第8話
甲高い音を立てて、スキンヘッド男の持つリボルバーから銃弾が発射される。
しかし、その銃弾は虚しく地面へと弾痕を刻むだけだった。
「…え?今の銃声は…?」
呆然とするシモンの目の前で、スキンヘッド男が同じように呆然としながらドサリと地面に倒れこんだ。
その肩に空いた穴から血が吹き出るように流れ、着ている服を真っ赤に染め始めている。
「…ぐうぅっ、いでえぇぇ…!」
情けない声を上げて、空になった銃を放り出して傷口を手で押さえる。
そんなスキンヘッド男を無視して、シモンは立ち上がりながら銃声の元を見た。
スキンヘッド男が撃つ前に響いた、銃声の持ち主であろう影。
その人影は、銃を片手で構えながら、ゆっくりこちらへと歩いて来る。
「…無事?」
一言だけ聞いて来る相手に、シモンは警戒した。
助かったとはいえ、拳銃を持った相手だ。
当然の反応だったが、相手の姿が確認できるとシモンは驚いた。
「…ええと、君が助けてくれたのか?」
その相手は、どう見てもシモンと同じか少し年下の少女だったのだ。
そのほっそりとした小さな手には、不釣り合いな自動拳銃が握られている。
珍しい白く長い髪に、同じく白い服を着ている。
服と言ってもただの服ではなく、戦闘用のタクティカルスーツだ。
スーツの所々にポーチが取り付けられていて、手に持っている拳銃用だろうホルスターも付いている。
その硝煙を上げる銃口を、地面に倒れたスキンヘッド男へと向ける少女。
その顔は、自分のしたことに対して何も思っていないのか、無表情だった。
その赤い目が、シモンへと向けられる。
「…無事?」
同じ調子で、先程と同じ言葉がシモンへと投げかけられる。
「あ、ああ。怪我はないよ。あー、ありがとう。助けてくれて…」
シモンは戸惑いながら返事をした。
その赤い目がちらりと一瞬だけ、シモンの左手に向けられたのを、シモンは見逃した。
それくらい素早い目配せだった。
「ええと、君は…なんで俺を助けてくれたんだ?申し訳ないけど、お礼を払えるほど余裕はないんだけど…」
そう言いながら、さりげなく間合いを調整するために数歩離れるシモン。
その瞬間、乾いた銃声が二発轟いた。
「…っ!?」
ビクリと驚きに身体を跳ねさせたシモンの視線の先で、呻いていたスキンヘッド男が完全に物を言わぬ躯と化した。
その銃声の主である少女は、相変わらず無表情のまま死体を見下ろしている。
「…」
その視線が身体ごとシモンへと向けられると、シモンは左手を前に構えた。
拳銃から弾丸が発射されても、さっきのように受け止めてやる。
そう考えるシモンの前で、少女は握った拳銃をあっさりとホルスターに仕舞い込んだ。
拍子抜けするシモンの前に、少女は何の警戒や躊躇いもなく近づいて来る。
「…お礼はいらない。…でも」
言いながら、少女はスルリと自然にシモンへと近寄ると、前に構えた左手を握ってきた。
何の敵意も、気負いもない動きに、シモンは反応できなかった。
「え、あ、ちょ…」
至近距離に迫る手と顔に、シモンは状況を忘れて赤面する。
少女の顔は、キレイだった。
造形が優れている、ということではない。
いや、確かにまるで人形のように整った顔立ちではあるのだが、それだけではない。
この世界の人間、特に底辺に属する人間は汚れている場合が多い。
それは仕事での汚れだけではなく、垢による汚れだ。
風呂、というものは贅沢なのだ。
公衆衛生の観念が薄く、それに金を使うなら食い物に使うという考えが一般的になっている。
町の権力者などが衛生への懸念から、安い公衆浴場を建てて解放しているのだが、下層民の入浴頻度は1週間に一度入ればいい方だ。
わずかな水で湿らせた布で身体を拭く程度はするが、それでは不十分なのは理解していてもそうせざるを得ない。
そんな人間がほとんどの中で、この少女の汚れ一つない顔や髪、衣服はシモンには眩しく映る。
しかも、シモンとはほとんど変わらない歳で、高価なスーツと銃を所持しているのだ。
それだけ運が良いのか、あるいは裕福な家庭だったのか。
どちらにしても、そんな恵まれた環境にいる少女がシモンを助け、手を握る意味が分からない。
「…」
手を握り、その赤い目を閉じる少女。
それに対してシモンは、振り払うことも声をかけることもできずに、ただドギマギとして見るしかできないでいた。
そうしてシモンにとっては長い、現実にはほんの十数秒の後、少女は唐突に手を離した。
「あ…」
何となく残念なような、ホッとしたようなよく分からない気分を覚えて、思わず声が漏れた。
「…あなたの名前は?」
赤い目を開いた少女はシモンの内心に気付く様子もなく、ただ淡々とした声で聞いてくる。
シモンは左手を無意識に握っては開きを繰り返し、心を落ち着かせながら答えた。
「お、俺はシモン。スカベンジャーをしてる…。えっと、君は?」
名乗りながら、少女のその赤い目をしっかりと見る。
少女もこちらの目を見ていて、少し気恥ずかしい気分だったが。
「…私は…ナナ…私の名前は、ナナ」
一瞬、言いよどんだことにシモンは気づいた。
偽名か、それとも他人の名を騙ったのか、どちらにしても本名を言えない理由があるということだろう。
少し緩んでいた警戒心を再び高め、シモンは左手をいつでもフルパワーで発揮できるように心構えをした。
握った拳がギリリと硬質な音を立てる。
そんなシモンを気にすることなく、少女が言葉を続ける。
「…私の使命は、あなたを護ること…。私はシモン、あなたのもの…」
そんなことを言いだした少女、ナナは相変わらずの無表情で。
シモンはあまりの言葉に今度こそ完全に赤面し、ポカンと口を開けてしまった。
「な、なん!?…なにを!?お、俺の…って!?」
意味を成さない声が漏れ、耳や首まで赤くしたシモン。
ナナはそんな様子にニコリと微笑むことも、晒した隙を突くこともしなかった。
「…この身に変えても、あなたを護る」
ただ無表情で、言葉を続けるだけだった。
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