4−7 そんな顔しないでよ

「薬を作る気がない……だと!? 何を言っているのだ!」


 しばらく絶句した後、リクスンは吠える。


「ありゃあ、バレた?」


 セイルを含めた全員の視線に射抜かれた大魔法使いは、岩の上で長い足を優雅に組み替えると続けた。


「さっすが、俺っちの元弟子を取り込んだ青年」

「“ニコニコ顔はやる気のない証拠”――なんだろう」

「うーわ、手厳しい」

「あ、アーガントリウス様……?」


 フィールーンの萎れた声を耳にしたアーガントリウスは、落ち着くように手で示してから弁明した。


「そんな顔しないでよ、姫ちゃん。ホントごめんねー。これでもおじさん、今すげえ忙しいんだわ」

「り、理由を――理由をお聞かせください、知恵竜殿ッ!」


 激しい剣幕と共に迫ったリクスンの影に呑まれながらも、大魔法使いはのんびりとした声で理由を並べ立てる。


「ひとつ。薬の材料は市場に売ってるものばかりじゃないってこと。異国の果てに生える植物や、まだ存在してるかも分からない鉱石の粉末――それに恐ろしい魔獣のツノやら何やら。とにかく材料集めが面倒なのよ」

「それならば、我が騎士隊が総力を挙げて……!」


 ローブの肩をすくめ、アーガントリウスは若者の意見を否定する。ここで素早く割り込んできたのは商人だ。


「ははあ、わかりやしたぜ」


 ピンとリス耳を立て、タルトトは訳知り顔で言う。


「市場に出回らねえってことは、鮮度が命のモンってわけですかい?」

「そゆこと。しかも調合を開始後、一定の期間内に材料を投入していかなきゃならなくてさ。材料を入手したらその場で、または俺っちが保管しておいて適切な時期に入れる必要があんの」


 スープ用のレードルを振り上げ、エルシーがよく通る声で意見した。


「じゃあなおさら、あなたが旅に同行するしかないわね? あなたは材料を集めて、入手した物を調合していく。あたしたちは“竜殺し”の手がかりを集める。世界中を巡る理由になるわ」

「なかなか強引だねえ、“精霊の隣人マナフィリアン”ちゃんは」


 結構結構といわんばかりに笑う竜に、エルシーは不服そうに鼻を鳴らす。それには取り合わず、知恵竜は次の理由へと移った。


「ふたつめは、俺っちがしばらくこの拠点に滞在する予定だからってこと」

「いつもは世界中を旅しているんだろう」

「まあね。ただ、この辺りを通ってきた旅人から妙な話を聞いてさ」


 そう言ったアーガントリウスは、湖の中央へと顔を向ける。セイルも見ると、昨日と変わらず堂々とそびえる大樹が目に入った。 


「どうも世界樹の魔力がおかしいのよ」

「お、おかしいって……どういうことでしょう」

「姫ちゃんなら分かるんじゃない? ルナも、そういうことには敏感だったし」


 少し驚いた顔になったフィールーンだが、目を閉じてじっと考え込む。


「……」


 セイルも密かに感覚を研ぎ澄ましてみたが、「言っておくけど、僕も君もそういう“性質タイプ”じゃないからね」という親友の予防線だけが聞こえてきた。 


「魔力がなんだか……濁って、いるような……?」

「おお、やっぱりね! 姫ちゃん、魔法の才能あるわー」

「そ、そんな」


 顔を赤くして縮こまるフィールーンを横目に、やきもきした様子の側付が声を挟んだ。


「その……樹の魔力が濁っていると、何か問題が起こるのですか?」

「起こりまくりよ、リンちゃん。水質も変わるかもしれないし、このあたりの魔物はさらに凶暴化する。それは君たち、体験済みなんじゃない」

「う」


 昨日の森での戦闘を思い出し、全員が疲れた表情になる。アーガントリウスも呻くように言った。


「昨日は俺っちも魔草“オーガ・リリー”を調べてたんだけどさあ。うっかり飲み込まれちゃって、危うく溶かされかけたわ」

「そ、それで夜中に水浴びを……!」

「まあね。でもお陰で見れたっしょ?」


 知恵竜が浮かべた爽やかな笑みは、セイルとリクスンが同時に得物の柄に手をかける音によって消え去った。


「えー、それでは理由みっつめ。これは単純――俺っちに、なんの利も無いからです」

「は……はあああ!?」


 声を重ねたのはリクスンとエルシーであった。普段は言い合いの多い2人だが、この時ばかりは見事に声を揃えて意見する。


「ヒトの命が掛かっているのに!?」

「あー若い、若いわー。おじさん眩しくて、目ぇ開けてらんない」

「ふざけないで! どうして自分の力で救える存在が目の前にいるのに、頑張らないのよ!」

「……」


 エルシーが握った拳はわなわなと震えている。セイルは怒れる妹の緑頭を軽く手で押さえ、退かせた。数百年は生きているだろう存在を相手に、説教は良策とは思えない。


「俺っちは慈善で魔法使いやってんじゃないの。ただだけ。だから、命じられて使う魔法はないってことよ」

「じゃあ薬の作り方を紙に書いてよ。あとはこっちで何とかするわ」

「俺っちの魔力を練り込んで変化させる工程があるし、ほとんど感覚で作ってるからムリ。それができたら、とっくに魔法書にして世に出してるって」


 ひらひらと手を振って一蹴され、エルシーは唇を噛んで黙った。懐かしいものを見るような目で少女を見、アーガントリウスは静かに続ける。


「世界樹の様子を見にきたってのも、長く世話になった地だからってだけだし。悪だくみするヤツから世界を救うとか、人助けの旅だとか……もうそんな元気ないのよ。よぼよぼのじいさんなんだからね、俺っちは」

「本当にそうか?」


 セイルが低い声を差し込むと、知恵竜はのろのろとこちらを見上げる。


「お前は“少しも変わっていない”。テオがそう言ってる」

「それ……どういう意味」

「そのままの意味だそうだ」

「!」


 紫の目から光が消えるのが見えた。しかしセイルは、心中の元弟子が示した推測を口にする。


「アーガントリウス。お前は――“不老”になったんじゃないのか」

「――っ」


 ここで初めて老竜は褐色の顔を歪め、狼狽を浮かべてみせた。


「不老って、歳を取らないってことっすか?」

「ああ。テオが最後に見た時から、外見も魔力量もまったく衰えていないらしい。竜でもあり得ないことだそうだ」

「そ、そうね……。ヤークも7年で、ちょっとは老けてたし」


 不思議そうな仲間たちの視線に、アーガントリウスは居心地悪そうに身体を捻る。長らく腰掛けていた岩を滑り降り、小屋へと足を向けた。


「話はおしまい。世界樹の研究が終わるまで待つってんなら、好きにして」

「研究にはどのくらい掛かるのですか!? 我々も手伝います」


 リクスンが慌ててその背に声を投げると、老竜はいくらか元の軽口に戻って答えた。


「お、そりゃ助かるわ。ここ暮らしにくいし、俺っちも早く切り上げたいからね。そうねー、ざっと10年くらい見といてくれたら充分よ」

「じゅっ……!?」

「ちょうど木こりもいるんだし、お前たちも小屋建てたら?」


 呆然とする若者たちを眺めた後、大魔法使いはぽんと手を打って付け加えた。



「あ、そうそう。女子なら俺っちの小屋に住んでくれても良いよ」



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