2−32 普通の剣でなければ良いのだな

 通路の奥から現れたのは、セイルが見間違うはずもない存在――すなわち“竜人”たちであった。こちらの位置から確認できるのは全部で5体。


「とめる……トめるゥ」

「アグ……ァ」


 濁った色彩の鱗をもつ異形たちは、不明瞭な言葉を落としつつ通路を塞いでいる。恐らく全員が元ヒトであり、何者かによって与えられた“竜の血”で変異したに違いない。


(かなりの半端――いや、“出来損ない”たちのようだね)

「ああ……」


 テオギスの言葉にうなずき、セイルは立ちはだかる者たちを睨む。ボロ布となった服の切れ端をまとっただけの彼らに、自由な思考能力があるとは思えない。


 不自然に隆起した筋肉を軋ませ、歪な形をした翼をお互いにぶつけ合いながらゆっくりとこちらへ進軍してくる。


「この上……城壁塔から侵入したというのか!? 化け物どもめが、歴史ある城を踏みにじることは許さんぞ!」


 セイルに向けていた切っ先をついに方向転換させ、リクスンが新たな侵入者へと怒声を投げる。


「あァ……あ」


 もちろん明確な返答はない。しかし騎士は後ずさることもなく、むしろ一歩大きく踏み出して唸った。


「義兄上も含め、今ほとんどの騎士は広間に集中している。通常警備が手薄な今夜を狙うとは、不届き千万ッ! その腐った性根、このリクスンが叩っ斬ってくれる!」

「……」


 若き騎士の憤慨はもっともだが、それを実行すると彼は自身の義兄や主君の父を斬ることになってしまうだろう。セイルは今夜の計画の立案者たちの顔を頭から追い払おうと努めた。


(どうして道中でも襲ってこなかった“彼ら”が、城に現れたんだろうねえ)

「……お前もそう思うか」

(うん。君はまだ竜人化していないから、独特の魔力を察知されたということもない。けど、まるで僕たちの突入を待っていたかのようじゃないか)


 賢者の訝りにセイルもうなずく。やはりこの城は何かおかしい。


「ルナを襲った奴が、まだ城に……?」

(わからない。あるいは“組織”の関係者が常に城内にいて、僕たちの来訪を報せた可能性もある。しかしこの行動の早さ――少なくとも、王都に彼らが潜んでいるのは間違いないだろうね)

「それだけ分かれば、話せない奴らに用はない」


 セイルは短く結論し、身を低くして駆け出す。自分一人で処理するつもりだったが、隣を疾走する人影を見てぎょっとした。


「騎士。お前も戦うのか」

「こちらの台詞だ、怪しい奴め! 警備は俺の仕事だ、引っ込んでいろ」

「じゃあ扉前のをやれ。俺は窓際のを片付ける」

「話を聞かんかッ!」


 言い合いの結末は、それぞれの得物が放った風切音に重なる。

 セイルは自身の魔力を込めた大戦斧で軽々と愚鈍そうな敵を裂いた。


「ぐあっ……! か、硬い!」


 しかし当然、ヒトの騎士はそうもいかないようだった。弾かれたように後退し、まじまじと愛剣を見つめる。斬り付けられたことにさえ相手が気づいてない現実を認めると、鼻にしわを寄せた。


「退がってろ。普通の剣じゃ、あいつらは斬れない」

「……。普通の剣でなければ良いのだな」


 どこか苦々しい騎士の呟き。だがそれに応じたらしい長剣が、夕陽のような茜色に輝きはじめる。


『炎よ……』

「!」


 こぼれ落ちた小さな火花が刀身を走り、跳ね上がった魔力と熱気がセイルの肌を震わせた。


「何だ。あいつ、魔法が使えたのか」

(おやまあ。……あの子にしては、ずいぶん頑張ったね)


 労うような、しかしどこか気遣うような友の呟き。セイルは斧へと魔力を流しつつ、群青色の眉をひそめて訊いた。


「どういうことだ、テオ」

(君たちは似てるんだよ。生来相性の良いはずの魔力を、“嫌っている”ところがね)

「!」


 自然界に根付く力である魔力には、属性というものがある。


 例えば武道の師であったヤークは、“地”の力の使い手であった。地面の上で彼と刃を交えねばならない日は――つまり、ほとんどの日――苦戦を強いられたものである。


 エルシーは少し特殊でさまざまな属性を行使するものの、やはり“風”の精霊とは飛び抜けて相性が良い。


 そしてセイルは――。


「……オレにとっての、“水”みたいなものか」

(そうさ。僕の生来魔力も“水”だったから、余計に都合が悪いんだよね)

「放っておけ。……じゃあ、アイツは」

(うん。リクスンの生来魔力は“火”だ。でも君と同じく、良い思い出が無いらしくてね――その力を、十分に引き出せないでいる)


 たしかに刀身にまとわせた炎は小さく、どこか控えめにさえ見えた。それでも通常の鋼よりは格段に威力を増しているのか、素早く踏み込んだ騎士の剣は敵の太腿に深い一閃を刻む。


「く……! 浅いか」

「魔力が足りないだけだ。もっと思い切りやれ」

「うるさいッ! 貴様、さきほどから――」


 リクスンの反論は、ふたりの間をつむじ風のように駆け抜けていった存在によって掻き消される。

 前方に集まった敵たちとは段違いの速さにセイルが目を瞬かせると、新たな乱入者はぴたりと足を止めた。


「キヒィッ! いいにおい、するな。おまえ」

「!」


 ぎこちないものの、はっきりとした人語。

 かつての襲撃者サリーンのように上出来な竜人だと警戒し、セイルは体勢を整えた。


 途端、悲鳴に近い叫び声が隣から響いてくる。


「ひ――姫様ッ!?」


 灰色の鱗を持つ大柄の“半端竜人”――その太い腕が抱えているのは、ヒトの女だった。ぐったりとしていたが、騎士の絶叫を聞くと肩までの黒髪を震わせて呟く。


「リ……ン……?」

「フィールーン様ッ! 貴様――その御方をどなたと心得る! ただちに返還し」

「くう」

「な、何?」


 短く、しかし明瞭すぎる返答。


 耳を疑うといった表情で硬直した側付を愉快そうに見遣り、化け物はよだれを一筋垂らして宣言した。



「おれ、こいつ……ヒメ、くう」


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