4−25 意外と、バカなんだな
「ひ……姫ちゃんを、俺っちの弟子に?」
驚きに目を丸くするアーガントリウスを見据え、フィールーンは尊大な笑みを浮かべてうなずく。
「不満などないだろう? お前だって私に“はち切れんばかりの魔法の才を感じる”と断言したじゃないか」
「すごく誇張された記憶のような気がするけど……よっと!」
翼をひるがえして宙で回転すると、アーガントリウスはヒト姿となって近くの木の根に着地した。巨体の竜姿よりも取り回しが良いからだろうと王女は推測する。
「それで? またなんで急に、んなコト頼むのよ。しかもこんな状況でさ」
「こんな時だからだ。あたしは今すぐ、魔法を使ってアイツに勝たなきゃならない」
竜人フィールーンは白い鱗が走る顎をくいと傾け、少し離れた場所でもがいている敵を示す。
「ヤツは意外と素早いし、あの凶悪な尻尾もくせ者だ。この場合、離れた位置から攻撃できる魔法が有利だろう」
「なんか知的なカンジで言っちゃってるけどそれ、たんに姫ちゃんのボコり方が下手くそだったからじゃ――」
「う、うるさいっ! 竜人にだって、向き不向きというものがあるんだッ!」
頬を上気させて牙を剥くフィールーンに、知恵竜はローブの小さく肩をすくめてみせる。フンと鼻を鳴らし、竜人王女はちらと仲間たちに視線を落とした。
「……いつも、見ているだけだった」
「?」
「リクスンも、エルシーも……そしてセイルも。いつも皆、自分のカラダを張って戦っている。前線に出ないタルトトだって、道案内や補佐として立派に役目をこなしている。なのにあたしはいつも、守られるだけの存在だった」
独り言のようなその告白は、彼らの元まで届かなかったらしい。唯一しかと聞き届けたのは知恵竜だけのようで、彼は年長者らしい静かな表情を浮かべてこちらを見ていた。
「だから今、少し嬉しいんだ。不器用なりにも、こうして彼らの前で戦えていることが」
「……。魔法は決して、戦うだけのものじゃないよ」
「知っている」
どこか苦々しいその指摘を遮り、フィールーンは続けた。
「視てきたと言っただろう。お前が魔法を“戦いの道具”として扱いたくないことは承知している。その信念の違いから、たくさんの弟子が去っていったな」
「ああほんと……たいした記憶力だこと」
呻くように皮肉る知恵竜に、王女はまだら色の髪を左右に振った。
「あたしもその考えには賛成だ。魔法は美しく不思議で、便利なもの。世のため、そして命のために使ったほうが有意義に決まっている。けれど」
長い爪を有する指をぐっと握ると、するどい痛みが掌を走る。つうと垂れた紅い液体はすぐに細くなり、傷口が塞がると同時に途絶えた。
「その有意義を一緒に味わう者たちまでいなくなってしまえば、一体誰がすばらしいと賞賛するんだ?」
「……!」
「あたしもアイリーン様のように、魔法を世に役立てたい。だが命を――世界を粗末にするヤツらとは、戦う!」
フィールーンは片手を天へと突き出し、そこに有りったけの魔力を注ぎ込んだ。なるべく球体となるように、と想像してみる。
「“想像とは創造。創造とは事象。魔を描き、法で結びて、魔法と成す”……」
「それ……!」
「お前が弟子を迎えた初日に教えることだ。懐かしいか?」
わずかに唇を持ち上げてみせると、アーガントリウスはしまったという風に口元を押さえる。フィールーンは低く笑い声を残し、頭上に作り上げた魔力の塊を見上げる。
「夕陽色にこの熱……火の魔法か。もっと質量を持たせたいところだな」
「な――姫ちゃん、何言って」
「こうか?」
集中しつつぐっと拳を握り込むと、赤い魔力球も同じように伸縮をはじめる。やがて半分ほどの大きさに収まり、その中心には炭のような塊が生じた。
「! 地の魔法を加えたっての!? 有り得ない」
「いや。こんな丸い岩よりも、そうだな……尖った氷みたいなやつがいい。冷やしてみよう」
フィールーンが睨むと、魔力球は暴風を伴って激しく旋回しはじめる。もっと冷気を込める想像をしつつ魔力を流し込むと、魔法はふたたび姿を変えた。
現れたのは、青い光をまとった鋭利な氷塊。
「うん、できた! どうだ!?」
「風で熱を急冷し、水の魔力を凝縮して氷を!? 姫ちゃん、君は……」
アーガントリウスは目を白黒させつつ、フィールーンを見上げている。一瞬の戸惑いを見せたあと、意を決したように告げた。
「君は――“全属”の魔法使いなのか」
「へえ! じゃあ、アガト先生と一緒だな!」
「もっと驚きなさいよ。てか“先生”って、勝手に――!」
「小難しい理論はあとだ。せっかく創った魔法だ、浴びせてやろうじゃないか!」
ぐっと身を反らし、フィールーンは投擲の体勢に入る。いくら普段は運動音痴の王女といえど、竜人となった今では外すかもしれないという懸念など抱かなかった。
真っ直ぐに放たれた氷塊は、狙い違わず敵の腹を直撃する。
「ギアァッ!!」
「やったか!」
轟音を上げて湖へと墜落した敵を見、フィールーンは勝利の雄叫びを上げる。しかしそこへ、即座に咎めるような声が飛んできた。
「姫ちゃん! そゆトコで油断しちゃ――」
フィールーンの真下にある水面が盛り上がったことに気づいた、その刹那。
またしてもあのトゲをまとった尾が飛び出し、王女の腿をえぐった。
「う――あぁッ!」
「姫様ぁッ!!」
「フィルーッ!!」
湖面を渡ってきた仲間の絶叫を耳にし、なんとかフィールーンは体勢を立て直す。ここで無様を見せるわけにはいかない。
木の根に爪を立てて這い上がってくる敵を見つけ、アーガントリウスが叫んだ。
「姫ちゃん! もう十分だ、逃げよう!」
「に……げる、だと」
「俺っちが拘束の魔法をあいつにかける。距離が開けば解けちゃうけど、そこまで離脱できればこっちの勝ちだ」
「ハッ、なんだ……」
白い太腿からぼたぼたと血が滴り、雨のように湖面へと降り注ぐ。
しかし竜人は熱に浮かされたような口調を年長者に差し向けた。
「“知恵竜”というヤツも……意外と、バカなんだな……」
「え」
自分で身体を傷つけていた頃とは比べものにならない、本物の痛み。色違いの瞳には涙が浮かび、顎も勝手に震える。それでも王女は続けた。
「あたしたちが、ここから逃げたら……次に出会った誰かが、殺される……」
「!」
「男か、女か……こどもか、大人か。ヒトか竜か、獣人か……とにかく、あたしの民の誰か、だ……。そんなことは……許され、ない」
灼けるような痛みに牙を打ち鳴らしつつ、王女は大きく息を吐く。
そして肺が悲鳴を上げる寸前まで吸った。
「だからって、姫ちゃんがここでやられんのも違うでしょ。ほら、早く――」
「ああもう、うるさいッ!!」
我慢も遠慮も、すべてが頂点へと達した。
竜人王女は雷のような大声を出し、その場にいる者たちをうち据える。
「ならグダグダひとりで悩んでないで、さっさと力を貸せ! この偏屈じじい竜!」
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