5−9 最ッ低!

 使用人の宣告に真っ先に声を上げたのは、紅色のドレスに身を包んだ少女だった。


「あ、あたしたちの命……ですって!? いつ、そんな――!」


 すぐにハッとした様子になり、エルシーは身につけたばかりの白いチョーカーに手を伸ばす。セイルを含め、全員が同じ動作を行おうとしたが――


「ああ、お触りになりませんよう。皆様の力ごときではどうにもならない品です」

「なんだ、これは! 先ほどと手触りが違うぞ!? まるで鉄だ」

「はい。術が発動しましたので」


 愕然とするリクスンと同じく、セイルも自身の宝飾品を検分してみる。装着した際は丈夫な革程度のしなりをもっていたそれは、今や冷たい鋼鉄のごとき強靭な素材へと変化していた。


「フィル、これは」

「はい。に、似ていますね……ミドアさんの、首輪と」


 顔から血の気を引かせつつも、王女フィールーンはしっかりと問いに答える。深呼吸したあと王女は目を閉じ、チョーカーに指を添えたまま呟いた。


「先ほどまでは感じられなかった、細い魔力の流れがあります。糸みたいですが、とても強い敵意……のような」

「さっすが俺っちの弟子ちゃん。良い感覚してるわー」

「アガト。それを先に感じ取るのが師匠の役目じゃないのか」


 セイルは非難を込めた目でじろりと知恵竜を睨む。暗い窓を背に立つアーガントリウスは、首の後ろでまとめた長髪をさらりとなびかせて答えた。


「いやー、ホントに参ったよね。全然わかんなかった」

「……。チョーカーを手にした時、オレにうなずいてみせたのは」

「え? ああ、“結構似合ってるから大丈夫だよ☆”って伝えたくって……」

「まぎらわしい意思を送るな」


 どうやらこの宝飾品は、大魔法使いの目をも謀る造りをしているらしい。心中の賢者も『ごめん、僕にもわからなかった』と謝罪を口にする。


 一同の動揺をひとしきり観察したあと、使用人オルヴァはにこやかに言った。


「チョーカーの中には私の毛髪が編み込まれております。こちらが魔力を込めないかぎり、察知することは不可能でございます」

「へえ。お前、ただの使用人じゃないね。この素敵なオモチャで俺っちたちを捕まえてどうするつもり? 闇市にでも流そうってわけ」

「いいえ、滅相もございません」


 アーガントリウスの冷ややかな声にも、使用人はまったく表情を変えない。彼の顔自体がまるで仮面のようだと感じたセイルは、さらに警戒の色を濃くした。


「貴方様がたはお客様であると同時に、映えある“景品”でもあります。丁重なおもてなしをするようにと、夫人から仰せつかっております」

「そりゃどうも。なら温かい紅茶とお菓子でも持ってきてくれる?」

「残念ですが――まずは当館の支配人から、ご挨拶のほどを」

「!」


 オルヴァは足音もなく後退し、上等なドアを丁寧に開く。大きなドア幅のすべてを埋め尽くす大柄な女が、黒いドレスの裾を擦りつつ入室してきた。


「こんばんは、皆さん」


 昼間よりさらに豪奢なドレスをまとった女は、でっぷりとした頰肉に囲まれた目で一同を見回す。


「約束どおり訪ねて来てくださって、嬉しいですわぁ」

「……バネディット」


 セイルが唸るようにその名を呟いたほかは、挨拶を返す者もいない。しかし予想の範疇だったのだろう、夫人はやれやれと丸い肩をすくめるにとどめる。


「少々礼儀マナーがなってませんけれど、個々のかたちも整っていますしまあいいでしょう。今宵の“景品プライズ”はひとつきりで、少々盛り上がりに欠けると思っていたところでしたの」

「“景品”ってねえ……!」

「――みなさん」

「!」


 大柄な夫人の後ろから静かに歩み出てきたのは、小さな黄色い影だった。ためらうようにおずおずと進んできたその子供――少女は、きっちりと櫛を入れたオレンジ色の髪を揺らしてセイルたちを見上げる。


「来ちまったんですね……」


 子供用ながらも上等な黄色のドレスに身を包んだ少女――タルトト・テルポットの姿を見、一同から歓声が上がる。


「タルトちゃんっ!」

「た、タルトトさん! ご無事でしたか!?」

「元気そうで何よりだよ、リスちゃん。似合ってるじゃん、ドレス」


 しかし、その喜ばしい再会についていけない人物がふたり。


「タルトトだと? そっくりだが、親族じゃないのか」

「お、お前――いや、君は……女子だったのか!?」


 隣に並んだ騎士リクスンと顔を見合わせた後、セイルはほかの仲間たちに確認の視線を送る。しかし返ってきたのは呆れを含んだ女性陣の目、そして意図的に黙っていたのだろう知恵竜の吹き出しそうな笑顔だけだった。


「セイルさん、リン……まさか――タルトトさんのこと」

「どう見たって女の子じゃない! 2人とも、最ッ低!」


 イヤリングを揺らし、エルシーはツンと顔を背ける。狼狽したリクスンが、居心地悪そうに小さくなる獣人を指差して叫んだ。


「なっ! し、しかしだ、女子らしき格好や仕草など、一切感じさせ」

「そういうとこが最低って言ってんのよ、鈍感騎士ッ!」

「この前風呂に誘った時、断られたが……。なるほど、そういうことだったのか」

「さ、最低です、セイルさん……」


 仲間たちの反応に申し訳なさそうに耳を垂れさせたタルトトが、いつもより覇気のない声を出す。


「良いんでやんすよ、旦那方。あっしがわざと曖昧に振る舞ってたんです。商人ってえのは、どうにも女だとナメられることが多いもんで――」 

「その汚い言葉遣いは今すぐお止めなさい、タルトト」

「っ!」


 氷のような夫人の声に貫かれ、タルトトはびくりとドレスの肩を震わせる。縞模様の浮いた尻尾をしゅんと萎れさせた獣人は頭を垂れ、不自然なほど硬い声を落とした。


「……はい。申し訳ありません、バネディット様」

「!? な、何言ってるのよタルトちゃん! そんな奴に、頭なんか――」

「下げる必要があるんですのよぉ、お嬢さん。わたくしはこの獣人の主なのですから」


 激昂するエルシーを楽しそうに見遣り、夫人は太い腕をタルトトの首へと伸ばす。ギラギラとした指輪をはめた指が遠慮なく引っ張ったのは、セイルたちと同じチョーカーだ。


 ただし、その色は――不吉そのものを表したかのような漆黒。


「見えますわね? この色の首輪は、わたくしの完全なる所有物である証です」

「何だと……貴様!」

「わたくしに返せない借りがあるか、“遊戯”にて敗北した者に与える証です。まぁあなた達の白色でも、もう屋敷を自由に出る権利はありませんけれど」


 暗い色の唇がにんまりと弧を描くのを見、セイルの横から妹がずいと身を乗り出して叫んだ。


「あんたねえ! そんな勝手なことばかり――」

「オルヴァ」

「はい」


 夫人の冷たい声が使用人に向けられると、彼はわずかに微笑んで胸の前に手を添えた。会釈にも似たその仕草だったが、色白の指がパチンと鳴ると事態は急変する。


「っ!?」

(どうしたんだい、セイル!)


 見えない手で思い切り首を締められたような圧迫感に、セイルは言葉なく目を見開いた。視認できないが、例のチョーカーが生きた蛇のごとく首に苦痛を与えているらしい。


「う、あぁっ……!?」

「く……なん、だッ……!」

「か、かはっ……! く、くるしい、です」

「なるほど、ね……っ!」


 竜人とはいえ、生身の身体には違いない。自分や王女を含め、全員が首を押さえて膝をついていた。


「みなさんッ!」


 涙目になった獣人が、巨躯を覆う黒いドレスの裾元にすがりつく。


「や、やめて下せえ――どうか、どうかおやめ下さい、バネディット様!!」


 愉悦に満ちた表情でその懇願を聞いた夫人は、ようやく使用人に制止の声を投げた。彼が恭しくうなずいて指をゆるめると、セイルの首への圧迫も軽くなっていく。


「は……っ!」

「これでおわかり頂けましたわね?」


 新鮮な空気を求める荒い息が部屋を埋め尽くす中、屋敷の女主人だけが朗々とした声を響かせる。



「今宵のあなたがたは、わたくしの大切なお客様にして、極上の“景品”。わずかな自由が許される間に、大いに夜を楽しむことをお勧めしますわぁ」


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