例えたとして

ぱんこ

第1話

雨の匂いっていいですよね。




リクは俺が見るに普通の子供だった

容姿も性格も飛び抜けたものがなく頭が良いという印象もなかった。だから油断したんだ、いやあまり深く考えていなかったのだ。そういう子ほど内側に秘めたものが想像もしえないほど肥大だということに。


え?アメ?

はい。ジメジメしてて

そっちね。

あ、はい、

雨に匂いなんてある?

ありますよ道路から上がってくる感じ土とかが蒸れてる感じの、これが雨の匂いかは分かりませんけど。

そんな匂い嗅いだことないや

今度嗅ぎに行きましょう

変わったこと言うなと思った。

嗅ぎに行きましょうなんて普通言わないだろう。けどふとリクを見ると耳が焼けそうなほど赤く染っていた。

ああ、この子にはこの言葉は精一杯振り絞ったものなんだ。そう思うとやはり可愛いものだなと感じた。


俺たちが初めてあったのは家より離れたコンビニだった。高校を卒業し、流れるまま県外に就職した俺は家賃5万程のアパートに一人暮らしをしていた。日にちも変わる頃、俺は呑みの帰りで水でも買おうと不意に入ったコンビニでリクを見た。こんな深夜に子供がカップラーメンを迷っているのを見て、最初は小学生くらいの子が少し夜を楽しんでるもんだと思っていた。けどその子供の表情は暗くてあまりに親に歯向かってぶらぶらしているような様子には見えなかった。

君、親は?

気がついたら声をかけ顔を覗き込む

白く柔らかな肌に少しコケた頬。心配になるほどではないが痩せているのは確かだ。

いや、1人です。

お腹すいちゃって。

そっか。送るよ。

子供の家に送るまでの道は静かすぎるほどお互いに何も話さなかった。

家の前でまたお礼をされ、ドアが閉まるのを見届けて家に帰った。

友達いなそうだな。真っ先の感想がそれだった。教室の端で外を眺めてるような子。

まさにそれだった。

1週間後、俺は少し気がかりになって家から遠いあのコンビニにわざわざ足を運んだ。日にちが変わる頃。するとまたカップラーメンを選んでいた。けど今回は子供から声をかけてきた。

おじさん。

久しぶり、せめてお兄さんってよんでよ。

ふふ。ごめんなさい。おにいさん。

今日もお腹すいたの?

え?あ、うん、僕ねリクっていうの。お兄さんは?

ユウジ。リクって何歳?小学生?

ぼく14だよ。中2。ユウジさんは?

俺は内緒。今日も送るよ

この日は帰り道も少し話したリクは割とよく笑うやつだった。

俺はドアが閉まるのを見て家に帰った。

帰り際話したことを思い出す。魚が好きなのか。カップラーメンはシーフードじゃないのな。それから俺と陸は平日の日にちが変わる頃コンビニで会うと陸の家まで送る関係が続いた。半年ほど経った時、ふとおもい経ってきいた。

リク、高校は?

近くの高校かな、家出れないし。

そっか、ていうかリク、ご飯ちゃんと食べてるのか?いつもカップラーメンで、夜食してるにしては痩せてるだろ。しかも最近また細くなってきたような。

食べてるよ。ユウジさんと違って若いからね、ふふ。

このやろっ。言うようになったなあ?

へへ。ごめんって。

この頃になるとお互い様に自分のことを話すようになっていた。リクは勉強の事ばかりで自分の友達などの話題は口にしなかったが、最初の印象が印象だったため、あまり気にはならなかった。又半年。リクは中学を卒業した。その頃には背も伸びて体こそ細いままだったが今どきな整った男だった。新たな春を迎えようとした時、俺の転勤がきまった。

場所はそう遠くはなかったがこれまでのようにリクと頻繁に会うことはできないだろうと思った。卒業式の夜リクとは前もって約束をし、公園で待ち合わせをした。俺が行った時にはリクはもう既についていて、ベンチに腰掛け、自分の赤らみた手に息をはーっとはいていた。

いくら春でも夜は冷えるよなあ。ごめんなリク、まった?

うんん。今来たとこ。

うそつけ。震えてんじゃねえか。

俺はそっとマフラーをリクの首に巻いた。

ありがとう。

リク卒業おめでとう。高校生だな。これから楽しみだろ。

あんまりわかんないや。通学時間とかあんまり変わらないし。

ははっ。そんなもんか。なあリク。俺春から転勤になったんだ。遠くはないけど。

そうなんだ。手繋いでいい?寒い。

ん?ああ、いいよ。

ふふ。暖かい。いつ帰ってくるの?

2~3年くらいじゃないかな?

会えないわけじゃないよね?

ああ、会えるよ。今までみたいに頻繁には会えねえだろうけどな。

空気がまた冷えたか気がした。

夜の春風か公園に咲く桜の花びらを地面に散りばめていく。桜の見頃は短いものだ。満開を迎えてすぐ雨と風に当てられて息付く間もなく散っていく。

寂しいなぁ、、、ひっく。

あ?泣いてんのかリク?ははっ。永遠の別れじゃねえんだぞ。

俺はリクの顔を覗き込む。

ちゅ。

一瞬すぎて何が起こったか分からなかった。少し驚いて目を向けると、目の前のリクは笑っていた。

へへ。お別れの挨拶。ちょっと大人っぽくない?

ったく。今どきの子供は。

ユウジさんそのセリフオヤジだよ。

このやろっ。頭をぐしゃぐしゃにする。

正直驚いた。なんかもっと無知だと思っていた。けど、握っている手は小さくはなくて確かに男の手だった。

いつも通りリクの家まで送るとリクは、

またね!

と言ってドアを閉めた。

俺はあの時の事を思い出しながら久々に触れる感触に年甲斐なく動揺していた。





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