第4話

どれ位経っただろうか。

シモンはゆるゆると意識が覚醒していくことを自覚した。

瞬きを繰り返して眠気を追い出しつつ目を開けたシモンは、知らない天井を見ながら寝転がっていた。

そのまま、右手をそっと頭に添える。

ふらふらとする頭を支え、左手を地面に着いて上半身を起こす。

座り込んだままぼうっとしていると、鈍っていた頭が正常な機能を取り戻していく。

「…あっ、手!?…痛くな…な、なんだこれ…!?」

思わず怪我を忘れて着いた左手を凝視した。

その顔には恐怖や驚き、困惑がごちゃまぜになっている。

シモンは上着とシャツ、という名の残骸を脱ぎ捨てる。

露出させた左腕は、随分と様変わりしていた。

腕が、黒い物に覆われている。

色だけではなく、ところどころに緑色のスリットがあり、まるで甲冑の腕の様だ。

触った感触も、金属のように感じる。

取り外そうと試みるが、どうしたら外せるのか分からない。

しかも、何故か気絶前までの痛みが引いている。

「…ははっ。…なんだこれ。…ど、どう…なって…るんだ?」

甲冑モドキに覆われた左腕を、右手で撫でる。

肩から始まり、二の腕を滑らせ、肘頭を通り、前腕へ。

さらに手首を握るように撫で、手の平や甲を触り、最後に指を一つづつ握っていく。

「ぜ、全部、感覚がある…。甲冑の上からなのに…すげぇ。なんだこれ…」

恐る恐る左手に力を入れてみる。

ググッと手が動き、拳を握る。

肘関節が曲がり、肩が上がる。

ゆっくりと手を開け閉めし、手首を回し、腕を曲げ、肩を動かす。

何の違和感も無い。

怪我をする前の腕の様で、自在に動かせる上に重さを感じない。

それが何故か、最高に気持ち悪かった。

「…さっき何か言ってた…。「イカヅチ」…とかなんとか。…この甲冑のことか?」

警告を発していた声は、シモンには半分も理解できなかった。

単純に内容が難しかったこともあり、突然で驚いたことも理由だ。

訳の分からない状況に、訳の分からない自分の状態。

シモンは少し悩んだが、すぐにあることに思い至った。

「…悩んでも、理解できないものは理解できない。それよりもここから脱出することを考えるべきだ。それから悩んだり調べたりすればいい」

問題の先送りではあるが、今シモンは生きている。

その方が大事で、死なない方が重要なのだ。

考えることは後でもできるし、落ち着いてからの方がいいだろう。

「とりあえず、そのためにも、何かないか調べる方が先決だな」

シモンはそう考えて、服を着なおした後、周りを調べ始めた。

周りの機械群に目を向ける。

しかし、そこにあるのは最早、電源が切れてしまった物言わぬ金属の塊だけだった。

様々な数字や文字の羅列は、モニターの光と共に消え去っている。

部屋の中に満ちていた機械の唸りも無くなり、あるのは静寂だけ。

「何か…資料でも。読めるかどうかは…。うん、町でどうにかするか」

傍にある机の上にある、クリップボードに挟まれた資料が目に付く。

シモンはそれを手に取ったが、案の定ほとんど読むことが出来ない。

簡単な言葉ならある程度は理解しているが、流石に専門用語のオンパレードな研究資料は無理だ。

シモンはボードから外した資料をカバンに詰め込んだ。

ついでに、そこらに放置された筆記用具やラップトップを回収しておく。

上の階のデスクトップほどではないが、十分なお宝の発見。

普段なら笑顔の一つでも浮かべるシモンだったが、今回は色々とあり過ぎて素直に喜べずにいた。

「…一応確保しておくか。それにしても、…腹減ったな。こんな状況なのに…」

しかし、そのまま空腹ではしっかりと動けないし、頭も働かないことは理解している。

腹の虫を治めるには何か胃に入れなければと思い、腰のポーチに手を伸ばす。

あの三人組に投げた特製目潰し玉が入っていたのとは別のポーチに手を入れ、細長い包み袋と金属のボトルを取り出す。

ビリビリと乱暴に開けた包みには、スティック状の乾パンが2本入っていた。

町でスカベンジャーや運び屋などに向けて売られている、安価な携帯用保存食だ。

シモンにとってはそれなりに痛い出費だったが、万が一に備えて購入しておいた。

「…まさか、その万が一の事態に遭遇するとはな」

ボリボリと乾パンを齧ると、口内に少しの塩味を感じる。

もぐもぐと咀嚼すると、少しづつ甘味が出てくる。

そして、こういった生地の食べ物にありがちなことに、すぐに口内の水分が奪われていく。

同じくポーチから取り出した小型の金属ボトル、スキットルボトルに入れた水を飲む。

本来なら酒が入っていたであろうそれは、真ん中に穴が空いてしまい捨てられていたものだ。

おそらく銃弾を受けた跡だろう穴。

元の持ち主は生きているのか、それとも死んでいるのか。

持ち主が捨てたのか、それとも持ち主ごと捨てられたのか。

(どっちにしろ、今は俺のだけど…)

それを見つけたシモンは、日雇いで入った工場でこっそりと工具を使い、修理してから愛用している。

ボリボリ、ゴクゴクと無心に胃袋へ流し込み終わると、人心地付いた。

「ふぅ。…さて、何故か身体の調子も良くなったし、出口捜索の続きを始めるか」

そういって、指に付いた粉を舐め、スキットルをポーチに戻したシモンは立ち上がり、部屋を出ていく。


その後ろで、シモンの死角となる位置にあったモニターが、明滅しながらプログラムを起動させる。

「イカヅチ起動完了:起動コードを指定機へ送信中…」

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