5−4 救難信号、かねえ

 ようやく仲間たちと再会を果たしたセイルだったが、飛び出してきたのは歓迎の声ではなかった。


「姫様ッ!! ご無事でしたか!」


 品物がはみ出た紙袋を両腕に抱えたままのリクスンが、猪のようにこちらへと突進してくる。


「りっ、リン! 街でその呼びかたは……」

「も、申し訳ありません。つい」

「あの……私も、ごめんなさい。はぐれてしまって」

「そんな、ひ――フィル様の責任では」


 小さくなる王女に慌てた後、彼女の側付騎士の瞳はセイルへと向けられる。


「ホワード、貴様ッ! はぐれたのなら、なぜ集合場所に来なかったのだ!?」

「思い出せなかった」

「何だとおおお」


 旅用マントの襟を掴まれ前後に揺さぶられるも、セイルは為すがままにされていた。これは自分に落ち度があると思っているので致し方ない。


「まあいいじゃん、無事に見つかったんだし。お年頃の男女には、こういう“楽しみ”も必要なわけよ、騎士くん」

「……アーガントリウス殿。たしか貴殿は、フィル様の前を歩いていらしたはず。まさか――!」

「んんー? 何のことだかおじさん、さっぱりだわあ」


 口笛を吹いてとぼける知恵竜に、騎士は訝しげな視線を送り続けている。セイルはその隙に抜け出し、紙袋を抱えた妹のそばへ歩み寄った。


「持つ」

「ありがと、お兄ちゃん。その顔、どこかで買い食いした負い目があるのね」

「……」

「まあ良いわ。フィルも何だか幸せそうだし」

「え、エルシーさんっ!?」


 妹の締まりのない顔を見、仰天したのはフィールーンである。二の句が継げないでいる王女にかわり、セイルが説明役を買って出た。


「満足げなのは、有力な情報を得たからだろう」

「ふふーん、そうかしら? ……って、え? 今、なんて」

「ギャラベルンドラボッコリーを入手できそうな場所を見つけた」


 少し名称に誤りが生じたかもしれないと危惧したセイルだったが、妹はいつもの勘の良さを発揮して理解してくれたようだ。茶色の瞳が驚きに見開かれる。


「ええっ!? それって絶滅したって言ってた、ギャラキュトっ……いた! 舌噛んだわ」

「なんと、本当か木こり! 間違いなく例のゲレンドリアパルックウィンナーなのか!?」

「もうさ、べつに無理して言わなくてもいんじゃない? それでどこに残ってたのよ、愛しのギャラクトラペルポルッコルウィーナちゃんは」

「なんか腹立つわね」


 息巻く若者たちに苦笑し、彼らの前に進み出てきたのは年長者の竜である。彼を師と仰ぐフィールーンが、ここは自分がとばかりにセイルの後ろから顔を出した。


「こ、この登り坂の先にある、お屋敷です。アガト先生」

「ああ、そういえば遠目にもやたらデカい建物が見えたなあ。あそこか」

「はい。は、花々の愛好家である一家が住んでいらっしゃると」


 可愛い弟子に満面の笑みを送ると、竜はセイルを見た。


「まさか生花が残ってたの?」

「いや、やはり花は絶滅している。けど屋敷に、風化しない不思議な栞を作る娘がいるらしい」

「なるほど。例の花が使われた栞が存在するかもしんないってコトね。種の保存にも役立つ、実用的な術だな……まさかその一家ってエルフ?」


 感心したようなどこか嫌そうな顔をし、アーガントリウスがセイルたちを見回す。その表情を面白がったのはセイルの心中に住まう、彼の“元弟子”だ。


(相変わらず、竜とエルフは仲が悪いねえ)

「お前は違うのか、テオ」

(僕は筋金入りの平和主義者だから。エルフも堅物ばかりじゃないんだけどね)

「オレは“あの大臣”しか見たことがないが」

(よりによって堅物代表じゃないか……。まあこの先、他の出会いもあるだろう)


 小さなため息混じりに言う友に、セイルはうなずきを返す。その間にフィールーンが屋敷と街の事情を皆に聞かせ終えたらしく、場はふたたび盛り上がっていた。


「じゃあその栞を譲ってもらうか、買い上げたら良いんだわ!」

「うむ、希望はあるな。さっそく屋敷に向かうぞ」

「ま、待ってください。交渉が得意なタルトトさんにも、来ていただかないと」


 いつもの小さな獣人の姿がないことに、王女以外の者はようやく気がついた。高く昇った太陽を見上げたエルシーが、不思議そうな声で言う。


「もう約束の時間だわ。どうしちゃったのかしら、タルトちゃん」

「集合場所に行ったんじゃないのか」

「ここがそうなのよ、お兄ちゃん。あの“時計つき噴水”の前だったでしょう」


 妹が指差す先に見えたのは、大量の水を吐き出す噴水。中央から伸びた柱には立派な時計が据えられている。あながち自分と王女の記憶は間違っていなかったと安心したのも束の間、不服そうな声が耳を打った。


「時間と場所を指定した本人が遅刻とは! どこぞで油を売っているのではないか、あの商人は」

「り、リンったら……。でも少し心配ですね。何かあったんでしょうか」

「あっ、ちょっと待って。精霊が何か教えてくれそう」


 エルシーの言葉に、全員が慌ててお喋りを止める。広い市場の隅にひっそりと存在する花壇、その周りに黄色い光が舞っているのをセイルも見つけた。


(地の精霊か。花が多いとは言え、こんな街中にめずらしいね)


 足早に近寄って屈み込んだ妹は精霊と少し話したあと、そっと花壇へと手を差し入れる。拾い上げたのは、小さく煌めく紅い石だ。


「が、ガーネットですね。良い純度です!」

「感心してる場合じゃないわ。これ――タルトちゃんが持っていたものよ」

「えっ!?」


 どよめく一同に向け、エルシーは真剣な顔で続ける。


「地の精霊は、あまりお喋りじゃないんだけど……。タルトちゃんがこれを花壇に投げ入れるのを見たって言ってるの」

「あの守銭奴が、そのようなことを? たしか奴は、上着に宝石類を保管していたはず」

「ええ、あたしたちの最終財産よ。それを手放すなんて、何かあったに違いないわ」


 言いながら妹は少し歩き、2軒先にある花壇前で立ち止まった。同じように屈んだあと、焦った顔で駆け戻ってくる。


「またあったわ、宝石! よく見れば、地の精霊が集まった花壇が続いてる……これって」

「救難信号、かねえ」


 褐色の顎に手を添え、知恵竜がぼそりと呟く。


「地の精霊は鉱物に惹かれる性質がある。上等な宝石なら、なおさらね」

「あ……! そ、そういえばタルトトさん、たまに自分にも寄ってくることがあると、仰っていました」

「俺っちがフィルにそのあたりの知識を教えてた時にも、近くにいたっけ」


 青ざめる弟子にうなずき、アーガントリウスは人混みの先を見る。


「リスちゃんは何かの問題に巻き込まれて、この場を去らなきゃいけなかった。けどとっさに、宝石を撒いておくことで精霊とエルシーちゃんに気付いてもらえるかもしれないと踏んだ」

「馬鹿な! で、では、何者かに連れ去られたとでも言うのか!?」

「……エルシー。花壇はどこへ続いてる」


 低い声でセイルが問うと、妹は泣き出しそうなか細い声で答えた。



「ずっと上よ……。この登り坂の先まで、精霊の光が視えるわ」



 “精霊の隣人”の言葉に誰もが、賑わう登り坂を――その先にあるだろう“屋敷”を仰ぎ見た。

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