2−31 神妙にしろ、この不審者がッ!
(――そして作戦決行の夜。潜入を果たした木こりの青年はさっそく例の側付と鉢合わせし、追いかけ回されることになったのでした)
「呑気に語っている場合か、賢者」
平和の象徴とされる古城、ゴブリュード城。
真紅の絨毯に覆われた謁見の間――ではなく、ここは雑多な掃除用具置き場。
「……」
薄暗く狭いその部屋に身を隠したセイルは、戸に背をぴたりとつけて廊下の物音を拾った。耳を澄まさずとも、すぐに大声が聞こえてくる。
「どこへ行ったのだ、侵入者め! 出てこいッ!」
王女の側付騎士であるリクスンとの記念すべき出会いは、良好なものとは言えなかった。
うまく姿をくらませたらしい主君を探し回っていた彼は、階段の隅で舞う埃さえ見逃すまいと気を張っていたのである。
そんな騎士が、通路ですれ違ったセイルの違和感に気づかぬはずがなかった。
“ん? 少し待て、そこの者”
“なんだ。……でしょうか”
“見ない顔だな。所属は?”
“こ……近衛騎士隊”
“失礼、同じ隊であったか! なるほど――神妙にしろ、この不審者がッ!”
セイルを外部の者、さらには歓迎できない侵入者として認めるのにかかった時間は刹那。
その短い会話が終わる頃には、リクスンが腰から抜いた剣とセイルの背にあった斧がぶつかる音が通路に高々と響くこととなった。
竜人の脚力を活かしなんとかこの部屋に飛び込むまでを思い出していたセイルは、猛烈な足音が遠ざかっていくのを認めてため息をついた。
「……語ってないで知恵を出せ。お前の元いた“家”なんだろう、テオ」
(うーん。研究室に立ち寄ろうと欲を出したのが仇になるとは……。やはり計画というのは、立てた通りに実行しないと意味がないんだねえ)
「そうか。またひとつ“賢く”なったな」
珍しく皮肉を口にしてみるも、賢者テオギスは歓迎するように一笑する。
(君の兵士姿がぎこちなかったのも大きな要因なんじゃないかい? その鎧を着る者の所属先も教えてもらっただろうに)
「……咄嗟で出てこなかった」
(お、珍しく言い訳してる。まあ、君らしい見事な嘘だったね)
その点は素直に認めつつ、セイルは己が身につけている仰々しい鎧を見下ろした。
潜入にあたりカイザスから与えられたものだが、動きづらいことこの上ない。各部の留め具を外し、“木こり”の姿に戻ったセイルは息をついた。
「見つかった以上、邪魔なだけだ。それより……王女はどこにいるんだ?」
(カイとの計画では変装として侍女服を着て、2階の古い給仕室で待機していることになっていたね)
「でも、いなかった。時刻を間違えたのか?」
(そういうところはきちんと守る子なんだけど)
不思議そうに言う友に、セイルも首を傾げる。
城の重役たちと警備は『友好会食』が催されている広間に集結しており、広大な城内を歩き回っている者は少ない。
時折料理を運ぶ侍女たちを見かけたが、さすがに混じっていることはないだろう。
「分からないなら、探すしかない。王女が行きそうな場所の心当たりはあるか?」
(ふむ……。いつもは閉じこもっている彼女が立ち寄りそうな場所、か)
テオギスの思いつきを祈りながら埃っぽい小部屋を出たセイルは、ふと真横に金色の影が佇んでいることに気づく。
「見つけたぞ、侵入者!」
「ッ!」
ヒトならば対処できないであろう不意打ちにも、セイルの身体は瞬時に反応を示した。振り下ろされた長剣を斧の刃で受け止め、火花を散らして横へと流す。
騎士リクスンは奇襲が失敗したにも関わらず、興奮した声で叫んだ。
「やはりか。この辺りに気配を感じたのだ、戻ってきて正解だったな!」
「イヌか」
「うるさい! 姫様の居場所を吐けッ!」
ふたたび向かってきた騎士にセイルは舌打ちをし、得物を構えた。
「お前こそ姫様姫様とうるさい奴だ……。側付なら対象を見失うな」
「だ、黙れ! このようなことは初めてなのだ。外部の者のいかがわしい企みに違いない」
「それはお前の身内の――」
「言い訳は地下牢で吐くのだなッ!」
どうしたものかと思案する迷いが、刃先の動きを鈍らせる。その一瞬の隙に、リクスンの剣先が先にセイルの腕を掠めた。
「!」
狭い通路の壁に、パッと赤い飛沫が散る。
「さあ、腕を斬ったぞ不埒者! 降参し――!?」
もう一方の手で腕を押さえて飛び退いたセイルを見た騎士は、琥珀色の目を丸くした。
「き、貴様……傷が」
常人にはあり得ない早さで、流れ落ちていた血が止まる。セイルが手を離すと、そこには筋肉質な若者の健全なる腕があった。
「……。見たことある光景、か?」
「っ!」
言葉はなくとも、騎士の表情は雄弁に語っている。やはり彼の主君――王女フィールーンも、セイルと同じく高い治癒能力を有しているのだろう。
「貴様、何者――っ!?」
「!」
剣先を下げずに吠えたリクスンと共に、セイルの表情も驚きへと変わる。
足元を揺るがしたのは、石造りの床を突き上げるような振動。
「かりだよ」
「カリ、狩り……」
その楽しげなささやき声に、セイルの肌が粟立った。恐怖ではない。
懐かしいほどの、これは――おぞましさだ。
「……っ!」
いつかの広場で嗅いだ煤の臭いが、鼻の奥に蘇った気がした。
「な、なんだ貴様ら!?」
リクスンの驚愕の声に、セイルは我に返って前方を見る。通路の奥から溢れるように姿を現したのは、大小さまざまな“異形”の群れ。
(お出ましだね。7年ぶりだ……やれるかい、セイル?)
「ああ」
友の鼓舞にセイルはうなずき、脈打つように魔力を帯びはじめた大戦斧の柄を握り直した。
「来い――“半端共”」
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