第3話


シモンは左手を庇いながら歩いていた。

どこに向かっているのかは自身にも分かっていない。

しかし、他に取れる選択はなかった。

落ちてきた穴を上る術はない。

あの場でうずくまったまま死ぬのは嫌だ。

となれば歩くしかない。

幸いにも、左腕と全身の軽い傷や打撲以外は無事だ。

穴に落ちる途中で、突き出た鉄筋に服が引っ掛かり、突き出た岩盤かコンクリートに左手を下敷きにしながらぶつかった。

最後に鉄パイプに服が引っ掛かり、裂けながら落ちた。

それらが落下速度を殺し、シモンの身体がさっきの場所に叩きつけられるのを防いでくれたのだ。

その代償に服と左腕が酷い有様だが、命は助かった。

助かったは良いが、こうして歩いた先に何があるのか。

一番の問題は、ここから脱出できるのかどうか。

「ハァッ…!…っく。…ゼェ!」

荒い息と痛みに耐える呻き声が辺りに響く。

無事な右手で左手を庇い、右肩を壁に押し当てて身体を安定させながら進む。

歩いているうちに左腕の痛みがぼんやりと感じ始め、今では歩くたびに激痛が走る。

しばらく慎重に歩いていると、なんだか周りの雰囲気が変わってきた。

洞窟にしては四角いなと思っていたが、奥へ行くと質感が目に見えて変わってくる。

緑のリノリウムだ。

埃で薄汚れ、ひび割れが走っているが、どう見ても人の造ったものだ。

「…ここは地下フロアなのか?」

おそらくあの大穴は自然にあいたか、「何か」があけたのだろうが、それが偶然ここに繋がったのだ。

もしかしたら、どこかに地上への出口や上の階に戻れる階段が見つかるかもしれない。

そう考えて、わずかに希望を見出すシモン。

先程より少しだけ足に力が戻る。



どれくらい歩いただろうか。

流石に、疲労と痛みで歩みが鈍り始めてきた。

実際には数分で済む距離だったが、今のシモンにとってはその数倍から十数倍にも感じられた。

そんなシモンの目に、ようやく一つの扉が目に入った。

開いている。

薄暗い廊下だったが、地上とは違いどこかで非常用の電力が生きているのだろうか。

非常灯のわずかな、ぼんやりとした光で照らされ、かろうじて見える。

「あれは…、出口ではなさそうだ…」

そこまで知識や経験があるわけではないが、出口や階段ではないことは分かった。

痛む身体を引きずりながら慎重に近づき、頭を少しだけ動かして中の様子をうかがう。

が、室内は非常灯の光が届かず、暗すぎてほとんど見えない。

とりあえず、サッキやバケモンの気配はしないことだけは分かった。

何か手当の道具…そんな贅沢は言わないから、杖代わりになるものでもないかと思い入ってみる。

その途端、室内に光が溢れた。

「うっ…!?眩しいっ…!」

暗い室内に突然明かりが点り、シモンはあまりの眩しさに手をかざし、目を閉じた。

ゆっくりと目を慣らしながら開くと、部屋の様子にシモンは驚愕した。

「…は?なん…だ、これ?」

明るくなったことで、その機械の全容が露わになる。

目に入ったのは、非常灯の光に照らされた巨大な「なにか」だった。

シモンの目が、信じられない光景に丸く開かれる。

それは、巨大な機械装置だった。

上の階にあったパソコンなどとは比べ物にならない「お宝」を前に、シモンは痛みを忘れて立ち尽くした。

これを売れば、あの部屋のパソコンを全て売り払って手に入る金の数倍…いや数十倍は稼げる。

夢にまで見た光景に、シモンは唇が歪むのを我慢できなかった。

しかし、すぐに気づく。

「…いや、バカか俺は。こんなものどうやって…そもそも地上に戻れるかどうかすら…」

悔しい気持ちでいっぱいだった。

この世界は力が全てだ。

弱肉強食の世界で、シモンはもちろん弱い。

多少は目端が利き、手先の器用さはそれなりのものだ。

だが、それでバケモンやサッキを倒せるか、と問われると否と答えるしかない。

そんなシモンは金を稼がねばならない。

金を手に入れれば、力の象徴である銃が買える。

そのために、シモンはこうしてスカベンジャーとして物を拾っている。

そんなシモンの前に、こうしてお宝が手の届くところにある。

おそらく町のほとんどの者が目にしたことのない巨大な機械。

だが、それを運ぶ手段がない。

自分のモノにできないお宝に何の価値があるのか。

「…ちくしょうっ!」

全身の痛みがますます酷くなったような気分だ。

シモンは身体がふらつき、思わず奥に足を踏み込んだ。

とたん、ブゥンという低く鈍い音を立てて、目の前の機械が起動する。

「おわっ!?」

シモンの正面にあるのは、巨大なカプセルだ。

その巨大さは、シモンが二・三人入れるくらいに大きい。

そのカプセルが機械の中心に備え付けられ、その両脇からずらずらと何に使うか見当もつかない機械たちが接続されている。

カプセルの表面には、キーボード付きのモニターが取り付けられている。

モニターに無数の文字や数字の羅列が流れている。

そしてカプセルの中には、良く分からない物体がふよふよと液体の中で漂っている。

一見すると、ゼリーみたいだ。

町のメインストリートに並んでいる屋台で売っていて、シモンには贅沢なそれ。

いつか食べたいと、熱い視線を送っているそれにそっくりだ。

だが、それは見た目の質感だけで、これはどう見ても美味しそうには見えない。

何故なら、それの色が真っ黒だったからだ。

シモンはとりあえず、周りを調べる前にその黒いゼリーを調べることにした。

「こんなカプセルに入ってるんだ、なにか価値があるのかも…」

そう独り言ちながら近づくと、突然警告音が鳴り響いた。

「ピーッ!ピーッ!警告:待機用非常電源、残量僅か。試作兵器コード『イカヅチ』の培養・保管能力に問題発生の危険アリ…」

突然の人の声に驚くシモン。

周りを見回すが、人はいない。

こういった警告音はシモンは体験したことがない。

シモンが潜ってきたところは、大抵取りつくされた後だったからだ。

そんなシモンを尻目に警告は続いた。

「警告:『イカヅチ』の運用計画が達成不能の可能性93%。これより緊急時の対応手順に従い、至近の人間を『イカヅチ』の臨時オペレーターへ強制的に任命します…」

さらに突然、カプセルがゴポゴポと音を立てて内部液が下部に吸い込まれていく。

シモンは混乱した。

唐突に色々なことが起きていて、ただでさえ疲労した頭が事態に追い付いていない。

「警告:『イカヅチ』解放します。至近のオペレーターは衝撃に備えてください。『イカヅチ』が、アナタへ接触します…」

その不穏な警告が止んだ直後、カプセルがガコンッゴゴゴッ!と重い音を立てて開いていく。

シモンは思わず右足を後ろに後ずさった。

何となく嫌な予感がする。

今までこの予感に助けられたことは少なくない。

そうして部屋から出ようと振り返りかけたシモンに、何かが襲い掛かってきた。

部屋の中…いや、カプセルの中からの突然の襲撃に、シモンはわずかに身を捻ることしかできなかった。

襲い掛かってきたソレ、あの黒いゼリーが左手にぶつかり、シモンは思わず悲鳴を上げた。

「っおわああぁ!?痛いっ!?なんっ…!?」

ぶつかった瞬間、シモンの左手に激痛が走った。

怪我が理由ではない。

それよりも、もっと奥の方での痛みだ。

もっと致命的な痛み。

その痛みと、衝撃で倒れたことで打った頭への痛み。

その両方と今までの出来事で、意識が限界を迎えた。

シモンは意識を失った。

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