2−30 あんたの娘の誘拐計画だぞ

「ええ……。その“些細な”問題が残っておりましたね」


 主君の指摘に、カイザスは整った顔に苦笑を浮かべる。

 忘れていたわけではなく、後回しにしていたのだとセイルにも分かった。


「大臣というのは?」

「ああ。レイモルドというエルフの男で、まつりごとを協議する文官たちの長だ。余の曽祖父が王であった時代から城に仕えておる」


 誇り高く言い加えたあとで、ラビエルは王族らしくない気軽な所作で肩をすくめた。


「悪い男ではないのだがな。厳格という言葉に足が生えたような存在なのだ」

「じゃ、じゃあ……その方に相談せず、王女様を連れ出したりしたら!」

「ああ。確実に余が“ネチネチ”と後ろ指をさされるであろう」


 顔を見合わせた兄妹を眺めた王は、心配するなと言わんばかりに笑んでコートの胸を叩いた。


「しかし言い換えれば、それだけのことだ!」

「いいのか?」

「うむ。慎重な性格であるエルフ達の協議を通すとなると、何ヶ月もかかってしまう。アーガントリウス殿にお会いできるこの好機を逃すわけにはいかぬ」


 王の隣で苦笑したカイザスも、結局はそれしかないといった表情を浮かべている。


「どこに間者が潜むとも知れない城内で長々と話をすることは避けたい。少し乱暴にはなるが、姫様には私が“仮の話”を通しておく。まずは外へお連れするとしよう」

「……それは、ひとまず騙して誘拐するってことじゃないのか?」


 セイルの低い声を無視し、今度は王がどこか大仰な仕草を加える。


「おお! そういえば丁度良いことに、明晩には隣国の商人たちとの友好会食があったな。大臣や警備の者たちを大広間に集めておくことが可能だぞ」

「おい。あんたの娘の誘拐計画だぞ」

「となると、リンに話をするのも後になるでしょう。知ればきっと騒ぎになりますから」

「……」


 トントン拍子にまとまっていく話に、セイルは思わず顔を手で覆って呻いた。


「……まあこちらとしては、城の外で話ができればいい」

「い、いいの!? あたし、誘拐犯になんてなりたくないんだけど」

「お前は城の外にいろ。もしかしたら出ることになるかもしれない」

「ええっ、そんな無茶な! でも石造りの建物内には精霊がいないし、たしかにその方が……?」


 ぶつぶつと呟きつつ、妹は思惑に沈む。

 その向かいでは王と側付が着々と計画の最終調整を行なっていた。


「騎士と一般兵は、なるべく会場付近に釘付けにせねばな。となると――」

「調理場にも追加の指示を出しておきましょう。忙しくなればなるほど好都合です」

「娘と長い付き合いの侍女に支度を頼もう。いっそ変装として、侍女服でも着させるか」

「ええ。では私は、大臣殿に少々“面倒”な案件を持ち込んで時間稼ぎを――」


 青年の驚きを感じ取ったらしい賢者が、面白がるように語りかけてくる。


(すごい行動力だろう? この身軽さがゴブリュード繁栄の肝なのさ)

「ヒトやエルフの話ばかりしているが……城に竜はいないのか?」


 セイルの疑問に、テオギスは少し声を弾ませて応える。自分たちの種族への計らいが嬉しかったらしい。


(いるにはいるけど、僕たち夫婦が特殊だったというのかな。この騒動の件が彼らの耳に入るのは、何日も先の話になるだろう。それに聞いたって、大した興味を示すとも思えない)

「そういうものか」

(まあのんびりした竜たちとは違うから、ヒトは政に向いているんだけどね)


 一通りの計画を立て終えた騎士隊長は杯を置くと、ずいと身を乗り出してこちらを見据える。


「しかし我々が出来るのは、城内の足留めだけだ。もちろん君たちの行動力と、フィールーン様のご意志が鍵となる」

「……ああ」

「城から少し離れた場で先ほど紹介した商人と落ち合う手筈を整えておくから、そこで最終決定をするといい」


 王女に会い、自分たちと旅立つよう話をする――木こりの自分が実行するにはお伽話のようだと感じていたその計画が、ついに実行されようとしているのだ。

 セイルは膝の上で無意識に拳を作った。


「そうだな。城を発ったあとの問題としては、やはり……」

「王女様が“竜人化”しても、あたしたちなら抑え込めます」


 いつも人の考えを先読みする妹の言葉に、カイザスは目を瞬かせる。少し赤くなりながら、エルシーはいつものはつらつさを欠いた声で続けた。


「ええと……まず、修練して竜人の力を扱えるようになった兄がいます。それにあたしも、強制的に“竜人化”を解くことができる“秘薬”を持っているんです」

「そんなものが? しかし、凶暴化した状態の者に飲ませるなど……」

「粉末状ですから、直撃させるだけで大丈夫です。矢で当てる練習も十分にしています」


 大人達が感心の声を上げるが、その“練習台”になったセイルとしては複雑な心境であった。なるべくならあの粉末――“竜薔薇”は浴びたくない。


「よし! 話はまとまったな」


 大きな両手をパンと打ち付け、ラビエルはテーブルについた者達を見回した。


「王として、そして父として……娘の処置を外部の者に委ねることは正直、情けなく感じておる」

「そんな、王様……」

「しかし娘が快復する望みがわずかでもあるならば、余はそれに賭けてみたい。ゴブリュード王家の信念は――“ひらめきと友、そして勇気を大事にせよ”だ」


 母の口癖は、王室に倣ったものなのだろうか。セイルは不思議な縁を感じつつ、威厳あるその教えを心に刻んだ。



「“善き竜人”たる木こり、セイル殿。娘を……フィールーンを、頼んだぞ」

「――ああ」


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