4−6 お前変わってないね!?

「なんと……今、なんと仰ったのですか!? アーガントリウス殿ッ!!」

「うげえ、男に顔寄せられても嬉しくないっての。落ち着きな、騎士くんよ」

「し、失礼しました!」


 仰け反った大魔法使いから身を引き、リクスンはぴしりと姿勢を正す。しかし表情には落ち着きがなく、他の仲間たちも同様であった。


 セイルは腕組みをし、静かな興奮の中へ低い声を投げ入れる。


「ボケてないだろうな、じいさん」

「な、なーんかセイちゃん、俺っちに冷たくない?」

「……お前の“元弟子”が、警戒を怠るなと」


 セイルの中にあるもうひとつの魂を睨むように目を細めた後、アーガントリウスは大袈裟にため息をついて嘆いた。


「ひどぉ! おーいテオギス、そりゃないでしょ。師匠せんせい泣いちゃうよ?」

「“いいからとっととお話しやがれください”……とのことだ」

「賢者なんてやってたくせに、お前変わってないね!? くそ、不良竜め」


 朝空へ昇る湯気に向かって悪態をつくも、老竜は誰に向けることもなくぽつりと呟いた。


「修行もそこそこに“不良娘ルナ”と一緒に飛び出していってさ。次に会う時は、子供の顔でも見せに来る時かと思ってたのに……。まさか揃って死んじゃってるなんて。さすがに仲良すぎでしょ」

「……」


 ローブの背を丸めて飲み物をすする大魔法使いを見、セイルは物言わぬ声を心中へと向ける。こういった感情は賢者に伝わることが多く、彼は観念したように答えた。


(ああ、うん……。その点は、申し訳ないと思ってるよ。きっとルナもね)


 セイルがその謝罪を取り継ぐも、アーガントリウスは無精髭が残る頬を膨らませて唸る。


「そもそも結婚式にも呼んでくれなかったもん。俺っちなんて所詮、使い捨ての魔法書なんだわ」

(だって近くの拠点にいなかったし。“報せの鳥”の飛ばしようもないじゃないか?)

「昔の弟子たちは季節の節目に色々と食べ物を送ってくれたのに。お前らときたら研究に夢中で、なーんにも寄越さないし……」

(ああもうやっぱ面倒だな、このじじい)

 

 橋渡し役に辟易としてきた頃、痺れを切らしたように騎士が咳払いを落とす。


「それで、アーガントリウス殿……」

「あーごめんごめん、姫ちゃんの身体を治す方法だったっけ。ま、それを話す前に簡単なお勉強の時間だ」


 大魔法使いはそう宣言し、緊張のあまり一言も発さなくなった王女を見る。紫の瞳がわずかに発光しており、魔力を込めて“視て”いるのだとセイルにもわかった。


「テオギスみたく好き勝手喋れはしないけど、たしかに姫ちゃんの中にはルナの魂が入り込んでる。面倒なのは、それが“血”を通してるってことなのよね」

「血って、襲撃の夜にフィルが飲まされたっていう……?」

「そ」


 気遣わしげなエルシーの言葉に、アーガントリウスは軽くうなずく。鱗と同じ紫色がかった爪を有する指を立て言い足した。


「血ってのはね、生物にとって魂の次に大事なもんなの。魂が薄く流れていると言ってもいい。だから本来、持ち主意外に馴染むものじゃない」


 場の誰もがうなずいた。怪我により血が足りなくなっても、基本的に他者から血を分けてもらうことはできない。村の子供でも知っていることだ。


「けど例外があんのよ」

「例外?」

「うん。強い魔力を加えてその魂を押さえ込むことができれば――物理的に、他者に血を分けることができる」

「!」


 衝撃に静まりかえった場にも怯まず、知恵竜は淡々と続けた。


「一度魂を封印した状態で血を移し、血が他者の身体を巡りはじめた頃にその封印を解く――すると、どうなるでしょーか? はい、そこの賢そうなリスびとちゃん」


 指名されたタルトトは驚いてパンを落としそうになったが、しばらく考えてから推測を披露した。


「ええっと……。身体ん中で魂が2つになっちまって、ケンカしはじめるとか?」

「大正解!」


 ぐっと親指を立てて商人を褒めた後、アーガントリウスはどこか真面目な声になって続けた。


「言わば“時間差”の活用だけど、これは簡単なことじゃない。膨大な知識と魔力、そして精緻せいちな魔力操作が必要だ。ヒトや獣人には無理かもね」

「え、エルフたちにも……?」

「あの堅物共は、そんな発想をしたこともないだろうよ。恐らくこの御業みわざを扱えるのは、俺っちたち“竜”か――」


 紫の瞳がゆっくりと皆々を巡り、セイルに行き着く。心中の友の助けを借りずとも、木こりの青年は口を開いた。


「……“竜人”のみ、か」

「!」


 怯えたような王女の空色の目と視線が交わる。そこへ場違いな拍手が加わり、彼女は肩をびくりと震わせた。


「よくできました。まあその“仕掛け人”の話は後にして、いよいよ姫ちゃんの現状を打破する策について話そっか」

「是非とも!」


 大きく一歩踏み出して意気込むリクスンに苦笑し、アーガントリウスはローブの袖から洒落たクリスタルの小瓶を取り出した。


「答えは神秘の魔法でもなく、難解な魔術でもない――必要なのは、ただの“薬”」

「まさか、それがっ……!?」

「ざーんねん、これは空瓶。出来上がりはこれくらいの小瓶になるってだけ」


 中身が空だと分かっていても、セイルも仲間たちもその小瓶を見つめないわけにはいかなかった。


「し、しかし……城のエルフや竜たちも、世のあらゆる薬の調合に励んで下さった。それでも成果はなかったというのに」

「だろうねえ。なにせどこの本にも載ってない薬――ま、言わば俺っちの“独自製法オリジナル”だから」

「!」


 琥珀の目を見開いて硬直した騎士を横目に、アーガントリウスはにっこりと笑む。


「400年くらい前だったかな。力ある魔女の恨みを買ったとある国の王様が、血を用いた呪術に冒されちゃってさ。血の浄化に効く薬を作ってくれって泣きつかれたんだわ」

「400……」


 さらりと飛び出した年数に目眩を起こしそうになったセイルだが、頭を振って続きを待った。


「王様に入ったのはその魔女の恨みを込めた血だけどね。まあ症状としては一緒だし、効果はあると思う」

「では、その薬を用いれば姫様は――!」

「うん。混ざり合った魂を解離させ、身体は本来の持ち主だけのものになるってわけ」

「おおおっ!」


 仲間たちの歓声が、朝の清浄な空気を震わせていった。


「やったわね、フィル!」

「いやあ良かったでやんす! ここまで来た甲斐がありやしたね」

「あ、ありがとうございます、皆さん……!」

「やりましたね、姫様! ああ、すぐでも陛下や義兄上にご報告せねば」


 明るい光景に、セイルも組んでいた腕を弛緩させる。

 しかしそこへ、心中から低い声が飛んだ。


(セイル。どうやらまだ――“めでたしめでたし”とはいかないようだよ)

「何だと、テオ」

(師匠を見て。あの顔……すごく嫌な予感がする)


 友の忠告通りにアーガントリウスを確認したセイルは、沸き立つ仲間たちへ向けて静かな声を放った。


「おい。喜ぶのは早いぞ」

「これが喜ばずにいられるか、木こり!? 貴様もたまには――」


 珍しく顔を輝かせたリクスンがこちらを振り向いて大声を出すが、セイルの顔色を見て金色の眉を上げる。


 木こりは重い息を落とし、苦々しい口調で告げた。



「この知恵竜は……薬を作る気はないらしい」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る