第12話
タン、タン、タン、タンと何かを叩く音が響くのは、様々な物が置かれた広い部屋。
部屋、というか店だ。
シモンの住む、この地域で一番に大きい町。
その町の中にある、個人が経営している店舗としてはそこまで大きくも小さくもない平均的なものだ。
しかし、その店の中、店主側と客側を仕切るカウンターと金網の向こう側には、陳列棚にズラリと商品が並んでいる。
その棚に並び、収納されているものの内容は雑多だ。
ある棚には工具がならび、別の棚には食器や調理器具、さらに別の棚には衣類がある。
あげく、カウンターの奥には、壁に掛けられた銃たち。
シモンやナナの持つ拳銃とは違う、ライフルやショットガンなどの長物も多い。
そんな店内に響く何かを叩く音は、シモンの足元から聞こえてくる。
「…シモン、貧乏揺すりはみっともない」
険しい顔で床を叩いていたシモンへ、ナナから注意が入る。
「ああ…、ごめん…つい」
そう言って足の動きを止めたものの、しばらくすると今度は、組んだ腕を指が叩き始めた。
ナナは、それをチラリと横目で見たが、今度は指摘しなかった。
おそらく、彼女もシモンが何故イライラしているかを理解しているからだろう。
今、二人が訪れているのは、とある店舗。
本来の屋号は別にあるのだが、利用客からは「買取屋」と呼ばれている。
もちろん買い取りだけをしている店ではないし、その呼び名を口にするのは一部の客だけだ。
その一部の客とは、スカベンジャーたちである。
スカベンジャーたちが命懸けで手に入れてきた物品を鑑定し、その価値に見合った価格で買い取り、それを欲しがる別の誰かに売りつける。
その売る相手は、普通の市民の場合もあれば、同業者であるスカベンジャー、バケモンどもを狩るハンター、あるいはそれ以外も。
スカベンジャーたちが掘り起こしてくる、普通の人間なら価値も分からない様なものを欲しがる権力者との繋がりも噂されているほどだ。
その物品を売りたいものから買い、買いたいものへ売る。
そういう店で、そういう店主だ。
その店主は今、焦れるシモンの気も知らずに、カウンターの奥である物を鑑定している。
それは、シモンの持ち込んだスマートフォンとラップトップだ。
あの山ビルから持ち出したそれらを、他にいくつかの売却物と共に持ち込み、換金しようと二人は訪れていた。
本命のお宝を運ぶのに、二人では何度も往復する羽目になる。
そんな時間をかけていたら、他の誰かに感づかれてしまうだろう。
そこで、この店で金を手に入れた後、リヤカーを購入しようと思っていたのだが。
(しかし、こんなに時間のかかるものなのか?)
確かに、二つとも当然のように充電の切れた電子機器である。
店主からも「バッテリーを充電してからでないと詳細な値段はつけられない」と言われ、さらに「ガワだけを見てある程度の額を提示して手早く済ますか、時間はかかるが確実に価値を計るか」と問われ、すぐに確実な鑑定を頼んだ。
そうして待っていたのだが、朝から待って、もう昼を過ぎようとしている。
さすがに時間がかかり過ぎてはいないかと思い、苛立ちが隠せないシモン。
そんなシモンの様子を見ていたナナだったが、唐突に椅子から立ち上がった。
驚くシモンを置いて、一足でカウンターの前に駆け寄ると、客側と店主側を遮る金網に向かって渾身の飛び蹴りを打ち込んだ。
その体躯と足からは想像もつかない威力をもった、渾身の蹴り。
ドガシャン!と大きな金属音を立てて金網の接合部が砕け、カウンター奥の作業台に向かっていた店主の傍の床に叩きつけられる。
「「おわあっ!?」」
店主の悲鳴とシモンの驚きの声が重なる。
そんな二人の声を無視し、ナナはホルスターから拳銃を抜いて、店主に向けた。
「…妙な真似をしたら撃つ。手に持った物をそのままにして上げろ」
その射抜くような目や無表情、口調のどれに本気を感じたかは分からないが、店主はその言葉に素直に従い、伸ばしかけていた手を腰のホルスターからゆっくりと離した。
その様子をポカンと見ているだけだったシモンは、慌ててナナの方へ駆け寄った。
「ちょ、ナナ!?どうしたんだよ、いきなり!?」
店主は鑑定に使っていたらしい道具を握ったまま、両手を上げている。
その手に持ったものは、なにやらアンテナのようなものが付いていることにシモンは気が付いた。
「…あの手に持っているのは、短距離用の通信機器。誰かに短い文章を送った。それと、店外に複数の排気音を検知」
ナナのその不吉な言葉を聞いて、シモンは猛烈に嫌な予感を感じた。
短距離いとはいえ文章の送信が出来る機器に、貴重な車両が近くに来ている。
普通、小型の車両を所有するのでもかなりの大金がいる。
町同士を行き来する商人ですら、ダマ車を使用する者の方が多いほどだ。
それが複数。
何となく良くないことが起きる気がして、直ぐに出ようとナナの空いている手を掴んだ。
「ナナ、行こう…」
と言おうとした瞬間だった。
ドカン!と勢いよく開かれた扉から、ワラワラと人が入ってくる。
全部で15人ほどは居るだろうその全員の手には、ライフルやマシンガンが握られている。
シモンは咄嗟に、ナナを背中に庇った。
そのシモンの眼前に、ライフルの銃口が突きつけられた。
「店主!こいつらか?」
恐らくこの集団の長であろう男が、店主に問う。
かなり背の高い、線の細く神経質そうな印象の男だった。
手には店主が持つ物と同じような、アンテナが付いた小型の電子機器を持ち、反対の手には拳銃が握られている。
「へ、へい!こいつらが、これを!」
店主が差し出したスマートフォンやラップトップを、差し出された本人は受け取らず、周りにいた部下らしい者が受け取る。
その手に持つ物はもちろん、身に着けた服や装備も一級品か、それに近いものだ。
そんな相手が十人以上も動員して、シモンに何の用だろうか。
(まさか、このイカヅチを…?)
考えにくいことだったが、もしかしたらという思いもある。
そんなシモンの後ろで、ナナが周りに聞こえないくらいに小声で話しかけてきた。
まわりに悟られないようにか、唇は閉じたままで、まるで腹話術のようだった。
「…敵性行動を確認。シモン、どうする?」
どうと言われても、今は大人しくしている他ない。
シモンはわずかに首を右に回した。
それで通じたらしくナナは銃をホルスターにしまい、ポンチョの乱れを直し、大人しくなってくれる。
しばらく、部下が持ったラップトップを見ていた男は、シモンたちに視線を戻した。
「おい、小僧に小娘。お前たちには聞きたいことがある。抵抗せず我々についてこい」
拳銃をこちらに向け、チョイチョイと外へ続く扉へと振る男に、シモンは抵抗することなく従った。
この場で反抗することも考えたが、こんな上等な装備を持った集団相手に、迂闊に手を出せばこちらの命が危ない。
とりあえず従っておいて、隙を見て脱出する。
そう考えたシモンだったが、回りを固められた状態で外に出ると、その光景に目を見開いた。
そこに停まっていたのは、頑丈な装甲を纏ったハンヴィーだった。
屋根の上には大型の機関銃が備え付けられていて、銃座に射手が陣取って周囲を威圧している。
そんな、シモンたち底辺では一生関われることもないような、高価過ぎる車両に呆けていると、背中から声がかけられた。
「そら、お前たちはこっちだ」
その後ろには、兵員輸送用のトラックが停まっていて、銃口で背中を突かれながら、シモンたちはそれに押し込められた。
無言の男達の間に挟まれながら、シモンたちを乗せたトラックは、装甲ハンヴィーに先導されながら走り出した。
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