第11話
シモンにとって、今までの人生で最も激動の一日といって良い日が終わり、その次の日。
シモンはソファの上で目が覚めた。
昨日はあの後も色々な質問をして、夜遅くまでかかってしまった。
起き上がって右手で目を擦りつつ、部屋を見渡したシモンは一気に目が覚めた。
「…ナナ?」
さして広くもない部屋の中。
そこにナナの姿が見えない。
慌ててソファから立ち上がろうとして、躓きそうになる。
「うおっとぉ!?」
情けない声を上げてバランスをとるシモン。
それと同時に地下室の出入り口がギギギッと軋みを上げて開き、フード付のポンチョを被って顔を隠したナナが入ってきた。
その手に紙袋を抱えながら。
「…シモン、どうしたの?」
ナナが小首を傾げながら被っていたフードを跳ね上げ、着ていたポンチョを脱いだ。
昨日、その目立つ容姿と装備を隠し、無用なトラブルを防ぐために購入したものだ。
ナナは抱えていた紙袋をテーブルに置き、中身をテーブルの上に並べだした。
「いや、なんでもないよ。えっと、それは?」
体勢を立て直し、改めてソファに座りなおしたシモンの目の前に並べられたのは、町の朝市で売られている軽食だった。
腹持ちや食べ応えの良い蒸した芋やカリカリに焼かれたダマの腸詰、ボトル入りのダマ乳。
朝食としては申し分のないメニューだったが、その値段を考えたシモンは少し顔を引き攣らせた。
ただでさえ散財した昨日の時点でかなりボリュームが失われていた財布を考えると、頭を抱えたくなる。
そんなシモンの目の前で、ナナが腰の小物用ポーチから布袋を取り出した。
紛れもなく自身の財布と気付いたシモンが手に取ると、その萎んだ様子と重量に、分かっていてもガックリと肩を落とした。
少しづつ、コツコツと貯め込んでいたものが一晩でなくなってしまうというのは思っていたよりも心に来るものなのだな。
比べ物にならない大金のアテがあるとはいえ、そう思わずにはいられないシモン。
「…買ってきた。昨日の夕食購入時に、周辺で売られている物の種類や価格は記録済み。購入可能なものの中で、最も朝食に適している」
そんなシモンとは対照的に、ナナは表情があればドヤ顔で胸を張っていたであろう。
折角買ってきてくれたことに文句を言うのも野暮だと思ったシモンは、ナナに礼を言いながら朝食に手をつけた。
シモンはナナと食事をとりながら、今日の予定を告げた。
「ナナ、今日は山ビルに行こう。そこに『お宝』があるんだ。それを売れば、もっと良いものが食べられるし、装備を充実させられる」
芋を頬張りながらシモンは言った。
塩を振っただけのシンプルな蒸し芋だが、十分に美味い。
ナナも同様に芋を食べている。
昨日、食べ過ぎたと反省していたナナだが、シモンは食事を制限する必要はないと言っておいた。
本当なら必要のない出費は慎むべきだが、ナナは奴隷でも子分でもなく、これから行動を共にするパートナーだ。
そして命の恩人でもある彼女に、できるだけ報いようと思ったからだ。
それに昨日の会話で、彼女たちには高い学習機能が搭載されており、より効率的な行動や判断ができるようになったり、「人間らしさ」を高めることでコミュニケーション能力を向上させることができるらしい。
そうなればシモンにとってもプラスになるし、ナナにとってもそうだろう。
「…山ビルとは、あの崩れた高層建築物のことと判断する。お宝とは…高額で売却可能な物品…?」
腸詰に齧りつきながらシモンは力強く頷いた。
「ああ、あのビルには誰も入ろうとしないけど、パソコンがたくさん置いてあるんだ。それを売れば、こんな小さな袋に収まりきらない額が稼げるんだ」
シモンの言葉に頷きながら、コクコクとダマ乳を飲むナナ。
一瞬、「喉を鳴らしながら飲む機能」の必要性に疑問を持ったが、人への擬態機能として取り付けられたのだろうと納得する。
ほんの少し浮かびかけた、開発者であるアインステインなる人物の趣味なのではという、怖い考えを頭の隅に押しやった。
食事を終え、シモンは出発前の準備を始めた。
ナナは昨日と変わった所と言えば、フード付きポンチョを着たくらいのものだが、シモンは色々と準備が必要だ。
外していた腰のポーチを身に着け、ボロボロになった前の服から小物を回収する。
ポケットに入れっぱなしで忘れていたスマートフォンは、落ちた際にぶつけたのだろう。
画面や背面が罅割れていたが、それでも誰かが買い取ってくれるだろう。
ショルダーバッグに入れていたラップトップや筆記用具などは、カバンが頑丈だったことで、幸いにも無傷だった。
(聞き耳を立てて、継ぎ接ぎの工夫を学んだおかげだな)
さらに、三人組との出来事で手に入ったものがいくつかある。
ナナと共に町へ戻る前に、出来る限り使えそうなものを回収しておいたのだ。
その一つが、シモン待望の銃だ。
小型のリボルバーだったが、銃には変わりない。
.38口径の小振りなモデルを置いていたテーブルから取り、右手に持つシモン。
「思ってたよりもずっしりと来るな…」
見た目から思っていたよりも重いと感じるが、それが実際に重いのか、それとも「銃」というものの感じさせる精神的な重さなのだろうか。
シモンは慎重な手つきでシリンダーをスイングアウトさせた。
シリンダー、つまり弾倉にはすでにナナに教えてもらいながら弾を装填しておいた。
スキンヘッド男のポケットには、残念ながらあまり多くの弾は入っておらず、この装填した弾しかない。
あとは鉄パイプやら角材は嵩張るので放置し、懐に入っていた三人の財布の中身は食べ物に変わっている。
あとは、シモンと同様にビル内で回収したらしい売却用の小物が数個と、三人のねぐらのものだろう鍵が一つ、自家製タバコの入った箱が4つ。
お宝を売り払ったにしては、財布には小銭しかなかった
つまり、あの山ビルのお宝はまだ、手付かずのまま残されているはずだ。
おそらく、シモンが投げた自家製催涙玉のせいだろう。
目と喉、肌への耐えがたい刺激を拭うため、町へと戻り、自分たちしか知らないお宝を後回しにしたのだ。
そのおかげで大儲けできると考えると、あの時とっさに投げた自分を褒めてやりたいくらいだ。
シリンダーを元に戻し、セーフティをかけてジャケットの内ポケットに入れておく。
安全性を考えるとホルスターが欲しいが、スキンヘッド男のものは自分にはサイズが合わない。
大金が手に入ったら、真っ先に手に入れなければ。
(いや、ホルスターうんぬんよりも、このリボルバーよりも良い銃が余裕で買えるだろう)
カチャリという金属音が鳴り、シモンは色々な銃をとっかえひっかえする妄想から現実に引き戻された。
隣を見ると、ナナが自動拳銃のマガジンを取り外したり、スライドを引いて動作確認をしていた。
昨日、シモンが就寝するまえに整備道具を所望していたが、当然シモンは所有していない。
その旨を告げると、とりあえずボロ布で各部を清掃していた。
(そういったものも買う必要があるな…。こりゃ大変だ)
そう考えるシモンだったが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「さ、行こう。ナナ、頼りにしてる」
準備の終わったシモンに促され、ナナは拳銃をホルスターにしまい、ポンチョを羽織って後に続いた。
「…了解」
ガタバタン、という重い音を立て、地下室の扉が閉じられた。
「対象との接触を確認。経過良好。プロジェクトをフェイズ2へ」
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