5−40 どうにでもなるもんだ
「……よかったのか。あれで」
ロロヴィクをはじめとする獣人たちを見送ったあと、セイルはぼそりと呟いた。テーブルの中心に咲いたパラソルの下で、問いを受けた少女が軽やかに返す。
「ロロたちはありがたいことばかり言ってくれやしたがね。感謝するのは、あっしのほうってもんです」
活気ある雑踏を見つめるタルトトの横顔は穏やかだった。花弁を抱いた風が少女のオレンジ色の髪をくすぐる。
「あっしはずっと、自分が獣人であることが残念だと思って生きてきやした。こんなちっぽけなカラダじゃたいしたことはできないって、頭っから決めつけてきたんでやんす」
そこで一度言葉を切り、商人は氷が浮いた飲み物をじっと見つめた。何かを決意したような顔でぐいとそれを煽り、ぷはっと息を吐く。
「けどね。獣人だろうがヒトだろうが竜だろうが――結局はてめえの選択次第で、どうにでもなるもんだって思い知りやした。その証拠に、身体の隅々まで鍛えぬいたロロたちは、王国騎士にも引けを取らなかった」
「獣人たちの中には俺っちが見たところ、地道な研鑽の末に知識を得た“優れた大商人”もいるみたいだけどね?」
「や、やめてくだせえよ! 小っ恥ずかしい」
三角耳をふにゃりと折った少女が照れるのを眺め、アーガントリウスは微笑んだ。セイルは空になった彼のグラスにそっと肉の刺さっていない串を投げ入れ、同席者たちを見る。
「あっしはもっと、自分が持ってるこの鼻や目や――苦労して蓄えた知識を信じてやるべきでした。そいつらに誇りってやつを持たなきゃなんねえ」
「この尻尾にも誇りを持て」
「ふぎゃあっ! ちょっと旦那それ、セクハラっすから!」
「あーあ、結局いつものパンツ姿じゃん。あのドレス可愛かったのになあ」
セイルに掴まれた尻尾を慌てて抱き寄せるタルトトを見、知恵竜が残念そうに唸る。屋敷で自分の服を発見した少女は早々にドレスを脱ぎ捨て、いつもの身軽な旅装姿へと戻っていた。
ショートパンツの足を組み、商人は自慢の帽子をくいと小粋に傾けて告げる。
「ふん。出るとこ出てきた時にゃ、度肝を抜かせてやりやすよ!」
「あっ、見つけたわ! お兄ちゃーん」
妹の明るい声を先頭に、人波から残りの仲間たちが顔を出した。全員が狭いテーブルの周りに集まると、やや声量を落として王女が報告する。
「どうやら屋敷から去った“半端竜人”――オルヴァさんは、サルーダスの街には現れなかったようです」
「ええ。あんな姿で飛ぶ男を見たひとがいるなら、今頃大騒ぎになっているはずだもの。よかったわ」
タルトトのとなりに腰をおろした妹が、ほうと安堵の息を落とす。包帯が巻かれた頭で左右を見、今度はリクスンが質問を寄越した。
「こちらへ向かう獣人たちの集団が見えたが、彼らとは話ができたのか?」
「ああ。今から全員で、屋台の端から端まで食べ歩くらしい」
「そうか……。それは心から満喫してほしいものだな。俺も旅途中でなければ、彼らの今後を支えてやりたいものだが」
全身の至るところを覆う傷のことなど忘れてしまったかのように笑う騎士。彼らの飲食代は城へ請求がいくぞとセイルが言い添えると、青年の笑顔はとたんに凍りついた。
そんな側付には気づかない王女が、不安げな顔で師を見遣る。
「や、やはりオルヴァさんは、“組織”の元へと戻ったのでしょうか? 先生」
「だろうねえ。バネディットを殺したのは、口封じのためかな」
「私やセイルさんのほかにも、ヒトと竜人の姿を行き来できる存在がいたなんて……。それに彼が言っていた、“あの御方”というのは一体」
誰もが黙り込み、疑問と推測の海に沈んでいく。姿の見えない敵の総大将よりも、セイルはあの不気味な使用人が去り際に残した言葉が気になっていた。
“これから先、面白いものも拝見できそうですしね”
木こりの視線はなんとなく宙を彷徨い、難しい顔をして腕組みする怪我人へと流れ着く。
「……騎士。身体はもう、なんともないのか」
「む? 見てのとおりだぞ、木こり。さすがに貴様ほどの回復力はないが、旅に支障は出さん」
「ヒトにとっては強力な毒だったと聞いた」
セイルの指摘を受け、騎士は肩の該当部に手を当てる。服に隠れていて見えないものの、いつも身につけている防具の姿はなかった。
「貴様の妹の処置が効いている。あと数日あれば、また鍛錬の相手ができるぞ」
「もう、なにが数日よ。激しい運動は、少なくとも2週間は禁止だからね」
「なっ!? 腕が鈍るではないか、ホワード妹!」
「その腕が動かないから休みなさいって言ってるのよ、脳筋騎士!」
「そうはいかん! 剣術とは、日々の積み重ね――が」
妹といつも通りの口論を交わすリクスンだったが、大きな声を出した直後にふらりと体勢を崩す。
「……ッ」
テーブルに手をついて身体を支えた青年に、仲間たちが身を乗り出した。臣下の大きな背に手を回し、フィールーンが悲痛な声で呼びかける。
「り、リン! 大丈夫ですか」
「申し訳、ありません……。少し、めまいが」
「ほら、言ったそばから! 無理しちゃだめよ」
タルトトが急いで引っ張ってきた椅子に押し込められた青年は、こめかみを押さえてうつむいている。
「……?」
セイルはもう一度、仲間の姿を見つめた。怪我が多いほかにはとくに変わらぬ、見慣れた頑固者の姿だ。だというのに、このひとひらの違和感は何だろうか――。
「はい、じゃあ今日はこれでお開きねー」
パンと手を打ち鳴らした知恵竜が、若者たちを見回して明るい声で進言した。
「そろそろ宿に戻ろっか。べつに今日発つわけでもないんだしね」
「お気遣いは無用です、アーガントリウス殿……! このくらい、なんとも」
「宿の食堂に、かわいい娘がいんのよ。絶対俺っちが帰ってくるの待ってるはずだからさあ」
「しかし、早く姫様の薬を作らねば――!」
言ってから騎士は、しまったという風に口に手を当てた。気まずい沈黙が仲間たちの間に広がるが、王女本人がそれを打ち破る。
「み、見つかりませんでしたね……。ギャラクトラペルポルッコルウィーナ」
さまざまな栞が納められている部屋は、すぐに見つけることができた。しかもバネディットの興味は引かなかったらしく、ほとんど荒らされた形跡もない状態だった。
それでも壁に並べられた美しい栞の中に、件の花の姿を発見することは叶わなかったのである。セイルは獣人たちの手も借りて花盛屋敷の隅々までも探し回ったが、結果が変わることはなかった。
「明日も探しに行きましょうよ。あんなに広い建物なんだもの、地下室みたいに隠された部屋があるかもしれないわ」
「そ、そうですね! お屋敷の権利に関する書類も、まとめておいたほうが良いでしょうし」
「そういやフィールーンさま、あの幽霊さんに何か持たされちゃいやせんでしたか?」
タルトトに指摘され、フィールーンは肩掛け鞄から古びた本を取り出す。手書きらしいタイトルはエルフ語で読めなかったが、セイルの視線に気づいた王女が微笑んで説明してくれた。
「これはムクファ様の、手作りの研究誌なんです。城へ寄贈する前に、少し読ませていただこうと思って。すごいんですよ! 植物のスケッチも、とても丁寧で……」
「そこにギョラドレンポランチーノの在り処は載ってないのか」
「ふふっ。そんなに都合良くは――」
苦笑した王女がページをめくると、はらりと薄い何かがテーブルの上へと滑り落ちる。天使の羽のように軽やかに舞うそれは、すぐに皆の視線を釘付けにした。
「!?」
飴色になった用紙に閉じ込められているのは、わずかに発光しているとさえ見紛うほどの――白い花弁。
「フィル! そ、それってもしかして――ギャラクトラペりゅ、あいたッ」
「まさか、例のギョルントランペットウィーノなのか!?」
「あっしはもう挑戦しやせんが……でもこいつは、たまげたっす!」
恐れをなしたように固まる若者たちにかまわず、アーガントリウスがひょいと栞をつまみあげる。長い睫毛を上下させて花弁を検分したのち、弟子へと微笑んだ。
「うん。これだけあれば、薬にはこと足りる。保存状態も文句なし。よかったねえ、フィル」
「……っ!」
震える手で栞を受け取り、フィールーンは空色の目に涙を溜めてうなずいた。すぐに駆け寄ってきたエルシーとタルトトが両脇から抱きつき、嬉しい悲鳴を上げる。
「やったあ! ああもう、なんか泣けてきちゃうわ」
「あっしもだ! 今日は記念すべき日になりそうっすね」
大事な戦利品が王女の手から抜け出て、逃げるようにテーブルに落ちる。仰々しい言葉を主君に向けて喜ぶ騎士を横目に、セイルは不思議な生気を持つ栞を手に取った。
(おや。裏側になにか書いてあるよ、セイル)
「?」
友の声に促され、セイルは栞をそっと裏返してみる。繊細な文字で書き記された一文を読んだ木こりはひとり、静かに口の端を持ち上げた。
『ギャラクトラペルポルッコルウィーナ――花言葉、“未来への祈り”』
<第5章:未来への祈り 完>
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たいへんに長くなってしまった5章をお読みいただき、誠にありがとうございましたー!ここまでついてきてくださっている読者様には本当に頭があがりません。
ですが長いついでに、このあともう1話だけお話させてください(笑)章の切れ目では恒例となっているおまけでございます。今回は今章で距離が急接近♡した、あの頑固者ふたりのお話となっております。
4章おまけとは違い、今回は間話といえど出来れば読んでいただきたい内容となっております。更新の際は、ぜひ遊びにきてくださいませー!
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