る。

それどころか、他の町に逃げ込む前に捕らえられる。

「…シモン。一応確認するが、マニュアルを読んでいないの…?」

そう言ったナナへ、シモンは堪え切れずに顔を向けた。

同時にこちらを見たらしいナナの赤い目と、シモンの黒い目が合う。

数秒ほどそうしていると、乗っていた車が速度を緩め、僅かなブレーキ音を立てて動きを止めた。

ガチャリと後部の扉が開かれると、乗っていた兵士が続々と降りていく。

「おい、お前たちも降りろ。妙な真似はするな」

赤いラインのヘルメットを被った男はそう言って、二人にまた銃口が突きつけられる。

シモンは少し逡巡したが無言で従い、ナナもそれに続いた。

その手が離れる寸前、ナナに「しばらく大人しくしてくれ」と伝えた。

トラックから外に出たシモンは、暗い車内から明るい外に出たことで目をくらませまがら、周囲の景色を見て驚いた。

「っここは、ソールゲートの向こう側か!?」

叫ぶシモンの目には、いくつもの背の高く頑丈そうな建物が写っている。

そしてその奥には、いつも見慣れた町の外とを隔てる壁よりも低い壁があった。

その壁に取り付けられている門には、銃を持った兵士が検問している。


この町には、壁と門が2種類づつある。

1つは、町の内側と外側を隔てる、「アウターウォール」と呼ばれる巨大な壁と「アウターゲート」と呼ばれる門。

そしてもう1つは、町の中に。

そちらは「ソールウォール」と「ソールゲート」と呼ばれている。

アウターウォールよりも低いが、町の中にあるソールウォールもまた、内と外を隔てるためにある。

それは同時に、持つ物と持たぬものを分けるための壁であり、門でもある。

元々は、何かの巨大な施設だったソールウォール内。

そこに人々が集まり、次第に町として発展していったが、当然そこにはスペースの問題が出てくる。

町に多大な貢献した者、大金を稼ぎそれを町に支払った者、あるいはそうした者達に「使える」と思われた者。

そういった人間だけが住み、それ以外の人間やその仕打ちに抗議した者は追い出された。

「内」の人々と「外」の人々に分かれたときはまだ、アウターゲートは存在していなかった。

それぞれ、内側そのものとそこに住む人々を、その施設の看板に書かれた名前から「ソール」、外側と追放された人々を「アウター」と呼ぶようになった。

追い出されたアウター達は、過酷な環境から守る術もなく散っていった。

別の地に住処を求めた者たちもいたが、戻ってきた者はいないし、成功したという話しもなかった。

しかし、そんな状況になりながらも、生きることを諦めなかった人々がいた。

町の周りにある建物から、資材や建材の代わりになるものをかき集めたのだ。

そうして粗末ながら家や防壁を造り、武器を手にした彼らに対し、町に住むことを許された人々の中の一部も、手を差し伸べる者が出てきた。

少しづつ、確実に成果を上げていったアウターたちはある日、とある施設跡から特別な遺物を発見した。

それが何なのかは伝わっていないが、その遺物をソールたちに譲渡したことで、全面的な協力を得た。

そうして建造されたのがアウターウォールとアウターゲートだ。


そうして、町の中にソールとアウターの二つの壁と門、そして階級が生まれた。

その門を超えられるのは、大抵がソール達やその関係者だけ。

アウターが門を超えてソール内に入ることを許されることは、滅多にありえない。

そんな中、ソールなど縁もゆかりもないシモンが今、ソールの中にいる。

そんな状況で、あまりの驚きに固まったシモンの背中が小突かれる。

「いつまで呆けてるんだ。さっさと入れ」

2台の車両が停まった建物は、周囲のものと比べると、かなり大きく広い。

入り口には護衛兼見張り役であろう兵士が二人、シモンたちを連行した者達と同じような装備をしている。

その二人へと近づくと、シモンを連行している者達は手を頭に持っていき、ヘルメットを撫でるような仕草をしていた。

見張り2人も同じ仕草を返すところを見ると、それは何らかの挨拶らしい。

「…よし、我々はこのまま連れて行く。お前たちは命令があるまで待機していろ」

赤いラインの男が部下たちに命令すると、本人と残り3人を残し、あとの十数人はどこかへと行ってしまった。

そのままシモンとナナは、相変わらず銃を突き付けられながら連行されていく。

広い廊下を歩き、階段を上る。

白を基調とした壁や床は、清潔感とともに生活感のなさを感じてしまう。

(…なんだろう。なんだか妙な気分だな)

それは、連行されていることや、見たことのない建物を歩かされていることが原因かと思ったが、何故か違うと思えた。

何となく、「ここはそういうところではないのでは」という奇妙な違和感を覚えたのだ。

無意識に遅くなっていたシモンの背中が小突かれ、歩みを再開させられる。

歩いている廊下の途中にある扉は、全て引き戸だった。

扉や部屋の壁の上部には、ガラスが嵌め込まれ、中が見えるようになっている。

わずかに見えた範囲では、しっかりと武装した人物はいなかった。

それどころか、かなりラフな格好をして、白い服装をした者が多い。

中で何が行われているのかは分からなかったが、かなりの量の電子機器、特にデスクトップパソコンが設置されているのが見えた。

それ以外には、チカチカと光る巨大な金属や樹脂で覆われた柱のようなもの。

一定の間隔で並ぶ部屋の一部には、見えると都合が悪いのか、窓になっている部分が木や金属板で塞がれている部屋もあった。

しばらく歩いていると、一つの部屋の前で止まった。

「少し待て…」

そういった赤いラインの男は、扉をノックした。

その扉を見ると、横になにやら小さく黒い箱が取り付けられていて、それに向かって声をかけている。

どうやら要件を伝え、入室の許しを得ようとしているらしい。

「連行してきました。ええ、例の男からの密告で…。小型ノートパソコンを売ろうとしていたと…はい」

扉の横に設置された者は、通信装置のようなものなのだろうか。

おそらくセキュリティのために着けているんだろうが、扉の外と内側で意志の疎通が必要なら、扉を開けて話すか、扉越しでも聞こえるくらいの声で話せば良いものを。

しかも、見たところ扉には鍵もなく、そんなに頑丈にも見えない。

もし相手が悪意のある相手なら、わざわざ通信して入室許可を取らずに、銃をぶっぱなせば済む。

(…意味ないんじゃないのか?)

シモンが呆れながら待っていると、赤いラインの男は扉を自分で開けながら振り向いた。

「おい、入れ…なんだ?」

思わず呆れ顔を隠すこともせずに見ていたのだろう。

シモンは何でもないという風に首を横に振って、部屋に入った。

後ろでそれを無表情に見ていたナナも入り、後ろで銃を構えていた兵士もまた、それに続く。

その部屋でシモンたちを待っていたのは、1人の男だった。

デカい。

その一言に尽きるような身体を持つ男だった。

その男の前に設置された重厚な執務机が、まったく似合わない。

けして太っている訳ではなく、その巨体全身にみっしりと筋肉を纏わせた大男は、上はタンクトップに下はカーゴパンツという服装で、太い腕を組みながらこちらを見ている。

そんな人物がニヤリとこちらに笑いかけた。

「よく来たな、少年少女よ。私はガバレロ。ドン・ガバレロと呼ばれている」

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