第2話

(足音!?しまった浮かれ過ぎた!)

シモンは急いで腰のポーチに手を突っ込み、引っ掴んだ物を手に振りかぶった。

扉の向こうの足音はどんどんと近づいて来る。

ゆっくりとした、出来るだけ足音を殺そうと動く音が、おそらく三人分。

そうして数秒後、扉の縁から僅かに顔が見えた瞬間、シモンは振りかぶった手に持った物を投げた。

柔らかなソレを握りつぶさないよう慎重に、しかし確実に届くようにしっかりと。

「…よお、ぼう…」

坊主、と言おうとしたのだろうが、その言葉は途中で遮られた。

中々の速度で投じられた物が、パチャリと音を立ててその顔に命中したからだ。

その顔の持ち主、バンダナを巻いた男は絶叫を上げたが、それはぶつかった痛みからではない。

「痛でぇえぇぇぇっ!目があぁぁっ!」

シモンが投げた特製目潰しが直撃したのだ。

町のゴミ箱を漁って調達した薄いビニール袋に、古くなって捨てられた機械用オイルや鉄粉、料理店のゴミから手に入れた腐ったタマゴを混ぜたものを入れてある。

運の悪いバンダナ男の顔を黒く染め、目に入った鉄粉やタマゴが染みるのだろう。

目を抑えながら、ひょろ長い身体をふらつかせるバンダナ男。

投げると同時に走り出していたシモンは、素早くドアから出ようとする。

そして、バンダナ男の後ろに続いていた、別の男の目の前に飛び出る。

「んなっ!?このっ、クソガキっ!」

そう言ってこちらに手を伸ばすスキンヘッドの腕を掻い潜り、逆にその袖口に手を引っかける。

後ろにいたゴーグル男の振りかぶった角材を、スライディングで躱すついでに引っかけた袖をグイと引っ張った。

そのままゴーグル男の脇を通り抜けると、スキンヘッド男がそれに釣られて体勢を崩す。

体勢の崩れたスキンヘッドと振りぬいた姿勢のゴーグル男がぶつかり、もつれながら倒れた。

「「おうわあっ!?」」

情けない声を上げながら倒れる二人を尻目に、シモンは階段を走った。

三対一では分が悪い。

今のはとっさの動きで翻弄できたが、囲まれれば不利だ。

パソコンは諦めるしかないな、と思う。

おそらくあの場所で密談をしていたのは、自分のような奴に聞かせ、先に行かせるためだったのだ。

危険のあるなしを測るデコイ代わりにされた、つまりまんまと嵌められたのだ。

でなければタイミングが良すぎる。

(また出直して、奴らが取りこぼした小物を掠め取るしかないな…くそっ)

そう思いながら走り続け、一階のカウンターを超えた。

そうして途中にあった、アタッシュケースの転がっている地点まで来たシモンの耳に乾いた破裂音が届くのと、左肩に激痛が走るのは同時だった。

「っぐぁ!っでえ!」

痛みに足をもつれさせて転ぶシモン。

その肩は、まるで切り裂かれたようだった。

その原因は、後ろから追いかけてきた三人。

その内の一人であるスキンヘッドが持つ、金属の塊。

その物体の先からは、短い煙が立ち上ってすぐに消える。

(なんであいつらが銃をっ…!?)

そう、拳銃…リボルバーが握られていた。

あんな場末の不味い鍋を食べているような人間では、おいそれとは手に入らない武器。

それを手にしたスキンヘッド男が、得意げな顔をしながら歩いて来る。

「へっへっ…。どうよ、お前ら。当ててやったぜ」

そう笑うスキンヘッドがシモンに近づき、背中を踏む。

頭がチカチカとするほどの痛みが走り、シモンは声も出せない。

その様子にゴーグル男は、バンダナ男に肩を貸しながらジト目で見ている。

「おい、弾がもったいねえだろ。一発でいくらすると思ってんだ」

その言葉に、ポケットに入れていた弾を弾倉に込めていたスキンヘッドは顔を顰めた。

確かに、拳銃の弾はライフルやショットガンに比べて安価なものだが、それでも安くはない。

少なくとも1箱で、あのネズミ鍋が10杯近くは食べられるのだ。

その言葉と銃弾のリロードによって顔を顰め、手はやりにくそうに震えている。

「んぐ、…くっ、良し入った!…でもよ、そいつの目の分やり返さにゃあ、逃がしたら舐められるぞ。そら、そっちの足を持てよ」

顎をしゃくって、バンダナ男を示す。

その顔は黒いドロドロとした液体で汚れ、涙をとめどなく流しながら目をきつく閉じていた。

着ているジャケットの内側、ショルダーホルスターにリボルバーを仕舞い込んだスキンヘッドがシモンに近づいてきた。

ゴーグル男もヤレヤレと肩をすくめながらバンダナ男を地面に下ろし、スキンヘッド男の言葉通りシモンに近づいて来る。

シモンの右腕がモゾモゾと動き、腰のポーチに伸びるのを目ざとく見つけたスキンヘッド男が、腕を踏みつける。

「っぐあぁぁ!」

手にしていたもう一つの目潰し袋を取り落とさせると、二人はそれぞれ腕と足を持ち上げてシモンを運ぶ。

(まさか…)

シモンは進む先に嫌な予感しかしない。

振りほどこうと暴れるが、顔や腹に拳を叩き込まれる。

「おいおい、暴れるんじゃねえよ。ここで一思いにやってもいいが、弾はもったいねえし、ナイフはこぼれるし、角材やパイプはへこむからなぁ」

乱暴に運ばれた先を見て、シモンはぶわりと冷や汗をかいた。

シモンは、やめろだとか、放せという言葉を飲み込んだ。

言ってもやめる訳がないと理解していたし、言ったところで何の解決にもならない。

だから、シモンは必死に考えていた。

抵抗と脱出の方法を。

しかし、シモンの視線が腕を持つ男の懐からチラリと覗く、鈍色の塊を捉えた。

(銃を持った相手に、勝てるのか…?持っていない、俺が…)

答えは、おそらく誰に聞いても否であっただろう。

二人に運ばれたその先は、シモンの予想通りフロアの床に空く大穴だった。

その端っこにシモンがどさりと下ろされる。

「おい、クソガキ。この穴、どこに繋がってると思う?」

スキンヘッドがニヤニヤと笑いながらシモンを見下ろしながら問う。

ゴーグル男も笑いながら、足元の石ころを穴へ投げ入れた。

石がコツン、コツンと何度も音を立てて落ちていくが、なかなか鳴り止まない。

「へへっ。おいおい、これは相当な深さだな。間違いなくあの世に繋がってるぜ」

そう言うと、二人は顔を見合わせて笑い合い、もう一度シモンを抱え上げた。

じりじりと近づく大穴が、シモンにはバケモンが大口を開けているように見えた。

抵抗しようとするが、文字通り大人と子供ほど違う腕力では振りほどけない。

「あばよ、クソガキ。次に生まれ変わったら、もうちょっと賢くなれよな」

二人は二度、三度と反動をつけると、しごくあっさりとシモンを投げ飛ばした。

一瞬の浮遊感を感じたシモンは、落ちる速度がまるで何十倍にも引き延ばされたように感じていた。

そうして、シモンは穴に落ちる寸前、右手をふるりと振るう。

手品のように右手に袋を出し、手首のスナップだけで放り投げた。

穴に落ちながら、シモンは悲鳴と怒号を聞いた。

「ざまあみろ」

そう言いながら落ちるシモンに向けて、何発かリボルバーが撃ち込まれる。

シモンの身体に何の傷も与えられなかったが。

しかし、間違いなくシモンの身体は下に落ちていった。

地獄とやらに通じているらしい大穴に。

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