第6話
「何をしているの?」
我に返ったソライの前に立つのは、やはりボロボロの着物姿の少年だった。
なぜ浄化を途中で止めたのか、疑問で仕方がないといった様子で覗き込んできていた。
「……いや、浄化に使うこの鎮魂石が使用切れしただけだよ」
ソライは苦笑を浮かべた。
あれから、兵役を終え、鎮魂師となるまでの間、ソライは数多くの命を奪ってきた。
かつては白狼と同じように獣の姿で野山を駆けまわっていた緑鹿たちは、人型になることを覚え、また人智を得ることにより攻撃的になっていった。霊力を持つものが緑鹿に多いのも、もとはと言えば草食動物であった獣が利益のために突然動物を殺傷するようになったから。心身に負荷がかかり突然変異が起こったためという一説もあるくらいだ。
いつしか獣になることを忘れた緑鹿たちは、鎮魂師の本来の目的――奪われるはずでなかった命の鎮魂という名目も忘れ、こうして新天地の開発のために霊を浄化しろと言う。そもそも、鎮魂師の仕事内容は魂を『鎮める』ことであり、『浄化』して跡形もなく昇天させてしまうことではないのだ。魂が落ち着いているのなら無理に浄化させる必要もない。
なれば、何も少年をここで昇天させずともよいのではないのか。
むしろここで彼を浄化してしまうことは、緑鹿の長以外、誰のためにもならない。
徐に、ソライは首から真っ白になった鎮魂石を外し、少年の細い首に下げた。
「……もしかしたら、神とやらは僕にもう一度誰かを助ける機会を与えたのかもしれないですね」
「なんのこと?」
不思議そうに問いかける少年に、ソライはにっこりと微笑み、知らずともよいと銀の髪を撫でた。
「こちらの話です。ところで、あなた、僕と一緒に生活をしませんか? 鎮魂師の助手をしてもらいたい。きっと、誰かの役に立つ仕事ができると思います」
「えっと、それって……。僕、もう死んでいるんだよね。まだ生きることができるの?」
ソライはゆっくりとうなずいた。
「たしかに、魂だけでいつまでも現世にとどまることはできません。だから、あなたには魂が宿る器を授けます。千年の時をかけて作られた鎮魂の石。宿ることで、きっと居心地の良い場所となることでしょう。そして、まずあなたは僕の役に立ってほしいのです。この森一帯を浄化させねばならないのですが、あいにく鎮魂石が使用不可となってしまったため、仕事ができません。あなたがこの中に宿ることで、石は復活するのですが」
少年は、少しの間戸惑いながらも、やがて「分かったよ」と首肯した。
二人の少年の間で、鎮魂石が藍の光を取り戻す。
強く、強く瞬く光に濃霧も灰も浄化され、消えてゆく。
虚無となった泥炭の地には草木が芽生え始め、かつての森よりも明るい若葉が芽生え始めた。
細い樹木は太い大木へと姿を変えていく。
ソライは改めて、長い銀の髪を風になびかせる少年に問いかけた。
「あなたの名前は?」
「ホタカ」
「そうか。では、ホタカ、その鎮魂石に宿れ。僕と契約を結びましょう」
ホタカの姿が、人から白の狼へと変化する。
二人の契約が結ばれたことを祝福するように、強い風が吹き、若葉が宙で踊った。
「はい」
ホタカは鎮魂石に吸い込まれる。光が収まった石は、透明な藍色を取り戻していた。
緑の地面に落ちたその石を拾い上げると、ソライは再び首から下げた。
鎮魂石に魂を宿すことで石を半永久的に使用できるようになるため、契約することそのものは珍しいことではない。しかし、敵国だった民の子どもを宿したとなれば話は別だ。
だが、後悔はなかった。
「さて、かくして私は自由になりましたね。あまりに自由すぎるということは逆に厄介でもありますが……」
ソライは復活した森をひとしきり見回した後、さらに奥地へと進んでゆく。
これから、彼らがどのような道を歩むのか。
それは彼らすらも知らない物語――。
白狼が燃えた森 鳴杞ハグラ @narukihagura
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