5−3 お熱いねえ!
「わあ、す、すごく美味しいです! この“ボルックラー”の焼き串」
「美味いが……足りん」
湯気立つ串に舌鼓を打っているフィールーンを横目に、セイルは素直な所感を述べる。幸いテントの主人には聞こえなかったようだが、やはり心中の賢者テオギスから苦笑が返ってきた。
(フィルの分おまけしてもらっておいて、贅沢言うんじゃないの)
「……。それは感謝している」
はじめて屋外で串焼きを食べるという王女を盗み見、青年はぼそりと友に答える。熱気に頬を染め、空色の瞳を輝かせながら串と格闘する彼女を見られたのは、店主の粋な計らいのおかげだ。
早々と肉の塊を飲み下し、セイルは蒸気の中に浮かぶ禿頭へと声を投げる。
「オヤジ。ギャラ……ギャルット……ギャルゴレンポーナッコルの情報をくれ」
「ギャラクトラペルポルッコルウィーナだよ、兄ちゃん。まあ、よそから来た人には言えっこないかね」
豪快に笑ってみせた店主だが、すぐに不思議そうな顔になってセイルたちを見る。
「あの花が絶滅認定を受けた年にゃ、花の愛好家やらがどっと押し寄せたもんだが。今さら探しにくる奴ぁ珍しいな。なんでまた?」
「あ……。え、えっと」
「とても大事な薬の調合に使う。少量でいいから、入手できる場所はあるか」
困り顔になったフィールーンを見かねて口を出すと、彼女は丸い目を瞬かせた。
「セ……」
「落ちるぞ。肉」
「あっ!」
串から肉が抜け落ちそうになっていることを指差して教えると、慌てて小さな口でかぶりつく。
「はふ……あ、ありがとう、ございふぁふ」
「落ち着いて食え」
「ふぁい……」
白い頬が先ほどよりも赤みを増している気がしたが、セイルは晴れやかな声を出した店主に向き直った。
「かーっ、お熱いねえ! おっちゃん、汗が止まらないや」
「串を焼いていればそうなるだろう」
(うん、セイル……。話を進めようか)
どこか達観した様子の賢者に促され、セイルはもう一度名を噛みつつ花の所在を尋ねた。すると店主は蒸気の中から身を乗り出し、人混みの頭上を指差して言う。
「この登り坂のずっと先に、“
「花盛り?」
「そうさ。この地方じゃ有名な、花好きの金持ちが建てた屋敷でね。古今東西の植物を集めた、そりゃ見事な豪邸よ」
なぜか自慢げに語る店主に、セイルは率直に訊く。
「屋敷の住人と知り合いか?」
「いーんや。でも金持ちにゃ珍しい、親切で純朴な一家でなあ。年に数度はおれたち地元住民を招いて、花の博覧会を開いてくださるのよ」
「ふ……ふれき、でふね……!」
「食ってから喋れ」
セイルの忠告に慌てて細い喉を鳴らした王女は、ふうと一息ついてから口を開く。
「そ、そのお屋敷に、ギャラクトラペルポルッコルウィーナが……?」
「ああ、たしかあったはずだ。一家は花の絶滅を防ぐため、早くからあの花の栽培法を模索していたらしい。地方の果てにしかない群生地から土やら水やらごと持ってきて、綺麗な花壇を作ってたっけなあ」
(おや。その言い草だと……)
テオギスが危惧したとおり、次の瞬間には店主の表情に影が落ちる。
「ま、やっぱりヒトの手じゃあの花は長持ちしないらしい。嬢ちゃんみたいに繊細なんだな、きっと」
「そ、そんな……!」
「一家の努力も虚しく、今や花は絶滅しちまった。最後は愛好家同士による競り合いや、密輸目的の荒らしなんかもあって……可哀想なもんだったよ」
やや焦げてしまった串をひっくり返しつつ、店主はため息を落とす。葬式のような場の空気に、セイルは淡々とした声を投げ入れた。
「それで今、屋敷に花はあるのか?」
「セ、セイルさん……」
「絶滅の経緯を聞いても仕方ないだろう。オレたちは現物を探している」
「粘り強いねえ、兄ちゃん。でも、そうさな……」
店主は剛毛に覆われた腕を組み、テントの天井を見つめて答える。
「一家の一人娘、ムクファ・シーザー様。彼女は手先が器用で、屋敷中の花から手作りの
「!」
「一家の先祖は“はぐれ”のエルフだったというから、彼女も不思議な術の使い手でな。その栞に使われた花はみーんな、まるで生きてるかのように新鮮なままなんだよ。ありゃ驚いたなあ」
この情報に、セイルと王女は顔を見合わせた。
「で、では……ギャラクトラペルポルッコルウィーナの栞があれば!」
「アーガントリウスは、花弁が数枚あれば十分だと言っていた。可能性はあるな」
「すごいです! さっそく皆さんにお伝えしないと」
興奮に顔を輝かせるフィールーンにうなずき、セイルは店主に向かって手を挙げた。
「世話になったな。オヤジ」
「えっ? まさか行く気なのかい、これから」
「き、貴重なお花の栞なら、お譲りしていただくのは難しいかもしれませんが……! とにかく会って、お話だけでも聞かないと」
(たくましくなったねえ、我らが王女は)
のんびりとした親友の声に同意しつつセイルは踵を返し、人混みの中へと戻る。するとヒトよりも優れた耳が丁度、そう遠くない場所から「ひ――フィルさまあああ」という悲痛な叫び声を聞きつけた。
「“迎え”が来たらしい。行くぞ」
「は、はいっ! あの、串焼きありがとうございましたっ! 美味しかったです」
「そりゃあ良かった! ――じゃなくて、ちょ、ちょっとお二人さん!」
なにやら引き止めたそうな様子の店主だったが、セイルは構わず歩き出した。ああいう商売人は、お喋りの代価として追加購入を勧めてくることがあるという。払える金はもうないので、一刻も早く店の前から立ち去りたかったのだった。
自分の心境を勝手に読み取ったかのように、賢者が弾んだ声を寄越す。
(ふふ。次の街では素直に妹に頭を下げて、“お小遣い”をせがむべきかもね?)
「……うるさい」
*
旅の若い男女が人混みに消えていくのを見送ってしまった店主は、禿頭に脂汗を浮かべて言った。
「な、なんてこった……! 大事なことを伝える前に行っちまったよ」
上等とは言えないテント、その隅に吊られた小さな紙切れへと手を伸ばす。台紙だけは年月と共に飴色になってしまったが、その“栞”の中に封じ込められた小さな桃色の花弁はまったく色あせていない。
“どうぞ、『サクリヤ』の栞です。今日の博覧会の記念に、お持ちくださいませ”
小綺麗な土産物を前に恐縮し、自分は本など読んだこともないと断った。しかしあの屋敷の令嬢は、穏やかな笑顔を浮かべてこの栞を汗臭い手に押し付けてきた――そんな他愛ないことを思い出す。
「こいつが配布された年が、最後だったっけか……」
懐かしそうに言い、細長い栞をそっと裏返した。女らしい丁寧な筆跡で記された制作年月――それは今から、3年前のものだ。
日付のすぐそばには、美しい文字で刻まれた花言葉がある。“穏やかな友好”と記されたその言葉を小さく呟くと、燻されたように胸が苦しくなった。
「……なんで、あんなことになっちまったんだろうなあ」
苦渋をにじませた声を落としてしまったことに気づき、店主は慌てて周りを見渡した。どこかから射るような視線をたしかに感じ、背筋が粟立つ。
追加の焼き串を並べるふりをしつつ、祈るように口の中で呟いた。
「まあ、あの子らみたいな“ただのヒト”なら、大丈夫だよな……」
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