第10話

「クロウ」

そう呼ばれて、烏は顔を向けた。随分長く、他の名で呼ばれていたような気がする。実際は、それほど長い時間では無かったのだろうが。

 烏が暗闇をじっと見つめていると、その中に、薄く、烏と同じ山伏の装束が見える。ただ、その身の丈は烏よりずっと大きかった。烏と同じように顔の下の部分だけが、暗闇から抜け出て見えるが、面は着けてはいないようだった。ただ、暗闇がかの山伏の面であるかのようだった。

「師様」

烏が頭を下げる。

「此度の迷い人は無事還られたか」

師、と、烏に呼ばれた男の声は、深くて重い。そして、どこまでも深い湖のように静かに冴えわたっていた。

「恙なく」

そう言って、烏は手の中の小さく光る水晶か金剛石の欠片のようなものを師に見せた。美しく澄んだ光が、ゆらゆらと揺れている。入道の光が飛び去る時、烏の手に残したものだった。

「重畳」

師の口元が僅かに笑みを作ったように見えた。

「参ろう」

そう言うと、師が踵を返して暗闇に消える。烏は短く返事をしてその後を追った。


だが、彼は数歩歩いて足を止めた。


そして、くるりと振り返り、体ごと、こちら、を向いた。

恭しく一礼すると、半分だけ見えている顔で


笑った

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天鏡 -うつしみる道程 - @reimitsuki

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