超級豪速! ストライク・ラブレター

猫とホウキ

第1話

 クラスメイトの多村君は、とても可愛い顔立ちをしていて、女子たちに人気があります。私も彼のことが好きで、もう絶対、ぜったーい、告白してお付き合いしちゃおうと決めているのですが、そこには大きな壁が……。


 それは八人の乙女エイトシスターズの存在です。


 自称親衛隊の彼女たちは、多村君と親しくしようとする女子を一人たりとも許しません。女の子が彼に近付こうものなら、力をもって排除されます。

 たとえばラブレターを下駄箱に入れたとしても、それが彼に届くことはありません。彼女たちの手により即座に破られ捨てられ、燃えるゴミに分別されてしまいます。

 電話、メール、SNS等の彼に繋がる情報も徹底的に管理されていて、私の立場では何一つ入手することができません。


 でも、そんなことで私は諦めません。彼に愛を伝える方法は他にもあります。


 紙に気持ちを書く。つまりラブレター。これを下駄箱に入れれば捨てられてしまいますが、紙を丸めて、授業中に投げて渡せば、八人の乙女ジャッジメントエイトの目をかいくぐり彼に想いを伝えることができます。

 私はある日、その作戦を実行に移しました。先生が黒板を書いている時間が長い、日本史の授業が狙い目です。延々と板書を続ける先生の背後で、私は丸めたラブレターを多村君に向かって投じました。


 そして、これが長きに渡る戦いの始まりとなるのです。


 八人の乙女ガーディアンエイトの筆頭にして、クラスで一番の美少女、佐々木さん。彼女は紙ボールの進路に回り込むと、筒状に丸めた教科書でそれを打ち返しました。私は予備の紙ボールを投じますが、またも打ち返されてしまいます。

 佐々木さんはホームラン予告するバッターのように教科書の先を私に向けました。このとき、私の心に鬼のような闘志が、それはもうメラメラメラッサとキャンプファイヤーのように燃え上がったのでした。


 それからというもの、私の日常は佐々木さんに勝つための研鑽に費やされます。

 通学時、電車に乗ったりはしません。走ります。そして学校に着いても、四階にある教室まで階段を使ったりはしません。壁をよじ登ります。

 家でも外でも、隙あらばシャドウピッチングをします。休みの日は河川敷に佐々木人形(等身大)を設置し、ひたすら石を投げ込んで投球練習をします。

 研究も怠りません。大量に野球漫画を読み、魔球のコツを学びます。ボールを消すとか余裕ですよね!


 春は過ぎ、夏も終わりました。ただの女子高生から一人の戦士ラブファイターに成長した私を、果たして八人の乙女やつほしのおとめたちは止められるでしょうか。


 決戦の十月。その日、教室の中は硝煙の匂いで満たされていたような気がします。日本史の授業が始まると、私は用意していた弾丸ラブレターを手にします。

 佐々木さんと目が合いました。美しい彼女の瞳に、青い炎が灯っています。冷静で、それでいて熱い。やはり彼女はただ者ではありません。


 しかし、彼女とて、今の私を止めることはできないでしょう。


 一撃で決める。私は機械のような精緻なフォームで、多村君めがけて紙ボールを投じました。重力に逆らい真っ直ぐに伸びるストレート。常人では目視することさえ叶わないその速さに、佐々木さんの教科書バットは空を切る……と、そう信じて疑いませんでした。

 気付いたとき。

 打ち返されたラブレター愛の残骸は私の足元に転がっていました。

 不敵に笑う佐々木さん。才能溢れた彼女にとって、私の努力など取るに足らないものなのでしょうか。

 まだ勝負は終わっていません。私はストレートは諦め、上下左右と縦横無尽に駆け回るだけのごく一般的な変化球を投じました。

 佐々木さんは表情も変えず、それをあっさりと打ち返します。

 続けて私は切り札のを投じました。どんな魔球かというと、まあ、消えます。普通の人間には打てるはずのない球です。

 しかも佐々木さんにとっては、子供の投げたゆるふわ投球みたいなものだったのでしょう。なんと片手で打ち返してしまいました。

 私の足元に転がるラブレター間違った結末たち。まだ紙ボールは手元に残っていますが、まぐれでも多村君の元に届くことはなさそうです。


 私は敗北を認めました。そして、更なる努力を決意します。


 走って通学?

 なんて甘い考えでしょうか。

 勝つためには逆立ちで歩くのでもまだ足りません。逆立ちして指二本、いや、指一本で走ります。

 壁をよじ登る?

 なんてぬるい運動なのでしょうか。壁なんてものは駆け上がるものです。サッカー部の佐藤君とバスケ部の田中君を両脇に抱えて、私は四階の教室まで校舎の壁を登ります。

 休み時間も腹筋、背筋、大回転と特訓を続けます。分身してみたりもします。増えたままうっかり授業を受けて怒られることもありました。


 秋が過ぎ、冬が訪れました。進級、それからクラス替えの日が迫っています。早く多村君に想いを伝えなければなりません。


 勝負の二月。私は八人の乙女ダブルクローバーガールズ、そして佐々木さんとの対決に挑みます。

 その日、朝から教室はびりびりとした緊張感の中にありました。佐々木さんたちは、私の覚悟を察しているのでしょう。日本史の授業が近くなるにつれ、その緊張感はさらに強まっていきます。


 そして四限目。日本史の授業が始まります。先生が長々と板書を始めたときが告白タイムプレイボールとなります。


 私は丁寧に書いたラブレターをくしゃくしゃに丸めて、紙ボールを作りました。長期戦のつもりはありません。用意したラブレターは三通だけです。

 この三通がすべて打ち返されたら私の負けということです。野球で言えばスリーアウトといったところでしょうか。攻守逆な気もしますが。


 先生が私たちに背を向けて、板書を始めました。私は、ラブレター愛の先兵を握りしめ、多村君、それから佐々木さんを見ました。

 佐々木さんと目が合います。彼女の表情は湖面のように落ち着いていますが、やはりその目の奥には激流のような感情がほとばしっているのが分かります。


 まずは第一球。私は小細工無しの一撃を放ちました。

 それは勝利の一撃です。何故なら、あまりにも速すぎるため、教科書バットごときでは打ち返すことができないからです。紙ボールは教科書を貫通し、多村君の元に届くことでしょう。


 でも、そうはなりませんでした。


 私は一瞬、何が起きたのか理解できませんでした。打ち返された紙ボール届かなかった想いは、黒焦げとなって私の足元に転がっています。


 佐々木さんはこれ見よがしに教科書を見せつけてきます。それを見て、ようやく私は打ち返された理由を知りました。


 金属製?


 鋼の教科書なんて聞いたこともありませんし、前回の戦いのときにはもちろん存在しなかったものです。

 私が肉体改造にて豪速球を磨いている間、彼女は装備を充実させていたわけです。なんて効率的でしょう。これでは私が馬鹿脳みそまで筋肉でできているみたいじゃないですか。

 まあ、筋肉になってますけどね、脳みそ。


 しかし困りました。変化球も魔球も一度は見切られています。分身の術も使えますが、パワーが半分になるので効果的ではありません。


 大切な二球目です。できればここで成功させておきたい。

 私はある策を閃きます。


 デコイ。まず明々後日の方向に消しゴムを投げて、彼女を遠ざけた後、本命のラブレターを多村君に投じるというものです。この知的な作戦を成功させ、脳みそ筋肉のうきんという乙女ちっくじゃない称号を返上してみせます。


 佐々木さんから見えないように消しゴムを掴みます。それを多村君から少し離れた福山君めがけて投じます。


 消しゴムは見事、福山君に命中し、彼を盛大に吹き飛ばしました。命に別状はない威力だったかと思いますが、少し心配ですね。

 一方、佐々木さんは頭を抱えています。何よこの馬鹿……とでも言いたそうな雰囲気です。デコイに引っかからなかったのは流石と言いたいところですが、明らかに多村君を狙ってないコースに投じられた球に、彼女が釣られるはずもありません。これは必然的な結果と言えるでしょう。


 つまり福山君は無駄に怪我をしたわけです。私は脳みそ筋肉ばかじゃないもん!のうみそきんにくなだけだもん!の汚名を返上するどころか、実感するばかりですね。


 福山君が搬送されるのを見届け、私は次の作戦を考えます。幸い、ラブレター愛の突撃兵はまだ二通残っていま……。


 残っていません。実は消しゴムと一緒にラブレターも握りしめていて、時間差で投げるつもりだったのですが、どうやら一緒に投げてしまっているようです。


 あるあるですよね?

 私、馬鹿じゃないですよね?


 とにかく、無駄に一球を捨ててしまいました。もう失敗はできません。

 どうやら私には小細工をする器用さはないようです。やはり鍛えに鍛えた筋肉ストレートで、佐々木さんに勝つしかないようです。


 私は……勝てるでしょうか?

 あの鋼を撃ち抜くことができるでしょうか?


 多村君を見ます。このとき、偶然でしょうか、否、。なんと多村君と視線が合ったのです。


 もう結婚するしかありません。


 次に佐々木さんを見ます。美しい彼女も、運命を味方にした私に勝てるはずがないのです。

 私は佐々木さんを指先でちょいちょいと挑発しました。それを見て、彼女は鋼の教科書バットを構えます。

 私はラブレター愛のリーサルウェポンを握りしめます。愛をその一球に込めます。


 そして、神速の一撃を放ちました。

 その神速をも、佐々木さんは捉えました。


 恐るべき、としか言いようがありません。今までであれば、もう決着しているところです。

 しかし今回は、今までとは違います。多村君より受け取った愛の力は、物理的な破壊能力へと変換され球に込められています。


 佐々木さんの表情に、焦り、驚愕、それから絶望。あらまあ、ポーカーフェイスな彼女も、案外、表情豊かなんですね。


 紙ボールはハート型の炎を纏い、鋼の教科書をじりじりと押し込んでいました。佐々木さんの驚異的なスイングパワーにより拮抗してはいますが、残念ながら教科書は耐えられない。


 そしてついに、ラブレター多村きゅーん!会いに来たよー!はバットを突き破り、無事、


 ……。

 ……。

 ……。


 というわけで、多村君は全治一週間の怪我を負いました。後遺症はありませんが、どういうわけか私の名前を聞くと酷く怯えるようになってしまいました。話しかけると気絶します。

 なお、当然の結末ではありますが、ラブレターは読まれることはありませんでした。黒焦げでしたしね。


 その後、親しくなるチャンスもないまま、翌年度になって私と多村君は(強制的に)別のクラスになってしまいました。残念でしたが、悪いことばかりじゃなかったです。


 ある日、宿敵の佐々木さんに声をかけられました。そして、こう言われたのです。


「黒川さん。あなた、八人の乙女ヴァルキリーエイトに入る気はない? 良いポジションを用意するわよ」


 私は首を傾げました。


「私なんて、仲間にしてどうするのですか?」


 佐々木さんは、何かを私に手渡します。

 それは野球のボールでした。


「あなたを入れれば九人になる。野球、やりましょう」


 まったく意味が分かりませんでした。良いポジションって、ピッチャーですかね?


 でも佐々木さん直々の誘いを断ることはできず、八人の乙女さつじんベースボールガールズとともに野球同好会を結成。楽しく一年を過ごしました。


 その一年の間に私はたくさんの二つ名を得ることになりました。その中にこういう名前があります。


 愛を投げる悪魔キラーマシーン。多村君の事件以降、殿方への告白の仕方に問題があるようですね。ええ、そうでしょう。

 

 告白相手被害者の方々、本当にごめんなさい。悪気はなかったんです。多村君、西崎君、須藤君、久保山君、柳田君、木村君、加藤君、竹田君……ええっと、あとは……。


 まあ、次からはもっと手加減して投げますよ。ラブレター。

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