華やかさにはほど遠いが、美しい



 私にとっては、花のような人だった。

 自分とは違う物質で出来ているのではないかと錯覚するほど、穏やかで、あたたかくて、人間らしかった。

 恋とは素晴らしいものだよ、と教えてくれたあなたにとって、私はどんな存在だったのだろう。



 家を出た頃はすっきりとした秋晴れだったのに、待ち合わせ場所に着いた頃には既に曇っていた。

 一層のこと雨が降ればいいのにと思ってしまうのは、雨が降れば、外に出ない口実になるからだ。憂鬱な気分になっても誰も責めたりしないし、何かを考えるにはうってつけの時間である。正直なところ、彼のことを考えることさえ億劫だったけれど、放置することのほうが面倒だった。誰かが思っているよりも、自分はたいして器用ではなかった。


 ワイヤレスイヤホンからはお気に入りの曲が流れてくるけれど、気分は全く上がらないし、何も頭に入ってこない。


 偶然、彼と知り合いの女性が寄り添って歩いているのを見た時は、怒りや悲しさよりも先ず「なるほど」と納得してしまった。次いで、器用な人たちだと純粋に思った。相手に悟られないように嘘をつくことは、私にとっては簡単じゃなかったから。


 関係が始まった穏やかな春の日、あの時の感情は嘘ではなかったし、彼だって本心だった(と思う)。けれど私たちは誰もが違う人生を歩むし、決して変わらない物事などない。出会いや別れは、私たちは結局他人であるから仕方がない。花のようなあなたと、なんでもない私とでは、長く続かないことは目に見えていた。


「おはよう。…どうしたの?」

「考えごとをしていただけだよ。」


 そう?考えはまとまった?と笑ってくれるあなたのことを、私は、私なりに愛おしいと思っていたから手離し辛かったのかもしれない。花のように穏やかで、あたたかくて、繊細で___理解できない人間らしい人。


 そんなあなたを好ましく思っているから、誰かにとってのあなたが美しいままでいてほしい。そして、私があなたの考える私であり続けるために、こうするしかないのだ。


「別れよう。」



 そんな顔しなくたって、大丈夫だよ。辛いのは一瞬だし、あの人が慰めてくれるし、友達だって励ましてくれるし、あなたはひとりにならないよ。別れるって決めたあなたじゃない、悪者になったのは私だから。



 どうして別れることがそんなに悲しいことなのだろう。だって私たち、ずっと男と女だったのだから仕方がないよ。思い出も時間もなくなったりしないのだから、いつか美しいものに変わっていくはずでしょう。

 雨の降り出した帰り道で、そう言った私に何も言わずに涙を流した彼の気持ちを考えたが、ちっともわからなかった。

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