第6話
「つ、着いた…」
シモンは疲労と空腹に苛まれながら、町に戻ってきた。
町を囲む大きく、頑丈な壁。
その壁に2か所設置されている、壁の大きさに見合った大きな門。
そこには多くの人々が出入りしている。
町にたどり着いた今は夕方なので、どちらかというと入る人の方が多いだろうか。
その人の流れに合流し、シモンも町へと入って行った。
がやがやと騒めきが満ちたストリートを歩く。
露店の荷物を抱えた露天商、武器を背負ったスカベンジャーやハンター、ダマに引かせたダマ車に荷物を満載させた隊商。
それを相手に声を掛けている娼婦たちと、まんまと色香に引っ掛かった男達。
食い物から小物、果ては武器・弾薬まで、様々な店が道の両脇に立ち並んでいる。
様々な店の中からシモンの空腹を刺激する香りに惹かれ、ストリートの脇に建っている屋台に近づいた。
「おっちゃん!ダマ串を2…いや、5本くれ!」
串焼肉の屋台で、ダマの肉がじゅうじゅうと美味そうな音と香りを立てて焼かれている。
シモンは堪らず、黙々と串を返している店主に注文をしてしまった。
凄まじい空腹、いや、むしろ飢餓感と言っても過言でないくらいの感覚が襲ってきていて、我慢などできなかった。
「あいよ」
店主は言葉少なに返事を返し、ちょうど焼けた肉串を皿兼包み紙に乗せて寄越してくる。
それに料金を手渡し、急いで肉を受け取った。
「まいど…」
店主からの言葉に返事もせず、急いで肉を受け取り露店の脇に移動する。
いささか乱暴に包みを開けると、そこにあったのは注文通り5本の串に刺さった肉。
ダマと呼ばれる、草食性のバケモンの肉だ。
バケモン、と言っても他の奴らが遺伝子操作された動物兵器の成れの果てなのと違い、ダマは元兵器ではない。
遥か昔、世界が荒廃してしまう前の世界で、食料事情を改善しようと設計・生産されたらしい。
今はとにかく、残された人類にとって貴重な食料兼労働力になってくれている、ありがたい存在なのだ。
シモンの普段の稼ぎでは贅沢品であり、普段食べている大ネズミ鍋の2~3倍もする。
シモンは一本を掴み、大振りに切られた肉に齧りついた。
「あ~んむ…」
油と肉、わずかに振られた塩。
それらがシモンの口内に、シンプルな旨味を伝えてくる。
真ん中は少し赤みが残り、柔らかな食感と共に肉汁が溢れる。
端の少し焦げた部分はカリカリと香ばしい。
熱さを気にせず、はふはふと熱気を逃がしながら頬張るシモン。
夢中で食べるシモンの姿に惹かれたのか、屋台に客がそろそろと寄ってくる。
1本を瞬く間に胃袋に収めたシモンは、次々に串へと手を伸ばした。
いつの間にか出来た、肉を頬張る小集団。
そこに知り合いや顔見知りが居たのか、少しづつ会話が
そんなシモンの耳は、いつもの様に聞き耳を立てて情報収集に努めている。
あんなことがあっても、もはや習性と化した聞き耳は、今日もせっせとシモンに情報を持ち込んでくる。
クリムゾンウルフという傭兵団の動向。
お宝の山を見つけたと吹いていた三人組。
山ビル付近で起きた爆発音。
その爆発音を知った三人組が、何故か急に大人しくなったこと。
その山ビルの話しを聞いてシモンはギクリとして、思わず左腕を見た。
町に帰る途中で、ボロ布と化した上着を包帯代わりに巻き付けて隠してある。
もしや、あの時の出来事で発した音を聞かれたのかと思ったが、どうも違うらしい。
純粋な、というのも可笑しいが、グレネードやロケットランチャーでも使ったような音だったらしく、あの時のグリズの半身を消し飛ばした時のものではなさそうだ。
シモンは内心でホッと息を吐いた。
(この左腕の事はしばらく隠しておいた方がいいかもな…)
そう考えて、最後の1本に齧りつく。
嫉妬というのは怖いものだと、シモンは理解している。
自分のような小僧が、こんな物を持っていると知られたら、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
肩から切り落とされるか、寝首を掻かれるか、首輪を嵌められるか。
シモンに想像できる範囲内だけではあるが、どれもごめんだ。
そして悪辣な人間というものは、普通の人が想像できないことを平然とやるものだ。
酒が入ったのだろうか、がやがやと騒がしくなってきた屋台周りから離れ、シモンは帰路に着くことにした。
最後の一片を飲み込み、包み紙と串を傍にあった屑籠に放り込み、歩き出した。
その矢先に、シモンへと大きな声がかかった。
「おいっ!クソガキ、何でテメエがここにいやがる!」
その聞き覚えのあるダミ声にビクリと身体を震わせ振り向くと、そこにいたのは見覚えのある三人組。
周囲はなんだなんだと視線を寄越す。
集まるのは好奇の視線、煩わし気な視線、値踏みするような視線。
それらを気にする様子もなく、スキンヘッドとバンダナ、ゴーグルの三人が、目を血走らせてこちらを睨みつけている。
バンダナは顔を洗ったのか汚れが薄くなっていたが、他の二人は様子がおかしい。
こちらを見ながらも真っ赤な顔でゴホゴホと咳き込み、手に持ったボトルから水をごぼごぼと貪るように飲んでいる。
その様子に疑問を覚えた直後、自分が大穴に投げ入れられた際に投げたものを思い出した。
料理店のゴミ箱から失敬した、真っ赤な実や緑の実。
それを皮や実、種を問わずに挽いて乾燥させ、パウダー状にしたものをビニール袋に詰めておいた、特製催涙玉。
それを最後に、せめてもの意趣返しとして投じたのだった。
「…そういえば、落ちてる最中に悲鳴が聞こえてたっけ」
シモンが思わず呟くと、三人組が険しい顔をさらに険しくして一歩を踏み出した。
手に持っていた水のボトルを足元に捨て、ぐしゃりと踏みつぶす。
それを見て、シモンも一歩後ろに下がる。
さらにこちらへ一歩近づき、一歩離れるを二度三度と繰り返す。
繰り返す内に、三人の手がそれぞれの得物を構え始めた。
ナイフや棍棒、鉄パイプが握られる。
流石にこんな目のある場所で、拳銃は出さない程度の理性は働いたらしい。
こちらの様子を察した周囲の客たちが、無責任にこちらを囃し立てている。
「…クソガキ、あの穴からどうやって這い出てきたのかは知らねえし、興味もねえ。だが、今度はそうはいかねえ」
スキンヘッドが懐に手を入れようとして思い直し、ナイフを構えながら切っ先をこちらに向けながら言葉を続ける。
「今度はキッチリとトドメ刺してやるよ…!」
その言葉を聞いたシモンは、腰のポーチに手を突っ込んだ。
その動きに三人組は、「うおっ!?」と叫びながら走りかけた体勢を崩した。
もう一度、あの目潰しか何かを投げられると思ったのだろう。
その様子と驚いた顔を見て、シモンは笑いながら声を上げた。
「へへっ、ばーか!」
その隙を突き、シモンは全力で走った。
全力で逃走を開始した。
「…あっ、くそっ!待ちやがれ!」
シモンにまんまと騙された三人も全力で追跡を開始した。
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